第63話
「あなた、どこに行ってたの?」
低くドスの効いた威圧的な声が耳に残る。脳内で繰り返させるその声に罪悪感と恐怖で頭がパニック状態になる。掴まれた腕の痛みがじわじわと増していく。
「あ、え、え」
口がこれ以上動かない。舌の筋肉すら怯えている。
「あ、アイビー先輩!腕離したらどうですか」
「……失礼」
パッと俺の腕から手を離し、優香に対して人当たりの良い笑顔を見せる。その笑顔は無論、作り物の贋作なわけで、俺はその下にある表情を知っているし今もちゃんと見えている。
「で。な、なんの用ですか?」
「あ、そうだったわ」と優香の質問に大袈裟に反応する。これも全部作り物。間違いなく俺だけに用があって優香に用事はない。あの黒い目には俺しか映っていなかった。
「あなたたち、無断で校外に出たでしょ?」
「まぁ、はい」
「それを取り締まるのが生徒会なの。これ以上説明は必要かしら?」
「い、いえ」
言いくるめられた優香は下を向く。愛美の筋が通っている言葉になにも対抗することはできない。
「他人に迷惑をかけないように。まぁ……あなたたち一年生のようだし、今回は見逃してあげるわ。今後行動には注意することね」
「は、はい!」
「分かったならいいわ。担任の新谷先生に顔を出しに行きなさい。心配してたから」
「すみません。分かりました」と優香は頭をさげ、改めて校門をくぐり抜ける。
「柊くん?」
俺の体は動かなかった。まるで蛇に睨まれたカエルだ。動けば死ぬ……ここから離れるようなら殺される。そう直感的に感じた。
とても愉快そうな顔だ。俺の心身の状態が思い通りなって嬉しいのだろう。
震える口。脂汗が額から垂れ落ちる。目は愛美を捉えてなんかいなくて、明後日の方向に向いている。
いつだって自分は正しい。今ここで、この行動は自分にできる最善の行動。だから……未来で起こってしまうかもしれない不運は仕方がない。その時はまた最善の行動をしよう、そう思っていた。
これは後悔だ。後悔したんだ。あの時引き返していればと。
けど……けれど……でも、俺は優香を助けれた。あの時優香を助けるという決意が、今の俺にとって正しい選択じゃなかったとしても……間違えながらでも優香を助けれたのだからそれでいい。だから、俺は後悔という言葉に縛られはしない。
勿論今の愛美は怖い。体は正直だ。今も体は震えているし動ける気もしない。崩れ落ちないようにするのが精一杯だ。
どうすればいいのかと、試行錯誤していると――
携帯の着信音が静かな夜の下で鳴り響く。
「あ、誠だ……え?そうなの!?……分かったすぐ連れて行くね!…………柊くん!コンテストギリギリ間に合うかもしれないって」
「え?」
「なんか、照明器具が故障したとかで今中断してるんだって!だから間に合うよ!」
とても、嬉しそうにハキハキと話す。あたかも自分の事のように。別に優香がでるわけじゃないのに。
それは俺は別にそこまで出たいわけでもないし、ほぼ無理矢理なわけで……今は愛美を鎮めること優先するべきだと思うのだが。
「ほら!行くよ!あ、失礼しますアイビー先輩」
俺の手首を優しく掴み、愛美にむかって一度ぺこりと頭を下げて急いで走り出す。
「あ、ちょ」
優香の脚力は中々に強く、俺が止まろうとしてもそのまま進み続ける。まぁ、あんなに飛ぶのだからこのくらいは朝飯前なのかもしれない。
けど何故、こんなに頑張るのだろうか。別に俺がコンテストに出るにしても出ないにしても優香が得することなんて全くないのに。
――だから、気になった。
「別に自分のことじゃないのになんで、そんなに頑張るの?なんで、嬉しそうなの?」
優香はさぞ、当たり前のように「だって私の好きな人がスポットライトに当たって、えーとなんて言うのかな……と、とにかくすごくカッコいいでしょ?だから嬉しいみたいな」と走りながら笑う。
「まぁ、ライバルとかは増えちゃうかもだけどね」
ライバルが増えるなら、コンテストとかに出るのをやめてほしいのでは?
「へぇー」
「あ、分かってないでしょ。これが乙女心ってやつだよ。これが分かる分からないで結構違うんだから」
そんな事を話していると自分のクラスの下駄箱まで付いていた。結局優香の言いたいことは、好きな人が更にかっこよく見えるから頑張れるし嬉しいって事なのだろうか。これが当たっているなら俺は乙女心を分かっていることになるのだが。
…………え?待てよ。
「好きな人って」
「え?柊くんだけど?」
「えぇ!?俺?」
「えぇ!気づいてなかったの!?」
いや、気づいてなかったって……分かるわけない。俺はてっきり誠とかそこら辺が好きな人なんだろうな、って勝手に思っていたのだが。
「鈍感とかそういうレベルじゃないよ……」
「ご、ごめん」
「ま、まぁ、とにかく今は急ご」
「う、うん」
こんな時に衝撃的なことを伝えられてしまった。あ、まてよ取り返すって言ってたあれって、俺を振り向かせるってことか?いや、でも俺ちゃんと優香に好きな人がいるって言ったよな?
けど、それでも諦めずに好きな人を手に入れたい、ってのが乙女心の一部なのかもしれない。
そんなふうに、乙女心、という恐らく男の人生最大の謎を解こうと努力する反面、やはりどうしてもこの後の愛美が怖くもあった。
また、監禁されたらと考えると、別に嫌ではないのだが、本当にこれでいいのか?と思ってしまう。結局俺は愛美に何を求めて何を求められたいのだろうか。
そんなことを考えていると、ミスターコンテストの準備室の視聴覚室に着いていた。
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