第57話
かっこつけて「場所を移そう」なんて言ってしまったけど、一体どこに行けばいいのだろうか。A組は勿論ダメだし。座ってゆっくりできる場所があればいいのだが。
「どうしたの?そんなに渋い顔して」
「いや、ゆっくり座れる場所無いかなって」
まぁ、ご存知の通り潤がこの有り様だし。色々と話さないといけないこともある。もし、いざとなれば文葉には席を外してもらう場合も考えておかないと。
けど、どうやって潤は俺が桜崎にいると知ったのだろうか。
「うーん、確かに難しいね。多分どのお店もいっぱいな気がする」
「だよね」
「……あ、食堂はどうかな?」
なるほど。確か、食堂ならどの学年も使っていない。休憩スペースとして提供されていたはず。それに、あの広さだ。満員になることはまずない、と思いたい。なにせ、この人の量だ。満員でもぐうの音しかでない。
「とりあえず、行ってみようか」
「うん」
満員じゃないことを祈るだけだな。
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「私お茶持ってくるね」
「あ、ごめん。ありがとう」
「う、ううん」
文葉は勢いよく顔を逸らし、慌ててお茶を取りに行く。
一応席には座れたけど、それなりに人がいる。まぁ、けどそこはやっぱり桜崎と言えばいいのか、座れる余裕はまだまだある。
「ふぅー」
「……すまん」
ようやく口を開き、そう言う。文葉が一時的にいなくなって話しやすくなったのだろうか。
「迷惑かけたな」
「俺は別にいいけど、ちゃんと優香には謝れよ」
「分かってる」
分かってるのならいいのだが……。さて、何から話せばいいのか。いざとなると、困ったものだ。
「そ、そういえば彼女はどうしたんだ?」
「ん?あ、あぁ。今クレープ買いに行ってるよ」
「そうなんだ」
「……」
「……」
か、会話が続かない。この学校に来る前は、くだらない事で、なにかが止めない限りずっと続くんじゃないかと思うくらいに話せたのだが。
「お茶持ってきたよ」
「ごめんね。ありがとう」
「いいのいいの。小日向くんのお友達さんもどーぞ」
「ありがとうございます……」
乾ききった口をお茶で潤す。一方しかし、やはり会話は潤わない。
文葉も何をしていいのか分からない、というような困った表情をしている。無論俺も潤もそうだと思う。
これでは何のために、優香が怖い目にあい、潤が俺を見つけてくれて、文葉が気を使ってくれて、こうしてここに座っているのか分からなくなりそうだ、と思っていると――
「あー、やっと見つけた」
これまた、懐かしい顔だ。名前は
「あれ?友達?」
視線が俺と文葉に向く。
「柊だよ……小日向柊」
「……え?ふ、不幸の子?」
そう呼ばれることには慣れていたはずなのだが、ここにいて感覚が鈍ったのか、一瞬ムカッとくる。さっき自分でその名前を言ったのにも関わらず。
「どうも」と言い頭を軽く下げる。
浜葉が「あ、えっと、小日向くんの」と自己紹介をしようとしている途中に「えぇー!咲乃文葉だ!」と遮る。
「え、えっと?」
「あ、ごめん。こっちが一方的に知ってるだけだから。ほら桜崎のセッターでしょ?ここら辺じゃ有名だよ」
「そ、そうなんだ……」
文葉も、ぐいぐいくる系は苦手らしい。少し体が引いている。こういう系を得意という人はいるのだろうか。もしかしたら、秋山さんも無意識のうちなのかもしれないが。
「で、桜崎になんで小日向くんが?」
「まぁ、少し色々あって」
「へぇー。見ないうちに変わったね。意外といい顔してたんだ」
そう言ってもらえるのは嬉しいのだが……
「……潤、俺を睨まないでくれ」
「何のことだ?」
「あれぇー?妬いてるのかな?あれれれ?」
何を思ったのか、秋山さんが潤を煽り出す。そして、それにまんまと乗っかりカチンときたのだろう。右手に持っていたクレープを奪い、口に勢いよく詰め込む。
「
「テメー!やっていいこととやっちゃダメなことがあんだろーが!」
「ごくっ。ここのクレープ美味いな」
「がぁー!!!お前これ750円もすんだよ!分かるか?700!50!円!」
さっきまでの口調はなんだったんだろうか。完璧に猫をかぶっていたらしい。文葉なんて驚きすぎてお茶をこぼしかけている。てか、少しこぼした。あ、このままだと、文葉のスカートにお茶が……!
「おっと、セーフ」
間一髪、テーブルにあった布巾で食い止める。間に合ってよかった。少し文葉と体が当たってしまったが仕方ないことだろう。文葉もそのくらいじゃ気にしないはず。
「あ、ありがとう」
「うん。それは、全然なんだけど……暑いの?」
「え、え?な、なんで?」
「顔が赤いよ?」
「き、気のせいじゃないかなー?」
気のせいか?まぁ、気のせいならいいのだが。そんな事より今は潤との話をどうするかを考えないと……
「真名、咲乃さんと周ってきたらどうだ?」
「いいけど……」
潤が突然そう言う。
やっぱり潤もそう思っていたらしい。
「俺もそうしてほしい。文葉いいかな?」
「うん。全然大丈夫だよ」
文葉には悪いがやはり潤と俺の二人っきりの方が話しやすい。潤も同じことを思ったのだろう。今は優先すべきことがある。
「じゃあ、私たちは行くねー」
「おう」
「ごめんね、文葉。終わったらそっちに行くから」
「うん」
文葉たちが食堂から出ていくまで目で見送り、軽く手を振る。するとあちらも、柔らかい笑みを浮かべ手を振り返す。誘ってくれた文葉との時間は多いものは言えないが、とても楽しい時間を過ごせた。それに、一歩近づけた。乗り越えるための一歩に。
「さて、何から話そうか」
「聞きたいことを交互に聞いていく、でどう?」
「いいな」
「じゃあ潤からどうぞ」
そう、この時には思ってもなかった。潤が、俺が近づいた一歩より何歩も先に行った情報を持っているとは。
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