図書室にて

 特別棟二階に図書室はある。教室棟からは、昇降口上の渡り廊下を渡ってすぐ。


 外で活動していた部活が逃げてきたために、一階はざわついている。巻き込まれまいと、響子は逃げるように図書室に入る。


 引き戸一枚向こうの部活の喧騒と、かすかに聞こえる窓にぶつかる雨の音が、図書室の静けさをより引き立てていた。


 雨が止むかはわからないが、しばらくはここにいよう。そう決めた響子は、まずここに来た目的の一つを果たすことにした。


 受付に近づいて、カウンターに返却する本を置く。作業に集中している図書委員は、それに気が付かない。


 ゆるみそうな頬を引き締めて、図書室の静寂にあった声を出す。


「返却で」


「あ、はい、わかりまし、た。ああ、お前か」


 慌てて顔を上げた図書委員は、相手が響子だと知り肩の力を少し抜いた。響子はその様子を見て、満足気な笑みを浮かべる。


「ああ、大輔だったの。知らなかった」


「いや、お前は気づけよ」


 大輔は苦笑しながらも、手早く返却手続きを済ませ、『返却』と書かれた籠に本を入れ、また作業を続ける。


 籠に入れられた本をちらりと見て、手を動かす大輔をじっと見た。


「忙しい?」


「ちょっとな」


「じゃあ、自分で戻してくるよ」


「助かる。ありがとう」


 本を受け取ると、響子は慣れた足取りで本棚まで進む。ここ数か月、ずっとそこから本をとっている。


 今日もまた、返した本の隣の本をすっと取り、カウンターに持っていく。


 大輔の好きな作家の本を。


「貸し出しで」


「お前も好きだな」


「まぁね」


 実のところ、響子はそんなに本は読まない。読まなかった。


 中学の頃に、大輔とは同じクラスで、同じ図書委員になった。


 話すきっかけのために好きな本を聞いて、それがなかなか面白かったから、大輔のおすすめのもの聞いては読み、その本について話す。そんなことを繰り返していた。


 話題もできて、面白いものに出会える。響子にとっては損がなかった。だから続けていたのに、いつしか、物語について楽しそうに話す笑顔を、見つめるようになっていた。


 そんなこと気づいてないんだろうなと、貸出手続きをしている大輔を眺めていると、ふいに目が合った。


「この作家、好きなのか?」


「え? ああ、うん」


「へぇ。俺も好きなんだよ」


「そうなんだ」


「さっき返した本だと、最後の場面が好きでさ。一つの傘の下で――」


 うん。覚えてる。


 楽しそうに語る大輔に、響子はそう言ってしまいたかったけど、話を遮るのがもったいなくて、言葉を飲み込む。


 いろんな人にお勧めしているのを知っているから、誰に言ったかなんて覚えてないに違いない。そう納得させた。


「これ前にも話したっけな。勧めたときに」


 だから、その言葉に不意を突かれた。


 照れたように頭を掻いて笑う大輔。響子は必死ににやけるのをこらえた。


 静かな空間に外の音が侵入してくる。気のせいか、さっきよりも静かになったような気がして窓の向こうを見たが、雨はまだ降っている。部活もまだ練習をしている。


 自分の心臓がうるさくて音が遠いことがわかって、響子は処理の終わった本を受け取って、カウンターから一番遠い席に座った。


 本の内容は、なかなか入ってこなかった。

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