第58話

いざ、こうして潤と話していると、俺のことを心配してくれていたらしい。突然、無月高校を辞めた時は担任の先生に聞きに行ってくれたり、学校が終わる時間帯に駅前や近所を探してくれたり、潤には心配をかけてしまった。けど、勿論俺は戻る気もないし愛美のことを話す気も一つもない。


「それにしても、本当に変わったなお前」

「あぁ、うん。まぁね」

「髪切ったらこんなんだったとか、クラスのやつらに見せたらビビるぞ」


潤は軽くお茶をすすりながら、微笑を浮かべる。


変わったといえば、変わったのだろうが、俺自身は15年間この体なわけだし、あまり、ぴんとはこない。


「そうだね。潤も秋山さんと仲が良さそうで何よりだよ」

「はは。そうだな。お前は作る気はないのか?」

「無いかな」


愛美が俺を愛してくれる限り、俺は他の人には目を向けないだろう。けど、愛美だってあの容姿だ。言い寄ってくる男は必ずいる。前にだって、手紙をもらっていたわけだし。突然俺が捨てられる可能性だってゼロではない。こういうことを考えたくはないのだが。


「そうなのか。この学校可愛い人結構いたけどな。ほら、さっきの咲乃さんとかさ」


確かに文葉は容姿に優れている。それこそ、優香たちにだって引けを取らないくらいに。

まず、文葉はバレーをしているのにすらっとしている。筋肉はついているが、ムキっとしている感じはない。引き締まっているといえばいいのだろうか。まぁ、別に……裸を見たわけではないから明確ではないが。あとは、髪を一つ結びにしているから女の子らしく目に映る。


「文葉は可愛らしい女子だよ。俺より良い人くらい周りにいっぱいいると思うよ」

「お前、普通他の人が好きだったら、一緒に周らないだろ……」

「へぇー。そ、そうなんだ。他の人と周った経験とかないから全然分からなかった」

「はぁー。まぁ、仕方ないか」


何が仕方ないのか、全く分からないが……。


「そういえばお前なんか出るんだろ?」

「うん。ミスターコンテスト」

「それ見て帰るわ」

「優香に謝ることは忘れるなよ」

「分かってるって」


これだけは守ってもらわないとダメだ。潤も大切な人だが、それは優香も同じだ。謝って優香の気持ちがスッキリするかは分からないけど、しないよりはマシだと思う。


的に一段落つく。俺は一度、お茶のお代わりを取りに行くために、立ち上がる。


「お茶いるか?」

「あ、あぁ。頼む」


話が長く続いたせいで、疲れたのか潤の反応が少し遅れる。それに何故か、少し真剣と暗さが混じった表情を微妙にだが、浮かべている。これは、何か謝る時の顔だ。優香とかではなく、俺に。


俺は潤に謝られることがあるだろうか、そう考えながら紙コップにお茶を注ぐ。

二個目の紙コップにお茶を注ぎならが、潤の顔を盗み見する。まだ、覚悟が決まっていないのか、先程とさほど変わっていない。だが、俺もずっとここで立ち止まっているわけにはいかない。それ故に、タプタプになった紙コップを持ちながらゆっくりとテーブルに向かって歩く。


「はい」

「やけに、満タンだな」

「ちょっと、ね」

「そうか……」


まだ、覚悟ができていないらしい。体育の三科先生だったら「お前は男の子じゃない。校庭でも走ってこい」と言われそうだ。多分あの人の頭はまだ、昭和なのだろう。ただ、教えてくれる練習方法や、指導の仕方は間違いなく超一流というやつだ。実際俺も足が速くなったし。まぁ、今はそんな事は置いておく。とにかく、いつまでもったえぶるつもりか分からないが、こうなったら俺から仕掛けさせてもらう。


「潤、お前俺にあるんだろ?」

「え、なんで分かったんだよ……?」

「お前の癖だよ、癖。それ見てなんとなく」

「そうか、癖か……」


ようやく観念したのか「バレたし、仕方ないか」と口にする。何を言うんだ、と心構えをしていると、潤は頭を下げる。


「俺が今から言うことは、お前に殴られても文句は言えない。警察に突き出されても、だ。だから先に謝っておかないといけない。すまない!」

「分かった。とりあえず話してくれ」 


内容によっては、本当に俺は潤を殴らなければならないのかもしれないし、「そんなことかよ」と笑わないといけないかもしれない。それは、聞いてみないと分からない。


「あの日、お前がラブレターもらった日のこと覚えてるか」

「あぁ、覚えてるよ」

「その日お前が酷い目にあうことを、知っていた」


「……どういう事だ」そう、頭がこんがらがっているなか、詳しく聞こうとした時だった――

食堂の扉が勢いよく開き、見知った顔が現れる。紗枝だ。


「柊君!優香が……!」

「ど、どうしたの?」

「優香のメイク落として道具を置きにいってるあいだに、いなくなったの!トイレとかも調べたんだけど、いなくて……」

「分かった。俺もすぐ探しに行くよ」


こんな時に……。今は気持ちを切り替えよう。まずは優香を探すのが先だ。潤の話はあとだ。そう、心で決め、椅子から立ち上がる。


「優香って、俺と言い合ってたやつだよな。俺のせいかもしれない。俺も探す」

「いや、はここで待ってろ」

「なんでだよ」

「お前はさっき自分で警察に突き出されても文句は言えないと言っていた。つまり、この状況を使って逃げることもできる。だから、ここで待機してろ」

「そんなことはしねぇよ!」


そんな事俺だって分かってる。けど……


「いいから、ここで待ってろ。この学校内にいなかったら、本当に警察に突き出すからな」


潤には秋山さんがいる。もし、優香を見つけるのを勘違いして、揉め合いになったら最悪だ。まぁ、潤も秋山さんもスマホとか持っていると思うからそんな事になる可能性は限りなく低いと思うけど、念のためだ。潤には幸せでいてもらいたい。それに、優香も揉めた相手の顔を辛い時に見たくはないだろう。何があって、優香がいなくなったのかはまだ分からないけど、これも可能性の一つだ。


「分かったな?」

「あぁ」

「よし。行こう紗枝」

「う、うん」


心が痛む。潤にはああいう刺々しい言葉は使いたくなかった。けど、潤は頑固だ。こうでもしない限り、「探す」と言って聞かなかっただろう。


「柊君今のって」

「俺のことはどうでもいいから、早く優香を探そう」

「う、うん!」


潤の話、未だに理解できていない俺がいる。なぜ、潤は俺が犯されたあの日の事をどういう理由があって知っていたのか。


「ふぅー」


いや、この話を考えるのは後だ。さっき決めたじゃないか。先ずは、優香だ。とにかく、手当たり次第に探そう。そう、決心し俺は食堂の扉をくぐった。


@@@


中間選考通ってました。読者様には感謝しかありません。これからもよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る