第54話はじまり
寒い朝が訪れる。体を起こし目をうっすらと開けると窓には一面真っ白な世界が広がっている。今日寝ているうちに、また雪が降ったらしい。
暖房は勿論効いている。けど、外の雪を見ると体感的に寒く感じる。美鈴ちゃんは布団に潜り込んでいるだろう。多分、愛美が布団をもぎ取らない限り起きないと思う。
「そういえば、ここ学校だった」
昨日のことが少しずつフラッシュバックする。
……愛美がいなかったら俺はどうなっていたんだろうか。
やっぱり、誠たちに事情を聞かれていただろうか。
もし、俺が愛美と暮らしている事を知られたら、もし、俺が自分の意思ではない形で童貞を無くしている事を知ったらなんて思うのだろうか。
大変だったな、と慰めてくれる?それとも、気持ち悪い、と嫌われるだろうか。
こんな事を朝から考えても仕方がない。とりあえず、顔を洗ってこよう。それで、頭もスッキリするだろう。
「うわー、寒」
やはり、廊下は凍てつくような寒さがある。けど、外よりはマシだと思う。確か9時になったら廊下にも暖房がつくはず。
蛇口を捻り水を出す。言わずもがな冷たい。けど、確実に目が覚めるだろう。
冷たい水を手の中に溢れないように集める。そのまま顔にぶちまける。
「あ、タオル持ってきてない」
「はい、タオル」
「あ、ありがと」
柔らかくて、落ち着く匂いのがする。いつも使っているタオルみたいな感じ。
「……って、愛美!」
「そんなに大声で言わなくても」
「いや、ビックリするだろ」
「そうかしら?」
「そうだよ」
もしかしたらここは学校なんかじゃなくて、いつもの家なのかもしれない、なんて夢溢れた事を考える。いつもの何気ないことが自分の心を支えている事が身に染みる。
「昨日は……ありがとうな」
「いいのよ。私の役目なんだから」
「はは。なんだよそれ」
やっぱり、愛美が隣にいるだけで落ち着く。最近少し冷たい気がしていたからか、心がウキウキしている。話せて嬉しい、隣にいれて嬉しい。そんな気持ちが湧き上がる。
「そういえば、今日ね。ミスターコンテスト」
「あ、そういえばそうだった」
昨日はカフェで大忙しで、そんな事すっかり忘れていた。思い出したせいか、少し緊張してきた。
「私、審査員なのよね」
「つまり?」
「柊の賄賂は受け取るわよ」
「なるほど。けど、見られたらまずいからいいよ」
「あら、残念」
ここで、人に見られたら一発で終了する。人の噂や悪口は乾いた土に水が染み込むようや速さで広まる。多分みんな、何かを傷付けてガス抜きを無意識に行なっているんだろう。イライラしている人がグチグチ言うのもそういう事だろう。俺の勝手な推測だけど。
「応援してるわ。頑張ってね」
「うん」
「じゃあ、私は生徒会の仕事があるから」
「そっちも頑張れよ」
愛美は微かに名残惜しそうな表情を残して、洗面所から去って行った。そこには、水滴が一滴ずつ落ちる音と足音が綺麗に聞こえていた。
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4人でカフェの下準備をし、それを終え次はお化け屋敷の準備をする。まぁ、準備と言っても物を出したり足りない物はないかとか調べるだけだから、そこまでは大変なことはない。
「柊くんは今日女装メイク無しね」
「え?」
「今日コンテストでしょ。もしかして忘れてた?」
「そんなわけないよ。ちゃんと覚えてるよ」
えぇ。覚えてますとも。ちゃんと今日の朝に思い出したんですから。セーフだ。
「とりあえず今日は、お会計やっててね」
「分かったー」
「あ、あと制服も」
「あ、はい。どーぞ」
「うん。ありがとう」
俺の制服を片手に、優香の顔が紅潮する。
「……どうしたの?顔赤いけど。熱があるなら休んだ方がいいと思うけど」
そう気遣うと「ううん!大丈夫。全然大丈夫だよ!」とものすごい速さでどこかに行ってしまった。まぁ、元気ならいいのだけど。無理はあまりして欲しくない。二日目開始まであと10分しかないからここで優香に抜けられると大変だけど。
そういえば、ミスターコンテストの時間を確認しておかないと。確か時間変わったって聞いたんだよな。一階の掲示板に書いてあるらしいけど。
「小日向ー。ちょっとこれ手伝ってくんねー?」
「分かったー。今行くー」
まぁ、休憩時間にささっと見に行けばいいか。
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「柊くん、会計と看板交代してもらえる?少しお客さんの入り悪いから」
「いや、俺がやっても変わらないと思うけど?」
「騙されたと思って。ね、お願い!」
騙されたと思っての使い方が微妙に違うと思うけど。
「まぁ、いいけど」
「じゃ、お願いね」
「はいはい」
看板を持っていた女子(女装)と交代して、昨日と同じように呼びかけをする。
「美味しいパンケーキありますよー」
んー、たしかに今日は人の入りが少ないな。てか、B組の客の入りがすごい気がするけど、どうしたのだろうか。
「おい!あっちでめっちゃ可愛い子のメイド喫茶やってるってよ!!」
「確か、外国人ぽい子なんだろ?」
「そうそう!」
確か、椎名さんはB組だったよな。うーん。間違いない。客を虜にしているのは椎名さんなんだろう。あの容姿なんだから、納得は簡単にできる。
くそ、どうにかして客を呼び込まないと、そう考えていると、
「ねぇ、潤お化け屋敷行こうよー」
「えぇー」
と、どこかで聞き覚えのある声が聞こえる。
潤が、ここにいる?周りをキョロキョロと見渡すが姿は見えない。まぁ、あっちは俺のことなんて覚えてないか。それに、彼女と来ているのに俺がいると邪魔だろう。俺は最低限影からおもてなしをしよう。
「柊くん!お客さんが全然来ないよ!」
「多分、B組のメイド喫茶が爆発してるんじゃないかな」
「こうなったら、こっちもメイドさんみたいにサービスをするしか……」
確かにうちは、料理を運んだりするだけでメイドさんみたいなサービスはしていなかった。あっちが美少女と来るならこっちは、美少年(女子)で対応するしか他はない。
「そうするしかないね。頑張れ優香」
「う、うん!頑張っちゃうよ!」
「うん」
「さ、柊くんも看板係やめてこっちでホールのお手伝いね」
「え?俺も?」
「もちろん!」と強引に手を引かれ店の中に引き込まれる。一応ここ、女装男装カフェなんだけど俺はそのまま出ていいのか?
ちなみに俺の服装は優香に自分の制服を貸しているから、裕也から借りた男子用の制服を着ている。つまり俺は男装も女装もしていない、普通の男子だ。
まぁ、大丈夫なんだろう。
でも、潤か。やっぱり少しは話したいな。
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