表を歩いて、裏に沈んで
馬車内
「成程...異世界か。まぁ、有り得ない話では無いな」
目的地に向かって進む馬車の中、シンは自分の事について事細かに話した。
──地球という星のある国に生まれ、軍人として戦った事。
──多くの仲間と戦い、同時に失った事。
──数え切れないほど、命を奪った事。
──死んだ事。
彼にとってそれは薄汚れた記憶だったが、彼らにとっては一種の物語のように感じただろう。それと同時に神秘的でもあった。
「じゃあ、その武器、も異世界の物か?」
シンの手に握られている金属と木で出来た細長い武器。
いとも容易くワイバーンを一掃したソレはナイフのように小さく、それでいて放つ爆音は雷鳴が如く。
シンは頭で肯定した。
その後、ハンズマンは先程とは逆にこの世界、シンから見た『異世界』について話始めた。
こちらも彼にとって神秘的だった。
「魔法に魔術、魔導ねぇ、俺の世界にもあったら...いや、無い方がいいか。って事は、馬車の中が涼しいのは魔法を使っているからか?」
「ちょっと惜しいな、今使ってるのは魔導だ。簡単に説明すると魔法は神の力、魔術はその劣化版で、魔導が道具に魔術を付与したって感じだな」
得意気にそう言ってハンズマンは馬車の天井隅を指さす。
そこには紋様の刻まれた小さな箱があった。
「こいつは指定した範囲の温度を最高15℃下げる事が出来る魔道具でね、結構高かったんだが奮発して買ったんだ」
馬車から手を出してみると、まるでエアコンをかけた部屋から出たように熱が肌を襲った。
その涼しさと機能に驚いていると、その様子がおかしかったのかリースとリンが二人して笑った。
「お兄ちゃんは、ほんとうに違うところから来たの?勇者様みたい!」
「勇者?」
「ある国のお姫様が魔王に攫われて、その国の王様が異世界から勇者を召喚して魔王を倒しお姫様と結ばれる、よくあるおとぎ話の事です」
リースが優しげな声で話した。
ハンズマンも続けて豪快な声で話す。
「だが、この世界には魔王が実在していてね。なんでも魔物を使役して色んな国襲ってるらしいぜ」
「へぇー、この世界結構大変だな。ま、俺の世界にも『魔王』って呼ばれる程強い奴が居たぜ、ロダ『グギュルルルゥ』───」
短い沈黙。
「あー、俺、脱出してから何も食ってなくて」
「なら、飯にするか?丁度良い時間だしな。おい、そろそろ飯にするぞ、準備に取り掛かれ!」
馬車から身を出し、並走している馬車と後方車両に向かって声をあげる。
「何から何まで世話になってすまん」
「いや、いい。我らリックリック商団のモットーは[働かざる者食うべからず]一仕事した後に食う飯は格段に美味い!特に、今日のMVPはシンだ。お前には俺らの命を助けて貰ったからな、お礼と言っちゃなんだが、今日は何回でもおかわりしていいからな」
シンがリックリック商団に助けられてから4日が経った。
商団のメンバーや冒険者たちと交流し仲を深めた。特に、リンからは『おにいちゃん』と呼ばれるようになった。
名前で呼んでほしかったのだが、子供の純粋さには勝てなかった。時折思い出してしまうからやめてほしい。
砂漠を抜け、森を抜け、ようやく目的地にたどり着いた。
ルーネイト王国、通称『商業大国』
多くの商団が集まり、無数の物品が流れるこの国は量産品から珍しい物まで多くの商品が集結する。
商団の拠点があったり、中継地点なこともあり多くの人が闊歩していた。
厳重な検問を難なく通り、門をくぐると鮮やかな露店が建ち並んで、喧騒という名の合唱を奏でていた。
それは『商業大国』の名に相応しい活気だった。
「もう行くのか?」
「いつまでも世話になるのは迷惑だろう?」
肩をすくめてシンは言った。
「それに俺にも色々目的があるし、それの迷惑をかける訳にもいかないからな」
「そうかい。気を付けて行けよ、孤高なる旅人に我らが神の御加護があらんことを、だ」
シンは彼らリックリック商団に背を向け人混みに向かって行った。
「じゃあね、おにいちゃん!」
その元気な声に背を向け、シンは手をヒラヒラとさせ別れを告げる。
いつか、こことは違うどこかでまた会おう。
そんな言葉をお互い感じた。
完全に人混みに溶け、消えたシンから目を離し、商団団長としての仕事に取り掛かろうと振り向くと、リースの様子がおかしかった。
「おい、リース大丈夫か?」
「さっき、彼に[人想色彩]を使って見たの、」
[人想色彩]
ハンズマンの妻、リースの所持しているスキルは対象の人格を色で判別する事が出来るスキルだ。
例えば、白色の場合は『正義感が強い』や『思いやる心を持っている』などを感覚的に感知する事が出来る。
「なんて言えば...白色なの、白色なのに黒くて、赤くて、紅くて...でも白いの。一度に何色も見えるのは初めてよ...」
毎日一緒に生活している彼だからこそ理解出来るリースの動揺。
「──シン...お前...」
───お前は一体何者なんだ...?
