第2話

「デートしよう!」


「は?」


 天町に屋上へ呼ばれたと思ったら、唐突に、そう言われた。はっきり言って意味がわからない。


「どういうこと?」


「折角転校して友達が出来たのに、遊びに行かないなんてもったいないでしょ?」


 からかっているのかと思ったが、そんな風にも見えない。ただ単純に、遊びたいを別の言い方で言いたかっただけ、という感じだった。だが、こっちからしたらからかわれた気分しかしない。


「なら、最初からそう言えよ。そもそも、まだ友達になったなんて言ってないんだけど」


「えーっ!? 違うの? 友達だよね?」


 そんな大袈裟なことではないと思うが、天町さんは愕然とした表情を浮かべた。半分冗談、半分やり返しのつもりで言ったのだが、真に受けたのか、涙目で必死に訴えてきた。その姿を見て、じわじわと罪悪感が沸いてきて、俺は折れた。


「真に受けるなよ。冗談だって」


「ほんと? 良かったー」


 天町さんは、ホッとしたような笑顔で言った。こんなに押し付けがましい友人関係は初めて見た。でも悪い気はしない、と思う。


「そんなことはどうでもいいんだけど、何処に行くの?」


「ひみつ。それより、早く降りようよ。話はそれからにしないと、暑くて死んじゃうよー」


 ――じゃあ何でここに呼んだんだよ。

 そう愚痴りたかったが、その言葉は飲み込んで、屋上の階段を降りていった。

 後で聞いたところ、屋上を解放しているのが珍しくて、だとか。ちょっと納得した自分がいた。


 

 

 放課後、待ち合わせ場所に顔を出した。広い水場と噴水がある場所だ。子供達は水を浴びながら楽しそうに遊んでいる。集合時間的に丁度良いくらい。天町さんはニコニコしながら手を後ろに組んで立っていた。


「どう?」


「知らんわ」


 適当な一言に、天町さんはため息を吐いた。

 

「折角ここに来たのに、素っ気ないなぁ」


 ここは周辺じゃ有名なショッピングモールだ。そして、地元では比較的有名なデートスポット、なのだろうか。男女二人組の姿がチラホラと見える。

 初めてデートに来た感想といえば、よくわからない。この言葉に尽きる。そもそも、この状況を本当にデートと呼べるのかさえも分からないし。

 目の前には、白いTシャツに、青い短パン姿の天町さん。夏だからとはいえ、露出の多い服装には目のやりどころに困った。


「早くしてくれ。暑い」


 このままだと、心臓に悪いので、さっさと逃げることにした。


「えー……。もっとさ、演技でもいいから、なんて言うの? デートっぽい、なんかそういう雰囲気で」


「んな高度なことを求められても困る。そもそも、俺に何かを求める時点でそれは大きな間違いだ」


 俺は、記念写真を撮るときも、作り笑顔ができない。そんな男に更に上の、漠然的で難しいことを求められても、無理がある。

 

「むぅ。まあいいや。早く行こう。とはいっても、私もそういうのは分からないんだけどね」


「言い出しっぺがそれ? いつも友達と遊んでるようにしてみればいいんじゃないかな」


 俺がそう言うと、天町さんは顎に手を当てて考えた。


「うう、ちょっと言い過ぎのような。えっと、じゃあ……楽器屋?」

 

 ……そう来たか。


「映画館とか洋服屋とか、そういうの思いつかないのか? 天町さんらしいといえばそれまでだけど」

 

「うん。行こっ」


 正直、音楽はそんなに興味はない。聴いたとしても、歌詞ばかりに注目をして聴く。この歌の物語は面白い、だとか。この表現が気に入った、だとか。それらの歌詞がどうなじんでいるのかとか。

 詩的で、尚かつ曲を作る才能もあるっていうのは、文章を書くのが精一杯な俺からしたら、嫉妬するほどに羨ましかった。

 だから、そんな才を捨てた天町に、少なくとも、そんな感情を持っているのだろう。

 そんな目で見ているのを知らずか、無邪気な笑顔を見せる天町さん。いつか、川辺でギターを抱えて、かき鳴らす姿を見れるのだろうか。分からない。だけど、見てみたい。


「ほら、ここだよ」


 見えたのは沢山の電子ピアノと、様々な楽器。ギターは奥にあった。まともに楽器屋を見るのは初めてで、様々な楽器が置いてあって驚いた。

 

「へぇ。ギターは目立たない場所にあるんだな」


「ギターショップと違ってメインで置いてあるわけじゃないしね」


「何か買うの?」


「弦とか、買おうかな。ずっとギター触ってなかったし念の為」


「そっか。じゃあ、俺はギター適当に見て待ってるよ」


「うん。買ってくるね」


 天町さんがカウンターに行ったのを見て、俺はギターを見にいった。


「いろんな種類があるんだな。ってこれたっか!」


 大体が1万をゆうに超える。思ったより高いんだな。ギターって。プロになると何本も持ってるっていうし、バンドマンって結構お金の掛かる仕事かもしれない。

 その中に一つ、なんとなくギターを手にとってみた。

 特にギターに興味があるわけではなかったが、何故か目を惹かれた。青いボディが綺麗なギターだった。ギターといえば穴が空いてて木製でそのまんま茶色というイメージだったので、カラフルなギターは初めてだ。


