死生の狭間

 天まで聳えると錯覚するほどの摩天楼郡。

 蛇の様に曲がりくねり、絡まり合う道路。

 まるで大樹の枝が如く伸びる無数の線路。

 有り得ない程に急激に成長を遂げた日本の顔とも言えるその大都市は1945年、大日本帝国がポツダム宣言を受諾してから次第に、或いは急速に発展していった。

 現代科学の進歩と共に、技術も、文化も、権威も世界の技術先進国と肩を並べる程の実力を付け、敗戦国というレッテルを貼られた国としては異常な発展を遂げる。

 その反面、現代社会のディストピア化が進展、監視社会としての色も強く現れた。

 インターネットは一般人に広く利用され、不特定多数の人間が他人を観測する事が可能になり、過去には国家情報の流出が問題になった事もあった。

 しかしながら、悪点すら含めての近代化なのだ。

 どの国から見ても進化した日本という国は野蛮な島国から世界へ進展し、グローバルな国に成ったと万人が理解し頷くこととなった。

 だが。

 死した未来は。死した過去は。

 残酷にも我々に試練を与えたようだった。

 捲れ畝るアスファルト。

 半ばから折れ崩れた電波塔。

 潰れて見る目も無い国会議事堂。

 そのすべてが壊れ、倒れ、崩れていた。

 人の気配なぞ無く、他の生物すら寄り付かなくなった。

 灰色の森は巨大なスクラップの掃き溜めになり、見るも無残な景色は復興の目処が立たないだろう。

 幸か不幸か今回は原爆は投下されなかった。

 それを含めずとも我々は此処を最後には礎として、人類史の三度目の汚点として残し、語り継ぐことになる。

 今一度言おう。

 この都市の名は“極東の消滅都市デカダンスオブトウキョウ

 第三次世界大戦によって消え去った現世の地獄である。

 そして、取り戻す為に。

 終わらせる為のその三度目の戦いを。


「こちら『タワー』。ポイント“バベル”に到着した」

『こちらHQより『世界ワールド』了解した。全員聞いてるか?これより任務を開始する。目標、敵工廠施設の完全破壊だ。成し遂げろ』

『了解』

『了解』

『......』

『了解~』


「...了解」

 男はただ一人、その場所で、その時を静謐に待ち続ける。

 その灰色の地獄を見下ろして、青い青い空を仰ぎ、ため息をふとついた。






「やあ、お目覚めかな?初めまして。そして、ようこそ我が箱庭へ」

 この不可思議極まりない目の前の出来事を噛み砕いて飲み込むまで数分がかかった。

 周囲は闇に染まり、空には星空、目の前には謎の男。

 三拍子揃った謎は頭の中に無数の?を浮かべる。

「不思議に思うのも無理はない。だが、喜んで欲しい!君は天文学的な確率で此処に招待されたのだから!全く、君は幸運だな!」

 恍惚の表情を浮かべる男は何が愉しいのかよく分からないことを叫んでいる。

 それに対し、彼、シンは思考の渦の中にいた。

 此処は何処なのか、何があったのか、仲間はどうしたのか、選ばれたとは何の事か、俺は...?!

「おいお前、なんなんだこれは?!!説明をしろ!!」

「おっと、私とした事が、少しばかりトリップしてしまったようだ。初めまして、私はシュレディンガー、世界の管理者だ」



「───世界の管理者...ねぇ。とんでもないこと言い出すな、俺に異世界転生しろなんて。じゃあ、あんたはさしずめ、神様ってところか?」

「とんでもない!神なんて存在しても微塵も面白くないし、私は否定派だよ」

 世界の管理者と自称する銀髪の男は両手を広げ更に話続ける。

 それを遮ってシンは本題に入る。

「で、俺をどうしたいんだ」

「先程も言った通り、君には異世界に転生してもらう。その世界は遅かれ早かれ滅亡すると予測されていてね。君というイレギュラーが世界に介入することによって人類史に歪みが発生し“世界からの修正”が発生するんだ。ま、そっちで滅亡を促さなければ何をしてもいいんだ。君としては嬉しいんじゃないかい?もう一度君を元の世界に戻すよりもマシだろう」

「それは俺に選択肢が無いと言いたいのか?」

「そう捉えてもらっても構わないが...。もしや、君は転生したいのか?」

 当たり前だ、と一喝。

 その一言の疑問は自分の今までの在り方を否定されているようで苛立ちを抑えきれなかった。

 確かに、彼の気持ちや境遇を知らなければ純粋な質問をしてしまうのも無理もない。しかし、それは彼の地雷を踏むことでもあり、感情の抑制のタガも外れるものだ。

 今回は怒りとは別の多くの感情が混じっていたので、上手く抑える事が出来たようだが。

「気を悪くしたのなら謝ろう。じゃあ転生するって事で良いんだね?」

「あぁ、あの世界に...未練なぞ微塵もない。その、転生は時間がかかるのか?」

「...そりゃまぁ、結構難しいんだよね、これ」

 シュレディンガーはおどけながら、空を指でなぞる。

 すると、地面(真っ黒で地面と言えないが)に薄く青に輝く魔法陣を描いてみせた。

 シンは驚きを隠せない。

 さも当たり前のように奇蹟とも言えるワザを続けざまに披露しつつ、ふと思い付いたかのような軽さで問いかける。

「───君は“立体交差平行世界論”を知っているかい?」

「...?平行世界じゃなくてか?」

「いや、知らないのならいい。今やっているのは君の転生前の準備だよ」

「準備?」

「君の転生する世界“ジオイド”の人間は約九割五分が“スキル”と呼ばれる特殊能力を1〜3個程所持している。本当は生まれつき発現するのだが、君のような場合は生前の功績が生かされるんだ」

