ALTER-EGO
こしあん
プロローグ
ネル・アルガータ大連合王国、王都アインス第四区。
雲ひとつ無い晴天は照りつける光を遮らず、服と肌がベタついて少し苛立ちを覚えさせる。
商業区として名高いこの通りはとても広く、馬車を引き連れた商人達が二、三旅団闊歩しても余裕がある程だ。
その大通りをいつも通りの歩幅で歩く彼、シンは、ある施設へ向かっているところだ。
中立冒険者組合、通称“ギルド”
六十年ほど前に初代ギルドマスターが設立したこの組織は、世に蔓延るモンスターからの被害の抑止や復興支援、ダンジョンの攻略などを依頼主クライアントからの依頼クエストという形で成立させる事で人々が安心して暮らせるよう粉骨砕身する、という組織だ。
近年、人気はうなぎ登りで、子供が将来成りたい職業四年連続一位になっている程だ。
しかしながら、現実とは、そう容易なものではない。世界の平和を守るという甘い言葉に惑わされているだけで、そのうち夢の儚さを知るだろう、とシンは歩きながら昨日の新聞のある記事を思い出す。
“ギルド”大連合王国第一支部は白塗りの壁が映える少しばかり古めかしい建物だ。
入口正面に広がる集会所には受付カウンターが所狭しと並び、多くの冒険者が依頼の報告や申し込みなどをしている。
やけに騒がしいのは、隣接された食堂で多くの人が昼食を取っているからだろう。酒が飲めるのは十二時からなのでそれのせいかもしれない。良く言えば、活気溢れる、だろうか。この国に来てから見慣れた光景だ。
空いているカウンターに行き受付嬢に紙を渡す。
「捕獲クエスト完了、で宜しいですね」
「第三入国門の憲兵の方に預かってもらっていますので、そちらに」
「分かりました。それでは後程お呼びしますので待機所にてお待ち下さい」
軽く用紙を見た受付嬢は木札を出し、奥の部屋へ消えていった。
いつも通り売店で新聞を買い、がらんと空いている待機所のソファーに腰掛ける。
新聞は少し値段が嵩むが、暇を潰す為に毎日買っている。
慣れない場所では情報というものは金よりも必要だ。
例えば貨幣制度。最初は驚いた、まさか金貨が本物の金で出来ているなんて微塵も思わなかった。他も色々有ったが思い出したらキリがない。というか、余り思い出したくない。頭が痛くなる。
「なあ、あんた、何のクエスト受けてたんだい?」
急に話しかけて来たのは先程まで隣のカウンターの受付嬢を口説いていた大柄の男だった。
「さっきまであの女を口説いてた奴か。その落胆ぶりから見てダメだったようだな」
「そうじゃなかったら見知らぬあんたに愚痴聞いてもらおうなんて考えねぇよ」
「......あー、俺が受けてたのは“ワーウルフ”の捕獲だ」
「ワーウルフだ?あんたたった一人でか?」
ワーウルフ。ある国が戦争用に改造した狼の末裔で、気性が荒く、仲間意識が強い。必ず群れで行動し連携で錯乱させ襲う。
彼が驚いたのは、一人で捕獲したという点だ。パーティーなら兎も角、個人だ。
「あぁ、七匹捕まえんのは流石に骨が折れた。勢いで二匹殺っちまったしな。ま、この程度の事で金が貰えるなら安いもんだ」
「へぇ、あんた、見かけによらず強いんだな。良かったら俺のパーティーに入らねぇか?歓迎するぜあんた程の実力者なら願ってもない」
───また同じような奴か。
欲望に満ちたその勧誘は何度も受けた事があり、感覚で分かった。
彼のような輩は実力で判断していない。その手口で見ている。
要は捕獲には多くのアイテムが必要になる。睡眠剤に捕獲網、ロープなど、道具が多い分揃えるのには金がかかる。特に睡眠剤。金目当てだ。
捕獲クエストを冒険者があまり受けたがらないのはこれが原因でもある。
「いや、遠慮しとくよ。昔、仲間が死んでな、それ以来ずっとソロだ。まぁ、お前らじゃ俺に合わせられないがな」
名前を呼ばれたので立ち上がりカウンターへ向かう。
新聞を丸めて近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。
振り向かずとも、男の表情は安易に想像できた。
だが、男には彼の背中がひどく悲しんでいるように、落胆しているように見えた。
「このリドンの串焼き、あんま美味しくねぇな」
ギルドからの帰り道、屋台で見かけたリドンの串焼き二本と食欲をそそる香りが溢れる紙袋を片手に持ち宿の一室に入る。
彼が借りている宿屋だ。
冒険者は確かに楽な仕事だ。モンスターと戦ったり捕獲するだけで金が入ってくる。だが、その分リスクも高く、また低ランクのモンスターを狩り続けてもたいして収入源にも成らない。
「やっぱりこの“スキル”が何なのか分かるまでは次のステップに進めない、か」
ギルドカードを眺め、自嘲気味に呟く。
“スキル”
神話の時代に人間が苦難を自力で解決出来るように、と神が与えた特殊な力とされるモノ。
その種類は確認されているだけで五桁を超える。だが、それが何故人間のみに発現し、どういう理屈で発動出来るか、未だ分かっていない。
そして人間が所持出来るスキルの数は三つとされている。興味が無かったから忘れたが、なんとかという人の所持数がそうだったからだ。
それに対して彼のスキル数は、というと───
「......っあー疲れた。一日ぶっ通しで図書館に入り浸った後に捕獲なんてするもんじゃ、ねぇな......」
疲労で瞼が重くなるのを感じる。柔らかなベットの上では否が応でも睡眠欲が掻き立てられる。
そもそも、こうなったのもアイツのせいなんだがな、と一週間前の出来事を思い出す。
彼が、面白おかしくも過酷な異世界に来た原因を、少し曖昧な記憶を思い出す。
付けたままのテーブルランプは乱雑に置かれたカードを柔らかに浮かび上がらせていた。
冒険者名:アイン・ヒューズ 【男】
依頼達成率:100% 12/12
スキル:[昼夜反転] [自己改造] [不夜] [ ] [蝋の翼][アドレナリン中毒]
僥倖、と言うべきか。
スキルが馴染むのも時間の問題だ。
遅かれ早かれ、時は来るだろう。
此処は理想郷にも等しい。オレにとって幻想だとしても望みを叶えてみせる。手段は選ばない。
計画は順調だ。
辛抱、もう少しの辛抱でこの反吐が出る器から開放される。
さあ、進めよう。このくだらない物語の終焉を。
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