第64話

「みんな、お疲れ様。あとは花火だけだから、これで解散!」

「「お疲れ様でした」」


無事?ミスターコンテストを乗り切った俺は、謎の達成感と酸素の多さに感激する。


今はクラスごとに別れて、ホームルームが行われている。


それにしても、ミスターコンテストが行われた体育館は、溢れ出そうなくらいに人がいて、ものすごく緊張した。人って文字を何回も手のひらに書いて飲み込んだのに……。てか、盛り上がり方が予想の5倍くらい凄かった。流石桜崎。


「いやー、それよりも柊、おしかったな!」

「だねー」


まぁ、結果を言うと俺は四位で表彰台に一歩届かなかった。別に届かなくてもいいのだが。

けど、みんなで選んだ服を着て一位を取りたかった気持ちはもちろんある。裕也にレクチャーされた「とりあえず左右に二回ずつ手を振れ」を実行したのが俺を4位という位置まで運んでくれた気がする。一応、愛美がいる審査員の方にもちゃんと振っておいた。

多分何も言われなかったら俺は、歩いてそのまま何もせずに帰ってきたと思う。


「まぁ、みんなありがとう」

「おうよ」


誠がにっこり笑顔で返す。


そういえば、優香はというと……先生に怒鳴られたあげく紗枝とさーちゃんにも怒られていた。と言っても、さーちゃんと紗枝は心配からくる怒りだろうし、その後は安心して二人とも泣きかけていたから多分大丈夫。それに、優香もごめんと言っていたし俺がもう心配するひつようはないだろう。


「そういえば、小日向くん」と担任の新谷先生から声をかけられる。


「はい?」

「あとから、待合室に行くこと」

「え?なんでですか?」


正直今日はもう疲れたのだが。まぁ、帰って休めるかどうかは分からないけど。


「あなたにお客さんが二人いるわ」

「あ」


ここで突然思い出す。

俺、潤のこと放ったらかしだ。けど二人、ってことはもう一人いるんだよな?誰だ?


「じゃあ、花火見に行こっ!」

「おー!」


さーちゃんが、みんなを引き連れて廊下に出て行く。それと入れ替わるように、椎名さんが教室に飛び込んでくる。


「きふゆー!かっこよかったー!」

「あ、う、うん。ありがとう」

「ほら!写真もいっぱい撮ったよ!」

「あ、そうなの?」

「うん!」


最近、椎名さんの目を見ても頭痛が起こらなくなってきたけど……少し椎名さんが苦手なんだよな。別に人間性がとか、性格がとかじゃなくて、椎名グループの娘っていうのが一般人の俺には恐ろしすぎる。それに、椎名さんと出会った記憶を俺は知らないわけだし。罪悪感みたいなものがある。


「あ、それでね!お父さんが会いたいって!」

「えっと、高峯さんだったよね?なんで?」

「ほら、前に家に来たときに見にくるって言ってたでしょ?」


確かにそんな事を言っていたような気がするけど、俺はあの時、ここで呼吸をしても大丈夫なのか?ってくらいに緊張していたから、記憶なんて勿論あるわけない。けど、これは俺が悪いんじゃなくて、あの雰囲気が悪い。あの溢れ漂う一般人とは違うオーラだけは脳内に染み付いている。


「ほら、行こ?」

「いいんだけど……その前に愛美に……」

「……愛美?いいよ」

「あー、えっとじゃあここで待ってて」

「うん」


とりあえず、愛美に事情を話さないと。多分椎名さんのお父さんが、って言えば分かってくれるよな。


そう信じる事でしか、俺は今から愛美に会いに行くという事実に対する心の余裕を作れなかった。



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二階に上がり、愛美のクラスの方に足を歩かせる。確かA組って優香が前に食堂で教えてくれた。


どこかのクラスのホームルームが終わったのか、先輩たちとすれ違う。


「あ、コンテストに出てた子だ」

「え、どこどこ?」

「かっこいいよねー」

「まぁ、四位って感じの顔じゃね?」

「お前何目線だよ。断然あっちの方がかっけぇぞ」


な、なんだ。この騒ぎ。コンテストに出ただけでこんなに顔が広まるのか。予想外だったな、こんな事になるなんて。


顔が広まるくらいなら、別にいいのだが――


「え、えっと……その」


人に囲まれることなんて、慣れているわけないし、初めての経験でなにをどうすればいいのか全く分からない。このままだと、人の流れに負けて愛美のところに行けない。椎名グループのトップを待たせてしまっているわけだから早く行かせていただきたい。


「こんなに人が集まってどうしたの?」


と、人混みの後ろの方から今会いたいような、会いたくないような人の声が聞こえる。温かいような冷たいような声。


「あ、アイビー。ほら、コンテストに出てた子」


と、女子の先輩がそう伝える。こういう場面を見ると愛美の学年での位置が分かる。


愛美が来たから俺がA組まで行く手間が省けたし、愛美ならなんとなく察してどうにかしてくれるかもしれない、と安心していると……


「あぁ。小日向柊ね……私の彼氏よ」

「え?」 

「は?」


俺にしては本当のようで嘘みたいな発言をこの大人数の中でぶちまけた。

……いやいや!何言ってんの!?


「ほら、行くわよ柊」

「え、あ、ちょ」


と、とりあえずなんの意図があるのか分からないけど、体は勝手に愛美の隣を歩く事を選んで、その足を進めていた。

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