第65話
人目のつかない廊下で向き合う。
「柊、先に言っておくわ。これは、あなたがこうしなくてはならない状況を作ったのよ」
「どういう事だよ」
別に愛美のあの行動がムカついたとかじゃないけど、意図は知っておきたい。あんなに大勢の前で言うと、一瞬で広まってしまう。それも、愛美は学校一のカリスマ的存在で人が集まる人なのだから、そういう人の噂は早い。……そういう事も含めて学校では出来るだけ接しないようにしていたのだが。
「先に聞いておくわね。柊あなたは私が好き?」
「あぁ、好きだ」
間髪いれずにそう答える。
「なら」
一歩、また一歩と愛美が歩み寄る。
「もう、他の女とは話さないで。嫉妬心で狂いそうだわ」
「そ、そんな無茶なこと……」
「言うわよ。言わないわけないじゃない。私はちゃんと長い間我慢したわよ」
「……」
無茶だ。無茶にも程がある。
……けれど、愛美の言っていることも分かる。分かってしまう。
それは、俺が自由を感じていたから。自由すぎるくらいに自由だった。
「……なら、選ばさせてあげるわ」
「選ぶ……?」
「えぇ。私以外の女子と必要最低限話さないか」
――桜崎を辞めるか。
そう言った。冷酷なまでに冷たい目で。
「……」
「どっちにする?」
「……分かった。必要最低限話さないようにするよ。約束する」
元より、俺が桜崎に通っている理由は美鈴ちゃんに脅され、何より俺が何もかも愛美に任せっきりのヒモになりたくなかったからだ。友達を作るためや、お話をしに来ているわけじゃない。そう、仲良くよろしくするためじゃない。
少し仲のいい女子との会話が減るだけ。ただそれだけ。
「そう。その言葉忘れないことね」
「あぁ」
「じゃあ、帰りましょうか」
呆気なく決まってしまった今後の俺の行動に、何故か少しだけやるせなさを感じていると、そういえば一つ忘れていたことを思い出す。
「待ってくれ、高峯さんが俺を呼んでるらしくって」
「高峯さんが?」
「あぁ」
「はぁ……分かったわ。で、どこに行けばいいのかしら?」
「待合室だって」
そう説明すると、愛美はスタスタと待合室に向かって歩き出す。その小さな背中が徐々に遠くなってさらに小さくなると何処かにいってしまいそうで、体が衝動的に動き出す。……もしかしたら俺は依存しているのかもしれないな。そう、静かに考えていると、二階から聞こえるザワザワとした人の声がまだ聞こえていた。
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長い廊下を歩くこと約2分強、ようやく待合室に到着する。この中に潤もいるのかな?もしそうなら、あの溢れ出るオーラに耐えられているのだろうか。
まぁ、その前に放っておいたことを謝らないとな。
コンコンコンと、三回ノックしてドアを開ける。
すると、そこには潤はいなかった。いたのは高峯さんとクロニカさんだった。つまり椎名夫妻だ。
じゃあ、潤はいったいどこにいるのだろうか。もう帰ってしまったのだろうかと考える。
しかし今はとりあえず、目の前の人物のことを考えよう。なにせ、この人は俺が話していいような人じゃないからな。間違って失礼なことでもしたら……考えるだけで恐ろしい。
「おぉー、よく来てくれたね。柊くんも愛美くんも」
「久しぶりだね、愛ちゃんと柊くん」
「お、お久しぶりです」と頭を深々と下げる。一方の愛美は慣れた口で「お久しぶりです」と軽く頭を下げる。
「今日はどうされたんですか?」
うわ、さっきの顔と全然違う。恐ろしいな、表情の使い分け。ん?てか、ここに愛美がついてくる必要があったのか?椎名さんは高峯さんが俺に用があるって言っていたし。別に俺が損することはないし、この人たちと一人で向き合うほど俺の肝は座ってないから寧ろ有り難いのだが。
「そうそう、今度パーティーを開くから柊くんを招待しようと思ってね」
「もちろん、愛ちゃんもね」
椎名グループのパーティー?俺がそんな凄い場所に行けるような人間ではないし、仮にパーティーに行くとしても、正装とか全く知らないしマナーも礼儀も知らない。そんな風なことを恐れながら高峯さんに伝えた。
「はっはっは。大丈夫さ、そんなに難しい事はない。服もこっちで用意するよ」
「け、けど」
俺はそちら側の人間から見るとゴミみたいな育ち方をしているし、まず生きている世界が違う。
「柊くん、君なら大丈夫さ。私が保証する」
その言葉に、押されてしまいチラリと愛美に選択肢をパスする。もう、これ以上は俺には決められない。
「お義父さんには、伝えてあるんですか?」
「勿論、桜崎家の人間は全員招待してあるよ」
「そうですか……。分かりました。一応予定は空けておきます」
「そうか!日にちとかはあいつに伝えておくよ」
あいつとは、愛美のお義父さんだろうか。昨日壇上で話していた人だよな。ここの理事長であり、財閥の一つの桜崎のトップ。改めて考えると愛美もかなり凄い人だよな。そう考えてみると末恐ろしい。
「はい。では失礼します」
「じゃーね!愛ちゃん」
優しい笑顔で手を振る椎名さんのお母さん。見ていると引き込まれそうな程に美しい。日本人ではありえないような容姿。綺麗な金髪に白い肌、それに青い目。そして、それを大きく受け継いでいるのが椎名さんだ。今はここにいないけど、本当に似ている。瓜二つじゃないけど、そんな感じ。
「柊くん、待っているよ」
「あ、は、はい。し、失礼します」
俺はまた深々と頭を下げ出来るだけ早くこの部屋から体を廊下に出す。
「ふぅ」
「さ、帰るわよ」
「はいよ」
潤はやっぱり帰ってしまったのだろうか。
そんなことを考えながら、実に濃厚な一日が終わりへと近づいていった。
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