第5話 十二月十日 水曜日 かなわぬ願い

 昨日、一昨日は熊谷のアイデアや機転が目立ったが、今日は難波の出番だ。


「頼んだぞ、難波」


「俺からも頼んだ」


「任せてくれ」


昨日と同様に僕たちは実験室待機で、難波が一人で大里さんに話し掛ける。

十八時になっても来なかった先生を気にしていると、百合ちゃんたちがやって来た。


「よし、行ってこい」


「うん」


そう言うと、難波は今来たように息を荒くしながら教室へ入って行った。案外演技派なんだとくだらない事を考えてしまった。

数十分後、難波が大里さんの手を引いて教室から出て行った。それっきり帰ってこない難波に業を煮やした僕たちは、教室に入って案の定録音していたレコーダーを再生した。


「ああ、航生どうしたの? そんなに慌てて」


「ちょっと聞きたい事があるんだ」


「何?」


「佐々木ってお前といつも一緒にいるよな。それで……」


「それで、何。百合に口利きでもしてって言うの」


「そうじゃない。佐々木って付き合ってる人いるよな、隣のクラスの鷲岡倫太郎」


「え、そうだったの。彼氏がいるのは知ってたけど、倫太郎なのは知らなかった」


「そうなのか。分かった、ありがとう」


「……それで終わりなの? 百合は佐々木って呼ぶのに私はお前って呼ぶんだね。もう分かってるけど、辛いの。私の気持ちも少しは酌んでよ」


「ごめん。でも、俺は好きな人に思わせ振りな態度をとられるのが一番嫌なんだ。分かってくれ」


「理解なんてできないし、したくもない。でも、これだけ聞いてくれたら身を引くよ。……一緒に帰って」


「うん、一緒に帰ろう。大里」


ここで会話は終わっていた。途中で幾度となく大里さんが嗚咽し、その度に難波が「ごめんね」と言うのが録音されていた。これが清算なのだとしたら、それは互いにとってあまりに酷だ。そして、真相は百合ちゃん本人に聞くしかないというのも分かった。


「熊谷、僕は明日一人で佐々木さんに全部話す」


「うん」


僕はもちろんの事、普段は陽気でウケを狙っている熊谷さえも堪えた様だ。果たして難波は、大里さんは、明日学校に来るのだろうか。


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