第9話

「なんで泣かせたの?」


「え、あ、ごめん」


 俺は、絶賛謝り中だ。前に、あんなこと言ったのに、締まらない。

 それもこれも、発端は俺なわけだが。

 昨日、どうやら愛風さんのバンドメンバーの残る1人、寒川美鈴さんが話しかけてきていみたいなのだが、テンションが上がってしまった勢いで完全に無視をしてしまった。

 どうやら寒川さんは古原さんのことを、悪い人じゃないと伝えたかったらしい。別に自分の中ではどうでもよかった話なのだが、そういうことを言うのは余計な話だし、伏せておいた。


「涙目で帰ってきた時はびっくりしたよ。話してくれなかった……やっぱり怒んてるんだ……って」


「ごめん」


 別になんも怒ってないし、怒る理由なんてどこにもないはずだし、気にしすぎな気がする。

 とにかく、さっきから何回も謝っている。ごめんとしか言いようがなかった。集中しすぎると、何も見えなくなってしまうのは反省点だ。


「取り敢えず、謝っていたってことは伝えておくよ。それで、そらちゃんと作る歌の歌詞ってどうなったの?」


「あ、そういえばそうだった」


 説教の所為で若干忘れていたが、もともと、今日愛風さんの家に来た目的はそれだ。早速、俺はスマホを開いて、そのファイルを開いた。愛風さんは、スマホを受け取って興味深そうに読んでいた。


「君の音楽になりたい……ねぇ」


 歌詞を何度か目を通してから、愛風さんは言った。


「寒い?」


「他はそこまで変な歌詞じゃないから、違和感は感じないかな。寧ろ、このフレーズが印象に残るからいいかもしれない。変に感情が先行しすぎると、寒い歌詞になりかねないけど、そういう所はみえないし、いいんじゃない?」


 思ったより好印象だろうか。お世辞もあるだろうが、ダメなところはダメという人だ。少なくとも、人に見せられるレベルのものなのだろう。

 自分の気にしていた場所は、とにかく恥ずかしい歌詞になっていないかどうかだった。これを本人に見せるって考えると、どう足掻いたところで恥ずかしさは消えないだろうが、第三者に見せて違和感がないくらいにはしておきたかった。


「あとは見せるだけなんだけど、そこが問題だね。私も今の家は知らないから」


「大丈夫。そこは俺がなんとかできる」


「なんとかって?」


「半分博打だけど、でも多分上手くいく」


 半分というか、完全に博打かもしれない。でも、あれから少し経って、天町さんも落ち着いてるだろうし、少なくとも連絡すれば来てくれるはずだ。そうであって欲しい。来てさえくれれば、やることはもう決まっている。

 愛風さんは、ここまで来たらお前に任せるとでも言いたげな雰囲気で、気分は最終回を任されたエースピッチャーって感じだろうか。プレッシャー大だ。


「分かった。期待してる。頑張ってよ。ここから私は何も出来ないから」


 俺はそれに頷いた。今は昼。行動を起こすのは、今日。本番は明日の夕方だ。

 




 ――明日、河原に来て欲しい――


 そうとだけ、短く送られてきた文章は、私にとって印象的だった。

 私が音楽を捨てて、それっきり江草くんとのやり取りは一切途絶えていた。私が勝手に無視していただけだけど。

 そして、私はまた、返信しかねている。


「どうしよう……」


 正直、1度会って謝らなければいけないと、私は思っている。自分でまた勝手に居なくなって、それで終わりにするのは、もうしたくない。

 既に、答えは決まっている。私は、江草くんに行くって伝えて、そしてちゃんと謝る。それ以外の選択肢は私には無い。あるはずがない。それでも……


「……こわい」


 自分が勝手に逃げたのだから、心無い言葉を投げかけられるのは、見捨てたような表情を向けられるのは、自業自得だ。しょうがない事だ。でも、それでも江草くんから拒絶の言葉は聞きたくない。そんなこと、言うような人には見えないけど、それでも、もしもって考えると心臓が掴まれたような感覚に襲われる。

