第3話 十二月八日 月曜日 三人寄れば文殊の知恵

 今日は早速テスト返しから始まり、平均男の僕は自分がどれだけできたかではなく、平均点を気にする。良くも悪くもそれから大幅にずれていなかったら良いのだが。そして、こんな僕より注目されるのは、やはり難波だ。偏差値五十のここには明らかに不釣り合いの学力を、単純に羨ましいと思う今日この頃だ。


十七時になった今教室には案の定誰もいない。さっさと掃除でもするか、そう思った矢先、さっきまで噂をしていた難波が神妙な面持ちで入ってきて僕の席の左隣を陣取った。


「おい、小林。大事な話がある」


そう言うと難波の顔つきは一層険しくなった。こんな時思うのはたった一つ。とても気に障る事をしてしまったのではないかと。


「なんだよ難波、こんな時間に珍しいな。部活は?」


「途中で抜けてきた。それくらい大事な事なんだよ、聞いてくれ」


「うん、分かった」


「あの、あくまで憶測なんだが、佐々木って猫かぶってないか」


は、猫をかぶっている如きで大会前の貴重な時間を潰すなよ。大体情報源は誰なんだ。途中で抜けて来たって言ってたけど、廊下にはクラスメイトがいて、つまり、ドッキリを仕掛けられているのではないか。


「おい、それはないだろ。佐々木さんに限ってそれは」


「誤解しないでほしいんだけど、俺も佐々木の事好きなんだよ」


は、何なんだよ。今度は心の中が混沌と渦を巻いていて、飲み込まれそうだ。


「だから、お前への当てつけでも何でもなくて、本当に好きな人の事を知りたくて、でもフェアに戦いたいからお前ともう一人呼んで、おっ、来たな」


全くお前の詮索癖はいつ抜けるのかと思ったが、今回ばかりは感謝しよう。まだ百合ちゃんの事は信じられないが、わざわざそれを僕と今やってきた熊谷に教えてくれるんだからな。

熊谷は僕の右隣の席に座り、ある程度察したのかにやりと笑った。


「全員揃った事だし、最初から説明する。まず、佐々木が猫をかぶっていると言う事だけど、程度が常軌を逸しているって事を言いたい。俺たちだって家に帰れば肩の力がすっと抜けてそこら辺にごみを散らかしたり、親に悪い口の一つや二つ聞くかもしれない。でも、そんなもんじゃないって事だ。金髪のウィッグをつけて街中を歩いていて、その時の口調もまるでヤンキーみたいだったんだよ」


やっぱり信じられない。それは違う人かもしれないしこれは調べる必要があるだろう。でも観察眼のある難波が見たと言う事は、正直信憑性が高い。信じるべきなのか……


「俺だって未だに信じられない。けど、あの声は確かに百合ちゃんだった。しかもその隣には、あの鷲岡倫太郎がいたんだよ」


本当に驚きばかりでこれが夢であってほしいと思ったが、そうじゃない様だ。この前の金曜日といい今日といい、一体何が起こっているのか。開いた口が塞がらない様子の僕を見ても、難波はぴくりとも動かず冷静を保っていた。それを見てようやく僕も、それを受け入れる準備ができた。


「鷲岡倫太郎って、顔だけよくて問題児のあの。ありえないでしょ、よりによって百合となんて。ましてやクラスも違うし」


嘲笑うように熊谷は言った。鷲岡だけには取られないだろうと言う自信が、熊谷にはあるのだろうか。しかし、それでもなお平静な面持ちで難波は言う。


「佐々木の出身中学校は誰も知らない。つまり、とても遠い所から来たって事だ。でも今は高校から割と近くに住んでるらしい。ここからは全て俺の推測だ。中学まで荒れていた佐々木は、高校デビューをしようとしていた。でも、地元では札付きの悪として有名だった事から、高校は遠くを選ばざるを得なかった。だからわざわざここを選んだ。入学して見事高校デビューをした佐々木は、青春を謳歌したかった。そこで、手っ取り早いのは彼氏を作る事だと思った。ただ、ここで問題が起きた。今までの彼氏はヤンキーばかりで、高校デビューしたとは言うものの恋愛対象まで変える事はできなかったんだ。そこで、学校一の問題児である鷲岡と付き合うことにした。どうだ、これ」


まあ、確かに理に適っている。そうだとすれば、唯一素でいられるのが鷲岡という事になる。

しばらくの沈黙の後、俺が優勢だと言わんばかりの態度で熊谷が言った。


「それはどうかな。百合が過去の事を話したがらないのは、他にも色々な理由が考えられる。それに、鷲岡が百合にその格好をするよう強要しているかもしれないだろう。決定的な証拠がない以上、ここでの話し合いは不毛だ。こうなったら、明日から三人で真相を探るしかないんじゃないか」


まあ、これも確かに納得だ。様々な推測ができてしまうほど情報量がない今、証拠を集めるのが賢明だ。それにしたってまずい事になったな。熊谷も乗り気だし、これは参加しないといけない雰囲気だ。


「実は俺、いい方法思い付いたんだ」


そう切り出したのは熊谷だ。


「クラスの守り神がいるだろう。それに、小型のレコーダーを仕込むんだよ。放課後に百合と樹莉が入って行ったら遠隔操作で録音をする。これ結構良いんじゃないか。これで何かヒントが得られると思うんだけど」


まるで探偵気分でやってるならやめた方がましだし、もう人の心をこじ開けるのはごめんだ。こればっかりは言った方が良いな。


「熊谷、そんな事して良いと思ってんのか。僕たちは……」


ガラガラ……


僕はもちろん、熊谷や難波も驚きを隠せなかった。そこには金曜日までとは全く違う、腰まで艶やかな髪を下ろした女性が立っていた。相沢先生だ。


「皆残ってどうしたの。もしかして百合さんの話してたの。まあ、もう少しでクリスマスだし好きな人と一緒に過ごしたいよね、その気持ちよく分かるよ」


まずい、色々突っ込み所はあるが、どれを言っても金曜日の二の舞になる。回避しなくては。僕は間髪入れずに返した。


「先生、何で分かったんですか」


「そりゃ、伊達に教室回ってないからね。大体の事は分かるよ」


という事は、あの事も分かるのか。


「若い頃は何でもチャレンジするのが大事だよ。年を取ると平穏ばかり求めてしまうからね。じゃあ、会議の時間だから」


そう言い残すと、長い髪を揺らして相沢先生は出て行った。一体先生はどこまでお見通しなのか気になるが、今分かる答えに飛びつくより、僕たち自身で答えを見つける事に意味がありそうだ。何でもチャレンジ、してみるか。


「今のって相沢先生なのか」


「どう考えても違うだろ」


僕はあたふたしている二人を制止して言った。


「二人とも落ち着け。今分かった事が二つある。一つ目は何でもチャレンジ、即ち多少の暴挙はしてもいいって事だ。二つ目は人は数日の間に驚くほど変化できるって事だ。実はさっきまでは反対だったけど、今はもうやるしかないって思ってる。僕も参加するよ」


ようやくこのカオスが終着点に向かって動き出した。先生、ありがとう。

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