第55話

無事、ようやく今日の俺のカフェのシフトの時間が終わる。今思い返せば、この二日間の短い時間のために、多くの時間を費やしてきた。最初はどんなメニューを出すかで意見がパックリ割れたり、誰が女装をするか話し合っても全然決まらなかったり。

クラスの実行委員が募集をつのった際に男子全員が明後日の方向を見たりして白石さんが少しブチ切れたり。


まぁ、今思えば準備の時間も、桜祭の時間も楽しいものばかりだった。あと俺が残すのはミスターコンテストだけだ。これさえ無事に終わらせれば初めて楽しかったと言える学校のイベントになる。


「ふぅー」


ミスターコンテストが始まるまであと五時間もある。掲示板を見に行ったら開始が七時に変更してた。結構遅いな、七時って。


てか、じつはB組の結構気になっているんだよなぁ。こっちが色んな策を試してみたのに結局B組の勢いは全然治らなかったし。

行ってみようかな、時間あるし。


「ちょっと、俺回ってくる」

「怪我しないでねー」

「はいよー」


さ、お化け屋敷しか行けてなかったし出来るだけめいいっぱい楽しもう。


人で賑わっている廊下を上手く避け列に並ぶ。しかし10分近く経っても中々進まないなと思っている

と――


「ね、あれ転校生じゃない?」

「あ、最近結構話題になるよね」

「もしかして一人かな?どうする?」


と、聞こえてくる。転校生って俺のことだよな?なんか、気まずいというか、いたたまれないというか。うーん。せっかく並んだ列から抜けるのも嫌だし。優香たちは今仕事をしているから絶対にいないからなぁ……。


「一人なら誘っちゃおうよ」

「私たちにもイケメンを味わう権利ぐらいならあるよね」


イケメンを求めてるなら裕也を誘ってください。あ、でも裕也には音葉さんがいるからダメだ。

仕方ない。とりあえず、ごく普通を装って列から外れよう。あーいう、ちょっと派手目な人たち苦手だし。


出来るだけ目を合わせないように彼女たちがいる逆方向に向かって歩こうとすると、


「あ」

「え?」


昨日、校門で話した女子とばったり会う。そして完全に目が合う。

そういえば、まだ返事してなかった。……気まずい。これじゃあ五十歩百歩じゃないか。いや、けど五十歩歩くか百歩歩くかと問われると俺は五十歩を選ぶ。よし、返事ついでにここからフェードアウトしよう。


「あ、あの」

「ふぇ?」

「昨日はごめん」


正直今も怖い。もしこの子だったら、と心の叫びが体を震わせる。けど、彼女からは昨夜のようなトラウマを思い出される甘く辛い匂いはせず、今は甘酸っぱくて、惹かれそうな優しい匂いがした。


「罪滅ぼしって言ったらあれなんだけど、一緒に回らない?」

「え!?い、いいの?」

「うん。ちょうど一人だったし」


俺は考えた。これは、最大のチャンスだ。

この瞬間を使えば彼女がそうなのか、それとも違うのか分かるはずだ。彼女には悪いがこの場を使わさせてもらう。俺もこの学校に犯人がいるとは思いたくないが、念のためというやつだ。


俺は少し罪悪感に蝕まれつつも、彼女と並んで歩き始めた。ついでに、俺の事を話していた女子たちを軽く見て、一応誘おうとしてくれたわけだから、ごめんねと心で思いながら頭を少し下げた。


「っ!」

「今の私たちだよね?」


そういえば、髪伸びてきたな。また愛美に切ってもらわないと。


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「そういえば名前なんて言うの?」

「あ、咲乃さきの文葉ふみはです」

「へぇー。なんて呼べばいいのかな?」

「ふ、文葉がいいです」

「分かった」


今のところ文葉があの様なことをする人間だとは思えない。けど、まだ完璧に信用するわけにはいかない。


「どこ中学出身なの?近所?」


思い出したくもないが、俺が犯されたのは中学の時。桜町公園だ。つまりこの質問で、ザックリとだが絞れる。


「ううん。私県外から来たの」


県外?つまり彼女ではない?やっぱり偶々同じ匂いがしただけなのか?


「でも、家近所って言ってなかった?」

「家族で引っ越してきたから。お母さんとお父さんが心配症なの。それに、お姉ちゃんがここで一人暮らししてたからちょうどね」


文葉の話を聞いてる限り、嘘のようには感じない。じゃあやっぱり偶然か。ますます罪悪感が湧いてきてしまう。


「ごめんね。色々と聞いて」

「ううん!全然。私も昨日困らせちゃったし。でも、なんで急に体調悪そうになったの?」

「……昔嫌なことがあった時の匂いを思い出しちゃって」


ここまで、文葉も話してくれたんだ。俺も少しは話さないと釣り合わないだろう。それに文葉は無関係そうだし。


「え、それってもしかして甘い感じの匂い?」

「そうだけど……?」

「それ、香水の匂いかも」

「香水?」

「うん。昨日お姉ちゃんのこっそりつけてきたの。いい匂いだったから。それに、そう思われたかったし」


待て。つまり、あの匂い自体は文葉が持っていた物ではなくて文葉のお姉さんが持っているもの。

さらに、そのお姉さんは文葉がここに引っ越ししてくる前にここで一人暮らしをしていたと言っていた。


一旦落ち着いた状況が少しまた動き始める。


「そのお姉さんって文葉と歳は近い?」

「え?うん。二つ離れてて富士高の三年だよ」


富士高は……桜町にある。すっからかんだったピースが少しずつ埋まる。

桜崎高校は桜橋町。無月高校は桜町と桜橋の間の桜木町にある。そして、俺が通っていた中学は桜町だ。


これは、もう少し入念に調べていかないとダメなのかもしれない。

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