日常

「早川さんって兄弟とかいるの?」

「兄弟?…いないよ?

そういう鹿島くんにはいるの?」

「俺は兄貴がいるよ!

怒ると怖いけど、普段はすごく優しいんだ!」


喧騒の教室。

教室の窓際、後ろから2番目の席。

黒髪を一つにまとめた少女と、

日に焼けて色黒になった少年の会話。


「そうなんだ。

いくつくらい離れてるの?」

少女は訊ねる。

「5つ!

兄貴、もう働いてるんだ!

…ほら、俺の家って父親がいないからさ。

俺には大学に行って欲しいって、

高校出て働いてくれてる。」

キラキラと輝く目だった。

少女はふわりと笑う。

「自慢のお兄さんなんだね。」

少女は以前、彼の家庭の事情を聞いていた。

家のことを話す彼に、

悲壮感はひとつも漂わない。

少女はそこに、

密かにひとつの敬意を持っていた。

「じゃあ、鹿島くんは大学に行くんだ?」

「うん…

俺は兄貴が働いてくれてるし、

俺も早く働いて少しでも助けたいってのが本音。

けど、それが母さんと兄貴の願いだから、

やっぱり大学に行こうかなって」

少女は、

ここは笑うところではないとわかっていたが、

頬が綻ぶのを止められなかった。

彼の、家族に感謝と憧れ、尊敬を忘れない心が、

彼女には美しくうつった。

そして彼の母と兄の、

彼を思う気持ちを受けて、

なんて素敵な家族だろう、と思った。

「…素敵なおうちだね。

……けど、それにしては勉強が……」

「う゛」

少年は苦い顔で固まった。

あははは!と少女は笑う。

「まだまだこれからだから!」

少年は自分に言い聞かせるように叫ぶ。

「うん、そうだね。

まだ私たち、中学三年生だもん!

これからだよね!」

少女はクスリと笑って、

大丈夫大丈夫!と彼を励ます。

「早川さんはなにか将来の夢とかあんの?」

「え?

私の将来の夢?」

少女の顔に浮かんだのは困惑だった。

「?」

少年は違和感を感じて、

少しだけ眉根を寄せる。

心配している顔だった。

「あ、ううん、

まだ決まってないの。

…まだまだこれからだ!」

さっきの顔が嘘のように、

少女ははにかむように笑う。

「なぁ鹿島!早川さんも!!

昨日のテレビ、あれみたかよ?!」

前の席に座る少年が、

日直の仕事を終えて戻ってくる。

彼は楽しそうに昨日の夜の会話を始めた。

2人は直ぐにその話題に入っていく。





良かった。

少女はホッと、心の中で息をついた。

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