「ギター、好きなの?」


 不意に声がして振り返ってみると、同じ年くらいの少女がいた。髪の毛は染めているらしく、金髪で長めのツーサイドアップだった。


「いや、全く」


「がくっ。てっきりギター眺めてたから好きなのかと思ってたよ」


「ここに来るのは初めて。なんとなくこのギターが気になったから、取ってみた」


 そう言ってみると、目の前の少女は急に目を輝かせ、顔をぬっと近づけてきた。


「なら買っちゃいなよ。これはもう運命だよ」


 と、大げさに手を広げてみせた。誰なんだろう。こいつは。見た目的に同じくらいの年だろうか。少し天町さんと同じような臭いがする。変な意味ではない。


「いや、音楽には余り興味はないし」


「えー? もったいないなぁ。折角ギターに選ばれたのに」


「多分、俺は弾かないよ」


 というか、弾く時間もないし。


「まあ、そのうち気が向いたら来てみなよ。そしたら考えが変わるかもだし。あ、そうだ。折角だから私がギター少し教えてあげようか?」


「え、いや別にいらな」


「そうと決まれば連絡交換だね。はい、私の連絡先」


 トントン拍子に自分の意図しない方向へと話しが進んでいる。連絡先くらいなら、なんて考えてしまうのは、お人好しだからなのか、それとも女に弱いだけなのか。なんにせよ、逃げることはできなさそうだった。

 目の前に見せられたQRコードを俺は読み取って、友だち追加をした。なんとなく、この動作にデジャヴを感じた。


「ありがと。じゃあ友達が呼んでるから、私は行くね」


 風のように去っていった。不思議な人がいるものだ。ギター見てただけで話しかけるなんて、とてもではないが俺はできない。バンドやっている人はオープンな人が多いのだろうか。

 

「よしっ。次行こ!」

 

「耳元で大声出さないでよ」


「あ、ごめん」


 いつの間にか天町さんが隣にいた。わざと音を立てずに来たのか、少しニヤニヤしていた。


「さっき、誰と話してたの?」


「分からない。でも、ギターが好きな人みたいだった。今度ギター教えてくれるってさ」


「良かったね。これでもっとバンド好きになったらいいね!」


「別に好きになった覚えはないけど」


「でも、嫌いじゃないでしょ?」


「まあ」


 天町さんには何故か、調子を狂わされる。学校にいるときとは違って、自然な表情で話しかけてくるから、少しテンポを狂わされるのだろう。ただ、それを含めたとしても、天町さんと遊ぶのは充実しているように感じた。尻尾を振り回すような元気な人は、そんなに好きでは無かった筈なのに。


「カフェでゆっくりしよう。それで今日はおしまい」


「今日は? またあるの?」


「そりゃあ、友達なんだよ? 遊ぶことなんていくらでもあるよ」


「それもそうか」


 俺と天町さんは一番近かったカフェによることにした。満席だったが、丁度何人か立ち上がったので、そのまま俺はアイスコーヒーを、天町さんは抹茶ラテを頼んだ。そして、壁際のテーブル席に座ることにした。


「どうこの店。お気に入りなんだ!」


「え、チェーン店でしょ?」


「うっ。そういうこと言わないでよ」


 ちょっと強めに小突かれた。痛い。


「冗談だよ。何か理由があるの?」


「放課後になって友達と楽器屋に寄り道して、それでここで抹茶ラテ飲んでずっと話してた。もう、私の友達は一人だけど」


 あぁ、一々話しにくいなぁもう。


「……」


「そんなにしんみりするような話じゃないよ」


 天町さんはそう言っているが、困ったような苦笑いで言われては、説得力がない。

 折角遊びに来たのに、これじゃあ駄目だ。やっぱり、終わりよければ全てよし。逆に、後味が悪いとそれまでが楽しくてもいい思い出にはならない。だから、このままの気持ちではいて欲しくない。


「演技って、実は天町さんの方が下手だったりしてね」


「?」


 意味がよくわからなかったのか、首を傾げた。


「演技でも、それっぽくやりたいんでしょ?」


「あ……。そうだったね、ごめん」


「友達は別に、居なくたっても生きていける。友達が居なくても遊びはいくらでもある。別に必要なものでもないよ。どうせ、高校で友達ができたって、数年後、まだ連絡をとってるなんてことはほとんどないし」


「それは違うよ! 友達は絶対に大切にしないと。私は、その、駄目だったからあまり言えないかもしれないけど。でも、友達がいたほうが楽しいよ。友達が居なくたって遊べるかもしれない。けど、友達がいないとできない遊びだって一杯ある。だから、私はまた……。あ、なんでもない」


 励ますつもりで言ったのだが、天町さんが珍しく声を荒げ、止められてしまった。とはいえ、最後の言葉。もしかして、天町さんは仲直りしようとでも言うのだろうか。自分から出ていった癖に、仲直りできると思ってるのだろうか。

 何か声を掛けようと思ったが、何も言葉が思い浮かばなかった。文章をいくら書いていたとしても、言葉で伝えられるとは限らないみたいだ。

 沈黙だけが、時間を進めていく。このとき、天町さんは何か言ってほしかったのだろうか。何かを求めているような気がしたが、俺にはそれが分からなかった。


「そっか。なら、それが答えだよ。天町さんは、やっぱりギターを弾くべきだと思う。俺も、それなりにはサポートするから」


 だから、頑張れ。とは言わなかった。でも、それでいいと思う。その言葉をかけても、やる気が急に起きるわけではないから。

 その言葉に、優しい笑顔を浮かべた。良かった。どうやら、間違ったことはしていなかったようで、ほっとした。


「ありがと……。よしっ、また遊ぼ! 久し振りにこんな楽しかったから、またすぐに」


 なんて、コロッと調子を良くした。でも、やっぱり天町さんはこっちの方が似合う。

 やっぱり、天町さんの笑顔は綺麗だ。

 

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