心情

「早川さん、またね!」

「バイバイ、早川さん!」

「うん!また明日ー!」


ザッザッザッザッ……

自分の靴の音だけが響いている。

鹿島くんは、優しい。そしてすごい。

自分の生まれを、ひとつも嘆かない。

悲しそうな色も、自己憐憫も、

それを盾にするような素振りも、ひとつもない。

……格好いい。

彼は私に心を開いてくれているんだろうな。

そうじゃなきゃ、家の話なんてしてくれない。

「……はぁ」

安堵のため息。

「私、ちゃんと馴染めてる。」

私は彼とは違うけれど。

彼に一方的にシンパシーを抱いてしまってる。

偶然、同じように家庭に恵まれなかった。

……彼にこんなこと言ったら、

きっと怒るだろうな。

『今日のお仕事だよ、あかね』

『子供を殺して欲しいんです』

『あの女、ちょっと自分が

俺より稼いでるからって調子に乗りやがって!』

『あの人を事故に見せかけて殺して。

保険金が欲しいの。』

……家庭なんて、

もっとくだらないものかと思ってた。


だって私の周りの家庭はそうだもん。

『今日から私がキミのお父さんだ。』

お父さんはあの日そう言ったけれど。

今日もひとつもテレビの話に入れなかった。

彼の話す楽しげな父親との会話が、

ひとつも分からなかった。

お父さんとするのはお仕事のお話だけ。

たまに褒めてくれて、

封筒に入ったお金をくれるだけ。

お母さんはいない。

兄弟なんて、いるわけない。


『将来の夢とか、あるの?』

……将来ってなんだろう。

私はきっと未来でもこのままよ。

なにかが変わるなんてあるはずないもの。

きっと毎日お仕事するんだわ。

毎日真っ赤になるの。

そしていつか終わりが来るの。

人を、人の分際で裁くなんて、

絶対いつかバチが当たるもの。

神様は見てるはずよ。

教会のシスターが言ってたわ。

私が殺す瞬間に、そう言って泣いたのよ。

死ぬ間際にそんなことが言えるなんて、

きっと本当のことなんだわ。


そうしたら、お父さんも一緒なのかしら。

……そうしたら、

初めてのお父さんと一緒のことだわ。

……でもきっと、そんな日は来ないのよね。

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