「はぁ...だから“異世界人”だって言ってるだろ」
薄暗い裏路地。そこで一人の男は誰かに向かって話していた。
その“誰か”とは、話し続けている男の周囲に倒れ伏している四人の男のことだ。
その四人はいずれもナイフや剣を持っていた。
だが、この状況から分かるとおり、たった一人の男に刃物を持った人間が打ちのめされたのだ。
「この世界にはCQCとか無いのか?全く、装備一つ無い無力な男にすら勝てないの、恥ずかしくない?」
男は呆れたように言う。
カツカツと歩く音が路地内に反響する。
「ひいぃ!く、来るな......グハッ?!」
男は腰が抜けたように座り込んだ緑髪の男の顔面を容赦なく蹴った。
ぶつかったゴミ箱が中身を散乱させながら倒れる。
さらに胸倉を掴み、硬い地面に叩きつけた。
ピクリとも動かなくなった。後頭部をぶつけたのだろう。
男は緑髪の男のポケットに手を入れ、ある物を取り出した。
金属と木で出来た細長い何か。
彼らの失敗の原因は、その一部始終を見て勘違いしたからである。
確かに、それを百人に見せたら百人が強力な武器と理解するだろう。
だが、それは上澄みの情報に過ぎない。彼らは理解したと思い込んでいたのだ。
その武器とは、爆発の威力を利用し、金属製の物体を発射させる、いわゆる『銃』という異世界の武器である。
「ったく、俺から盗むなんていい度胸してんな」
ポケットから銃を抜き取り、ついでに緑髪の男が付けていたサイドポーチの中のコインケースを取り出す。
「この世界の貨幣制度は知らないし、これで何が出来るか分からんが、宿ぐらいは確保出来るだろ。あとは飯と新聞、タバコもあれば充分だな」
一応他三人の所持金もくすねておき、表の通りに向かって歩き出す。
差し込む光が男の姿を映し出す。
漆黒の髪と瞳を持つ、ごく一般的な青年だった。
銃を取り出し弾が装填されている事を確認し、安堵した。
「フゥ、最後の一発無くなってたら詰んでたぞ危ねぇな」
軽薄な笑みを浮かべながら薄暗い路地から大通りを見る。
「とりあえず、冒険者にでもなってみようかな。モンスターを狩る方が他の仕事よりも稼ぎがいいらしいし」
軽い気持ちで呟いた目標は喧騒で消えていった。
同時刻。
薄暗い何処か。
埃っぽい部屋は息を吸うたびに気管に入り拒絶反応を起こす。
暗がりを照らす光は壁に付いている小さなランプ三つのみ。
元々は四つだったが、つい先日に一つランプが壊れたばかりだ。
家具も多くなく、ボロボロの天蓋付きベッドと木製の机だけ。
壁一面に置かれた本棚には無数の魔術書や歴史書、哲学書が並んでいる。
食事は武装した男が一日に二回運んで来る。必ず完食しているにも関わらずやせ細った体は、恐らく“実験”のせいだろう。
そんなギリギリ生活ができる環境の中、私は今日も一人寂しく生きている。
この生活に恨みは無い。
事実、恨んでいるのは自分自身だ。
こんな、呪われた体で生まれた私自身を呪っている。
呪っている。
でも、分かっている。騙されている事も、嫌われている事も、何もかも、全部、全部。
言葉で表せても、私に何か出来る訳じゃない。
この運命を変える事は不可能なんだと。
不意に流れる涙を拭って、色褪せた本を閉じベッドに潜り込む。
シーツを抱く腕にいつもより力が入った。
───嗚呼、神様
───もし、私を見ているのならば
───この、理不尽な運命を
───壊してくれますか?
───ここはとても、寒いのです
ALTER-EGO こしあん @coshiAN
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