 つまり、前世の異名や特技がスキルになる、と付け加えて再度魔法陣を見て手をかざす。

 陣が青白く輝き、ゆっくりと回り出す。

 シンはその陣の中央に立て、とシュレディンガーに言われたので恐る恐る足を踏み入れる。

 中央に立つと急に、ひどい頭痛が襲った。

「───ツッ?!」

 あまりの痛さにその場に蹲る。金槌で永遠に殴られているような奥底まで響く痛み。生前ですらこれ程の痛みは五本の指で数える程しか経験してこなかった。


 どれくらい経っただろうか。時間すら忘れる程続いたであろう痛みはとうに無く、気だるさが体中に蔓延っていた。

 気を失っていた事に気付く。

「───ぃ...ぉ?ゃあ起きたかい?まさか3分で起きるとは思わなかったよ」

 目の前でふらふらと手を振るシュレディンガーは心配しているのか愉しんでいるのかその中間のような表情を浮かべている。

 不思議と安堵したシンは仰向けに寝転ぶ。

 あの魔法陣は消えていた。

「君が今まで受けてきたであろうあらゆる痛みが襲ったはずなんだが...いや、それは置いておこう。これで君はスキルを手に入れた。おめでとう」

 シンに見やすいように配慮したのか真上にスクリーンを表情させた。

 彼としては疲れているので驚く気力も無く体を脱力させ大の字になる。




 [昼夜逆転][自己改造][不夜][第六感シックスセンス][技能応用術レコードホルダー][アドレナリン中毒][腐肉食スカベンジャー][鷹の目ホークアイ][刀価交換][必中][ ][7:n4i5e]



「これが俺の“スキル”ってやつか。よく分かんねえやつばっかりだな。おい、どれが当たりスキルなんだ?」

 というか、2つバグってね?と付け足す。

 表示されたスキルの数は11個。


 聞いても反応の無いシュレディンガーを見ると、ポカンと口を無様に開き画面を見入っている。

「おい、聞いてんのか?おい!」

「──...あぁ...いや、すまない。考え事をしていてね。──よし、スキルもあげたし早速準備に取り掛かろうか」



「早速転生させるけど、心の準備とか必要かい?」

「馬鹿にしてんのか」

「わかったわかった」と、おどけるようにシュレディンガーは笑う。

 シンも軽薄な笑みを作る。

 フィンガースナップを一回。

 一瞬で現れた巨大な陣は黄金の輝きを放ちながら回り出す。

「さて、君はあれに乗れば新しい人生が始まる。...本当に良いんだね?」

「勿論だ。覚悟は出来てる」

 シンは陣に踏み入ろうとしたが、背を向けてシュレディンガーに手を伸ばす。

「───驚いたな。私は勝手に君は薄情な人間かと予想していたが...いやはや、とんだ見当違いだったようだ」

「人を値踏みする奴は嫌いだが、恩を仇で返すのは俺のポリシーに反する。そもそも、ここまで協力的だったんだ。感謝の一つぐらい述べるべきだろ」

 二人は固い握手を交わす。

 同時に二人の間には無意識に相互的敵対心の薄れが生まれたであろう。

 言い変えれば油断だが。

「あ〜、最後に一つ純粋な質問なんだが。───」

 握手をし続ける両者。シンは俯いて、バツが悪いかのように頭を搔く。

 そして顔を上げ、その言葉を紡いだ。


吸収アブソーブ


 戦慄した。

 気付いた時には二割

 瞬間的に魔術回路をわざと暴走させ力の奔流を逆走、押しとどめる。

 手を振り払い二歩、三歩後方に跳躍し距離を摂った。

 僅か五秒の出来事だった。

 驚き、焦り、怒り、苛立ち。その全てを食い殺す、戦慄。

 明らかに放つ覇気が今までと違う。

 そして何より、眼の色が違っていた。彼、シンは純粋な黒眼だったが、俯いた時にか、血を溶かした灼眼に変化していた。

「成程、これは便利だ。こちらにもこういったモノがあれば比較的楽だったろうに...結局ブラックボックスは解明できずに原罪を破るのみか」

「──...そうか、『自己改造』『腐肉食スカベンジャー』か!初見だろうに、見破られるとは思わなんだ」

 呵呵と嗤う。

「フン...チップは多い方が雇われ人に好かれるぞ」

 シンの体は黄金の粒子となってサラサラ散り始める。

「さて、残された時間も無い。手短に言うぞ」

 消えてゆく体を眺めつつ、二度は言わん、と釘を刺す。

「オレはシンであってシンでは無い。この棺から離れた時、貴様が背負った景色を堪能させてもらう。くだらない妄言なら斬り捨てるが、面白そうなら───...」

 そう言うと黄金の粒子と成り、輝きを放ち陣と共に消え去った。



 シュレディンガーは数秒黙り込んだ後、腹を抱えて笑いだした。

「───これは愉しめそうだ。どちらにせよ、若人に言われるまでもなく完遂するだけだが」

 消えぬ笑みを浮かべながら虚空に向かって話続ける。

「さて、歪な英雄譚の続きを紡ごうか。おいで、我が愛しい愛娘パンドラ。支度をしよう」

 踵を返し、無限に広がる闇に向かって歩き始める。

 背後には、何時から居たのか、シュレディンガーの背丈の半分程の少女が佇んでいた。

 その少女は嬉嬉として応える。

「はい!おじ様」

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