 分かった、今行くから待ってて。そうスマホで打ち込み、そして送信ボタンを押そうとして、躊躇った。

 指がこれ以上動こうとしない。後少し動かせば触れる距離、でも動かせなかった。


「……っ」


 気付いたら、スマホを机に置いて、ベッドに寝転がっていた。このまま眠れば、楽になれる。もう何も考えなくていい。だからもう、寝ちゃおうよ。でも、不安なんだ。


 結局私は、ダメなんだ。





「……多分、これで来るはずなんだけどなぁ。というかマジで来てくれ」


 不安が無かったら多分それは化け物の類だ。でも俺は化け物ではない。今はギターを持って、何となく気分を誤魔化しているつもりだが、それでも、態度には出ているだろう。

 でも、大丈夫だ、もう来る、具体的にはあと五分くらい。

 数分すると、こちらへ走ってくる少女の姿が見えてきた。天町さんだ。息を切らして、天町さんは河原へ辿り着いた。


「天町さん……久しぶり」


「私、読んだよ」


 挨拶よりも先に、初めて発した言葉は、それだった。


「それで、どうだった?」


 その問いに、天町さんの表情は変わらなかった。自分の考えが全て筒抜けになっている気分だ。冷や汗が垂れる。ちゃんと書けたのか、心配だ。


「恥ずかしいよ、この歌詞」


「……」


 まあ、そうだよな。

 俺は、さっき送った連絡ともう一つ、送っていたものがあった。それは、最近俺が作った歌詞だ。俺だって、本当だったらこんなことしたくはない。こんなことをしたら、君のために作りましたって言ってるようなものだ。

 やっぱりこうなるのか、と思ったが、すぐに天町さんの表情は崩れた。


「だ、だだ、だってこの歌詞……これで歌を作れって、それじゃあまるで」


 何かに焦ってるような、そんな表情だった。俺は、その表情を見て少しだけ安心感を覚えた。気持ち悪い! って叫ばれて次いでに助走つけて殴られるという最悪な状況は逃れたようだ。

 ……想像したら吹きそうになってきた。


「まあ、そうだよな。そのまんま、一緒に音楽をしようって言った方がマシだったかもしれないし」


「……へ?」


「なんだよ」


「いや……その、一応聞くけどこの歌詞の意味って」


「一緒にまた音楽をやろうって意味だけど。まあ、確かにあれで一緒に音楽をやったって言ってもいいのか、微妙なところではあるか……」


 でも俺は、一緒に音楽をしていたんだ。だって、俺に音楽の楽しさを教えてくれたのは天町さんで、天町さんの為に、俺は音楽を作っていた。俺が音楽をする時には、どこか片隅で天町さんがいた。勝手なのだろうが、俺はそう思っている。


「あ、なんだぁ。そっかー。そうだよねー」


「なんだよ、すまなかったな。文章が薄くてな」


「そういう意味じゃなくて……まあいいや」


 天町さんの表情は少し明るかった。少し間を置いたのもあって、なんとなく、調子を取り戻したのだろうか。なんにせよ良かった。


「ごめんね。私、あんなことしちゃって」


「いや、あのまま闇堕ちしなくてよかったよ」


「なにそれ」


 こんなくだらない話をするのも、久しぶりだ。ここ最近、明るい気持ちになるなんてことが無かったので、やっと心の中の泥が洗い流された。気がした。


「それで、歌。作ってくれる?」


 俺がそう聞いてみると、天町さんはかなり悩んでいる様子で「うーん……」と唸っていた。


「やっぱり駄目! ちゃんと書き直してきて」


「えぇ……」


「私も一緒に考えるから。出来たら作ろうよ」


「……そうだな」


 これで、相変わらず騒がしい非日常が、戻ってきたのだろうか。まあ、非日常を手繰り寄せるのは全部自分次第になるのだろう。でも、今ならある程度はなんとかなるような気がした。


「そうだ、それよりだよ! 言いたいことがあるの。江草くん、美鈴ちゃん泣かせたでしょ!」


 ……お前もかよ!


「私見てたんだからね! まさか、あんな可愛い後輩を無視するなんて……」


 急に説教を始める天町さん。なんだかんだで天町さんも、あのバンドが好きなのだろう。バンドと言うよりも、そのメンバーが。やっぱり、どこまでいっても幼馴染なのだ。離れていったとしても、何処かでは繋がっている。

 それに、やっぱり見られている気がしなくても、意外と何処かで見ている人は見ているものなのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る