初めては傘の下

リリィ有栖川

放課後

 響子が目を覚ましたのは放課後だった。


 聞こえるのは運動部の声と、楽器とボールの弾む音。


 その中に、自分の体の骨が鳴る音を混ぜて、息を吐きだす。固まっていた体が少しだけ楽になる。


 体を元に戻すと、頭から血が引き、そのまま机に額をつける。血管にドクドクと血が流れて行っているのを感じて、ゆっくりと起き上がり、立ち上がる。


 まだ少し軽度の眩暈は残っているが、運動部の声に押されるように、カバンを肩にかけて教室を出た。


 廊下の窓から見えるの は、今にも雨が降り出しそうな重たい曇天。


 傘持ってきたっけと響子がカバンを開けると、代わりにラベルのついた本を見つけた。図書室で借りた本だ。


 本、返しに行かないと。


 ようやく響子の頭は起きてきて、折り畳み傘も自分の家の机の上に置いたままなのを思い出す。本を返すのは明日にして早く帰った方がいいかもしれない。


 窓の外の空を見上げる。その目は、むしろ雨が降ることを望んでいるようだった。


 しばらくそうしていると、窓にぽつりと何かが当たる。続けてぽつぽつ水滴があたり、静かに雨は降りだした。


「傘、忘れたし」


 誰にでもなく言い訳をして、はにかんだ笑みを隠せずに、響子は図書室へと足を向けた。


「雨が止むまで。その間だけ」


 室内までは聞こえない雨のリズムに合わせるように、響子の足取りは軽かった。

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