第4話 十二月九日 火曜日 女子会
今朝熊谷が守り神にレコーダーを入れておいた。あとは放課後になるのを待つだけだ。そうなると一層授業が退屈になる。この物理なんてもう何を言ってるのかさっぱりだ。最後の授業くらい真面目に受けてやるという心と、もう寝てしまえという心とで格闘し、首をかくかくしかけたその時だった。
「おい、大丈夫か!」
物理の担当で担任の、やたら声の大きい後藤先生が学校中に響き渡るほどの声量で叫んだ。
「はい、問題ありません!」
そう答えたのは、熊谷だった。思わずそちらを見ると、熊谷の手が床すれすれで守り神をキャッチしていた。
「さすが、野球部の次期部長だな」
「ありがとうございます。それはそうと、こいつ、教室から逃げ出そうとしたんですかね。そんな奴には、どうだまいったかって言ってやりたいですね」
熊谷は腕組をしながらそう言った。その瞬間クラスは爆笑の渦に飲まれた。ただ、僕と難波だけは引きつった顔をしていたに違いない。
物理が終わると、僕と難波は少し時間をおいて熊谷のもとへ行った。僕たち三人の他には誰もいない。
「いやー、さっきは危なかったよ。レコーダーが入った分重くなってるの考えてなかったな」
熊谷はゲラゲラ笑っているが、僕はまだ心臓の鼓動が高ぶっている。守り神が落ちてしまえば、ぬいぐるみらしからぬ音がして全てが台無しになっていた所だ。
「小林、今日はいつ頃百合たちが来るんだ」
「いつもなら、軽音部が終わった後だから十八時過ぎかな」
「じゃあ、それまでは部活してるか。なあ、難波」
「おう」
「小林は向かい側の実験室でずっと待機しててくれないか。どうせ部活休みだろう」
「分かったよ。その代わり、部活が終わったらちゃんと来いよ」
熊谷と難波は二人で教室を飛び出していった。全く、何だか僕の扱いがひどい気がするが、部活が休みなのは事実だからしょうがない。
しばらくすると相沢先生がやって来た。
「そんなに真剣な顔して、まるで張り込みをしている刑事みたいね」
それだけ言うと、先生はころころと笑いながら向こうへ歩いて行った。本当に素敵な先生だなと惚れ惚れしていた所に、熊谷たちがやって来た。
「もう百合たち来たか」
「いや、まだだよ」
数十分後、百合ちゃんたちが仲良く話しながら教室へ入って行った。
僕は高鳴る鼓動を鎮めるように、リモコンのスイッチを押した。そして数分後、ドアの開閉音や遠のく足音を聞いた上で、実験室を出て教室へ入った。
早速聞いてみようと、僕はレコーダーのスイッチを押す。
「樹莉ちゃん、もう少しでライブだから、それまで頑張らないとね」
「うん。あのさ百合」
「何?」
「もう少しでクリスマスじゃない。彼氏とは上手くいってるの」
「ちょっと、学校では言っちゃいけないって言ったでしょ」
「どうせ誰もいないんだし、少しくらい良いでしょ。で、どうなの」
「まあ、仲良くしてるけど。それより、樹莉ちゃんはどうなの。告白したの」
「話逸らさないでよ、もう」
「人の事は色々言うのに、自分の事は全く進展しないんだねー」
「はいはい、告白なんて夢のまた夢なんだからいいの。どうせできないって。あいつはだって……」
「あーごめんね、もう帰ろう。今出ないと電車の時間に間に合わなくなっちゃう」
ここで会話は終わっていた。すると、熊谷がにやにやしながら言った。
「なあ、樹莉の好きな人って誰なんだろうな」
「さあ、知らないな」
実は知っている。でも、これを今言うと三角関係ができている事がばれて、とんでもない事になる。そう思っていたのも束の間、難波が衝撃的な発言をした。
「俺、分かるよ。大里が好きなのって多分俺だと思う」
おい、せっかく僕が優しい噓を付いたのに、なんでそれを無駄にするかなあ。
「ごめん、二人とも知らないなら言うつもりなかったけど、もう分かってるなら言うよ。時々教室に、僕と佐々木さん、大里さんの三人になると、二人は恋バナをし始めるんだ。その時、うっかり大里さんが難波の名前を言ってしまったのを聞いたんだ。盗み聞きしてしまった訳だからあまり話すのは良くないって思ってたんだ」
「でも、毎日同じ電車の同じ車両に乗られたら、さすがに鈍感な俺でも分かるよ」
「なんだ、俺だけ蚊帳の外だったのかよ」
「まあ良いじゃない、それでどうする。この様子だと、大里さんに話を聞いてみるのが良いと思うんだけど、どうしよう」
「それで良いんじゃないかな。後、大里には俺から話すよ。色々と話して清算しないといけないからな」
「分かった」
事は思わぬ方向に行くもんだな。最近はそれを嫌と言う程実感する。
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