第53話抱き心地
「ハァハァ……ハァ」
静寂の玄関に静かな荒い呼吸がこだまする。
心臓が、肺が、言うことを聞かない壊れた機会みたいに正常に動かない。
今でさえ、鮮明に思い出せるあの光景。恐怖を植え付けられたあの行為。匂いだけで、記憶の奥深くにしまい込んでいたのに一気に引き上げられる。
忘れよう忘れよう忘れよう、忘れたい忘れたい忘れたい、消せ消せ消せ。こんな記憶消せる方法があればすぐにそうするだろう。けど、今はどう足掻こうがどうする事も出来ない。自分の体なのに。
「くそ!」
下駄箱を思いっきり殴ると、ダン!!と静かな廊下を突き抜ける音が響く。物に当たるのは良くない。けど、そんな事を考えている余裕はないし、今は一刻も早くこの気持ち悪くて仕方がない、これをどうにかしたい。
何をすればこれは消えるのだろう。また殴る?それとも叫ぶ?それとも自分の体を傷つける?それとも……全く分からない。多分俺はこの記憶と一生付き合っていかなければならないのだろう。ずっと、一生、死ぬまで。
それにまた、イライラしてもう一発殴ろうかと思ったが、殴れない。ただでさえ感情任せに体を動かした体は、俺に反発するように心臓の動きを早める。
そろそろ、教室に向かわないと誠たちに不審に思われてしまう。今俺のこの状態を見られてしまうと確実に詮索をされてしまう。誠たちには知られたくない。やっと、潤以外に仲良くなれた人たちなんだから。
その事もあって、無理矢理でも体を動かしてでも、この重ったるい足を前に進ませようとする――
「大丈夫?柊」
その時、聞き慣れた暖かい声が泥沼の底に落ちかけていた俺の腕を掴む。
「あい、び?」
「どうしたの?大丈夫?」
なんで、ここに愛美がいるのかは分からない。けど、その顔を見るだけで今まで自分の物じゃなかった体が少しずつ戻ってくる。
「立てる?」
その言葉に従って震えている足で立とうとするが、すぐにまた地面に座り込んでしまう。
それを見た愛美は、何も言わず静かに俺を優しく抱きしめる。
「少しこのままでいましょ。落ち着くまでね」
「うん……ごめん」
俺は愛美の細くて柔らかい肩に顔をうずくめ声を出来るだけ殺しながら泣き続けた。
/\/\/\/\
「柊、やっときたか。何してたんだよ」
「いや、ちょっと、お腹の調子がね」
あれからどのくらいの時間が過ぎたのかは分からないけど、誠たちの反応を見る限りかなりの時間、俺は愛美といたらしい。
「……ふーん。まぁ、いいけど」
「ま、柊も来た事だし、ウノやろうぜ」
「もちろん罰ゲームつきだよなぁ!」
「ちょ、明日のために早く寝ないと」と言うと三人の目が俺を見つめる。その目は「それはいっちゃあかん」と言っているような気がした。
「罰ゲームの内容は最下位の人が一位の人の質問に答えるでどうだ?」
「おっけー」
この人たち明日ちゃんと起きれるのだろうか。容易に優香と紗枝の怒った顔が目に浮かぶ。まぁ、偶にはこういう事もあった方がいいのかな。
「よし、俺、柊、奏、裕也の順番で」
「おっしゃ。じゃあスタート!」
そして、あれから50分近く経過しただろうか。今まで二位と三位を行ったり来たりしていた俺の順位がついに落ちる。
「やっと貴様の番だな。柊」
「うぅー」
そして一位は誠。もう、嫌な予感しかしない。
「では、早速。ぶっちゃけ可愛いと思ってる女子」
やっぱり。まぁ、男子高校生が教室で雑魚寝してたら恋バナに発展するのはなんら不思議なことではないか。
「えー」
「ほらほら早くしろよー。逃げるとかなしだぞー」
「そうだぞ、コーヒー。最近やけにモテモテらしいじゃねぇーか。後から紐なしバンジーでもしてろ」
何か、不吉な言葉を聞いた気がするがスルーしておこう。ちゃんと紐はつけてほしい。ヒモ、の方じゃないよな……。
「えっと、優香とか紗枝とか白石さんとかさーちゃんとか椎名さんとか……かな。みんな優しいし」
「「「……」」」
三人に沈黙が訪れる。「なんだ、つまんね」とでも言いそうな雰囲気だ。
「はぁー。つまんね」
「やっぱり!」
「お前なぁ。あの五人は学年の中でもトップクラスなんだよ!」
「あと愛華もな」
裕也の音葉さん推しが強い。まぁ、実際そうなんだろうけど。ていうか、俺はほぼその五人としか学校で話さないから他の女子は知らない。自分から話ち行っても話題がないから話すこともないし。
「そういえば、裕也はまだ音葉に告らねぇの?」
「……明日の花火の時にしようかなって」
「おぉ!ついにか!」
「まぁな。邪魔すんなよ」
「邪魔はしねぇよ」
邪魔は、なんだね。
「俺も明日告られないかなぁー!」
「同じくー!」
「二人とも声大きすぎるよ。先生が」
「また柊!お前はフラグって言葉を知らねぇのか!」
「あ」
ガララと戸が開けられる。あ、この先生は耳がよくて厳しいと噂の先生だ。
「お前ら!うるせぇぞ!いつまで起きてんだ!」
「すんませーん!」
「ったく。早く寝ろよ」
俺はとっさに布団に潜り込んだからダメージは少ないけど、三人は無事だろうか。
「かぁー。先生の方がうるせぇよな」
「おい馬鹿」
そして再び戸が開けられる。表情は完璧にブチ切れている。
「今の声は雪嶋だな。お前だけ野宿にしてやろうか?」
「あー。俺めっちゃ眠くなってきたー」
すごい芝居だ。最後に棒がつくのだろう。間違いない。
やがて先生は出ていき沈黙が訪れる。
「寝るか」
「だね」
「うん」
「おやすみ」
この三人のおかげで辛いことも少し忘れれた気がする。そういえば、なんで愛美がらここにいたんだろう。明日聞いてみよう。
そして、次第に睡魔が襲いまぶたが重くなる。多分気がつくと朝になっているのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます