第56話

あれから、色々と文葉のお姉さんについて聞いたが、有力な手がかりは何もなかった。


やはり、分かったのは香水と富士高の三年ということだけ。けど香水なら尚更、偶然同じ物を持っているという可能性だって間違いなくあるだろうし、いくら富士高が俺が襲われた桜町にあるからって決めつけるのは早すぎる。……まぁ、これ以上聞いて怪しまれるとまずいから、今回はもうよそう。


「そういえばお腹減らない?」

「あー、そうかも」


B組でお昼ご飯を済ませようと思っていたけど、結局食べられなかったんだ。文葉とは周りながら話していたから何も食べれてないし。


「行きたいところとかある?」

「あ、じゃあA組のカフェ行ってみたい」

「え?うちの?」

「うん」


文葉はそれに付け加えるように「男装とか女装とかって、ありきたりだけど、やっぱり斬新じゃない?」と口にする。まぁ、確かに斬新ではある。けど、文葉が言うように王道なのだ。昨日一回家に帰った時、美鈴ちゃんに「面白いけど面白くない」とイチャモンをつけられた。しかし、料理はどの学年にも負けていない自信がある。味見した時を思い出すと涎が垂れそうになる。


「まぁ、文葉がいいならいいけど……」

「じゃあ、行こ」


自分のクラスの店に行くというのは、こうも歯痒いものなのかと実感する。まぁけど、実際色んなところを回ってきたけど、これだ!というものは無かったからちょうどいいのかもしれない。


「私たちのクラス、球技大会で負けちゃったから派手なことできないんだー。だけら少し羨ましいよ」

「あ、そうなんだ」


俺は出ていなかったから、記憶にがっつりと残っているわけではないが、今思えば俺たちA組がカフェとお化け屋敷をできているのは誠たちのおかげなのだ。


「ただでさえ、バスケ部の一年コンビがいるのに、明日見さんがまだあんなに跳べるなんて」 

「まだ?」

「うん。中学の時に全国大会で戦ったから覚えてる」


話を聞いていると、文葉は小学校からバレーを始め今も部活でバレーをしている。

中学の時、全国で優香たちの学校とあたったが、優香に手も足も出せずコテンパンにされたらしい。


「小日向くんと同じくらいの身長だけでも、中学の時には要注意なのにあんなに跳ばれたらもう何もできないよ」

「ははは。確かに優香はすごい跳ぶからね」

「うん。それで、ここに入学したら明日見さんがいたから、一緒にバレーができるって楽しみにしてたんだけど……」

「……そうだね」


優香がバレーをしないのは、重いプレッシャーに押し潰された過去があるから。文葉が優香に「バレーをしよう」と言い寄るのなら文葉はそれなりの覚悟がいる。一緒にその辛い過去を背負って、励ましあう事ができるのか。優香の気持ちをどれくらい分かってあげられるのか。


「文葉は優香とバレーしたいの?」 

「そりゃしたいよ。ユースの日本代表のエースだよ?そんな人にトスあげてみたいじゃん」


文葉の目がキラキラと輝く。


「そっか……。そんな日が来るといいね」

「うん!」


文葉の様な無垢で純粋な憧れも一つのプレッシャーなのだろう。


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広い校舎を5分ほど歩きようやく理科室に到着すると、昨日ほどではないが列ができていた。緊急で練った策が効いたらしい。


「すごい、大人気だね」

「そうだね。昨日はもっとすごかったんだよ」

「へぇー。小日向くんは女装とかしなかったの?」

「はは。どうだろうね」

「ふーん。そう言うことを言うなら結雅に聞くからいいよーだ」


なんだと!?白石さんと知り合いなのか?それはまずい。昨日ガッツリ見られてるし、多分奏経由で俺の写真絶対あるだろ。


昨日はなんか、乗り気になっちゃってプライドを捨てまくった俺だが今日の俺はダメだ。昨日の俺と今日の俺は違う。

けど、しかし俺が女装をしていないという嘘が見つからない。


「何も言わないってことは……」と文葉が何かを言いかけた時だった。


「だから!本当に知り合いなんだって!」

「本当か分からないじゃない!」


何だろうか。列の前の方から怒号が飛び交っている。お店のトラブルだろうか。片方は確実に優香の声なのだが、もう片方の男性と思われる方は分からない。


「文葉、俺様子見てくる」

「わ、私も行くよ」


人が多すぎて道が無い。けど、ここで諦めて優香にもし何かあったら俺は誠たちに顔を合わせらない。それに俺にとって優香は……。

無理矢理にでも野次馬をかいくぐり、もう少しで、という所で――


「だから!俺は柊に会いたいんだって!」


懐かしい声が耳を突き抜ける。間違いない、潤の声だ。久々に声を聞いたせいで遠くからだと全く分からなかった。


「何回言ったら……」

「潤!」


久しい背中。懐かしい肩。昔から知っている顔。


何ヶ月ぶりだろうか。愛美に監禁されて、突然学校から身を消したあの日から。


「お前、柊なのか?」

「そうだよ。不幸の子なんてあだ名も付けられたかな」

「本当に柊なのか……?」

「そうだって言ってるだろ」


そう伝えると、潤は力が抜けたかのように地面に座り込む。俺は優香に「ごめんね。ありがとう」と言い優香をすぐそこにいたさーちゃんに任せる。


「ま、任せてよっ!」

「うん。お願い」


優香があんなに怒鳴り散らすのは初めて見た。俺を思っての行動だったのだろう。優香は人思う優しがある。

落ち着いた時にもう一度お礼を言っておかないと。


「さ、潤。場所移そうか」

「すまん」


後からちゃんと潤には優香に謝ってもらわないと。そんな事を思いながら俺と潤と文葉は理科室から離れた。

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