第52話1日の終わり

「1日目お疲れ様ー!!」

「「おつかれー」」


ようやく、長いようで短いような一日目が終わった。特に変なことは起きなかったし、学内でそういうことがあったとも聞いていない。無事に終われて何よりだ。


「よーし、じゃあ1日目終了の打ち上げしようぜ!」

「せんせー、頼んだやつ買ってきてくれた?」

「えぇ。ちゃんとここにあるよ」


そう言い新谷先生は4つほどの袋をテーブルの上に持ち出す。その中身は四角形の箱でパンパンだ。そしてこの匂いは間違いなく……


「ピザだな」

「うわっ!」

「なんだよ、柊。そんな驚くなよ」


声からして間違いなく裕也なのだが、格好はお化け屋敷の化け物のままだ。早くその服とメイクを落としてきてほしい。そういう俺はというと、ちゃんと女装のメイクは落としてきている。水で落とそうとしたら、優香に「違う違う!」と慌てて止められた。その後メイク落とし用の物を渡されて、落とし方をレクチャーしてもらった。あんなに面倒臭いことを女性は毎日していると考えると少し尊敬してしまう。


「柊はピザ好きか?」

「まぁ、好きだけど」


一度愛美が作ってくれた時のピザしか食べた事がないけど、あれはすごく美味しかった。


「俺は焼肉の次に好きだな。ピザ」

「へ、へぇー」


普段の裕也なら中々こんな事は自分から言わない。

……多分桜祭のテンションがそうさせているんだと思う。


その後は誠も加わり、お化け屋敷はーとか、カフェはこうだったーとか、可愛い子いたーとか、他愛もない会話を続けていた。誠いわく、お化け屋敷に紗枝たちと一緒に正体不明の可愛い子がいたらしいが、俺は何も知らない。裕也はなんとなく気付いていたみたいだけど。


「そういえばお前いつ音葉に告るんだよ」

「……明日にしようかなって思ってるよ」

「やっぱり、締めの花火か?」

「うん」

「花火?」


こんなに雪が降っている中、花火を打ち上げるのか?……いやでも確かに雪の中の花火って斬新な気がするし、想像もつかない。


「桜祭の2日目の最後に花火をするんだよ。俺も先輩に聞いただけだから、あんまり詳しくないけど」

「へぇー」

「まぁ、ジンクスってやつだな」

「柊お前も他人顔していられないぞ」

「え?」

「お前なんも知らないんだな。結構最近お前の話聞くぞ」


俺の話?何か目立つようなことをした覚えはないのだが。今日初めて女装の格好をお披露目したわけだから違うと思うし。思い当たる節が全くない。


「裕也、こいつ映画の主人公か?」

「俺もそう思ってたよ」

「え?どういう事?」

「はぁー。……お前モテてんだよ。裕也と同じくらいな」

「いや、多分俺よりずっと柊の方がモテてるよ。俺はちゃんと好きな人がいるってみんなに言ってるし」

「俺が?モテる?」


ありえない。不幸の子と罵られ、友達すら全くいなくて、親にも捨てられて、引き取られた先でも捨てられて、誰も手を差し伸べてくれなかった。そんな俺がモテる?何故だかおかしくなってくる。


「柊お前、前の学校でどんな生活してたんだよ。流石に自信があるとか無いとかそういうレベルじゃないぞ」

「確か無月高だったよな?」

「うん」

「荒れてるとか聞いたことないけどな」


確かにあそこは荒れていなかった。近所では桜崎の次くらいに評判は良かったはずだ。けど、誰も空気の流れに勝てないし抗うことすらできない。稀に抗うことができる人はいるが、結局は一度“あいつはこういう扱い”と空気が決まってしまうとそのまま何もできず、ずるずると時間は過ぎて行く。多分俺もそうしていたと思う。


「まぁまぁ今は俺の話より打ち上げを楽しもうよ」

「……そうだな」


今は満足しているし楽しい学校生活を送れているわけだし。これでいいんだ。


/\/\/\/\


「ありがとうございました」

「いえいえ。夜は冷えますのでお気をつけて」

「はい」


一度愛美と合流し、家に帰ったあとお風呂に入り色々と準備をしてまた学校に到着した。明日の桜祭は土曜日という事もあって始まるのがものすごく早い。今日みたいに準備をしていたら間に合わないということでクラスの数人で学校に泊まることになっている。そのメンバーは俺と誠と裕也と奏だ。ちなみに愛美は家だ。腕時計の機能はちゃんと解除してもらった。というか腕時計を外してきた。


最初学校に泊まるって言ったらなかなか許してくれなかったけど、何故か桜祭前日くらいに唐突に許しが出た。最近愛美の行動がますます分からなくなってきた気がする。


「あ、あの」

「はい?」

「こ、小日向くんですよね?」


彼女は見たことがある。よく移動教室の時とかにすれ違う。友達と楽しそうに話している姿が印象深い。


「そうですけど」

「あ、あの、あ、明日私と一緒にお店回りませんか」

「お、俺と?」


彼女はコクと頭を動かす。どうすればいいのだろうか。4時からミスターコンテストだからそれまでの午後はフリータイムなんだよなぁ。これと言って用事はないし。

それに、せっかく誘ってくれたんだし。誠たちに「モテてる」って言われて天狗になるのは嫌だしな。


「じゃあ」と言おうとした時だった。一つ、強い風が彼女側から吹く。それに乗せられたのか、あの時……無理やり犯された時の甘ったるい匂いがした。


「っっ!」


吐き気と寒気が容赦なく俺を襲い、その場でうずくまってしまう。

この匂いは彼女なのか、それとも幻臭なのか。とにかく、いったん離れよう。仮にもしこの子だったら、最悪だし、この子じゃなかったら、迷惑をかけることになる。


「だ、大丈夫?」

「う、うん。大丈夫。あの、返事は明日必ず早めにするから今日はもう行くね」


無理矢理にでもこの場を立ち去ろうと、彼女の横を通り過ぎて恐らく誠たちがいる教室に向かおうと足を動かす。――が、しかし。


「待って!そんなに辛そうな顔してるのに大丈夫なわけないじゃん。私の家すぐそこだから来なよ。学校より絶対に休めるよ」

「い、いや。大丈夫だから。それに迷惑かけたくないし」

「迷惑なんかじゃないよ!」


さっきより匂いが強くなった気がする。本気でまずい。少しでも気を緩めたら倒れてしまいそうだ。


「ハァハァ……」

「ほら、息も」


万事休す。なんだかクラクラしてきたし、もう頭も回らない。これ以上の言い逃れの言葉が見つからない。


「おーい!コーヒー!!」

「はやくこいよー!」


奏と誠が窓から大声で俺を呼ぶ。こんな夜にそんな大声をだすと近所迷惑だというのに。

俺は返事をヨロヨロした体で手を振り返す。


「ごめん。行くね」

「あ……はい」


嫌なこと思い出しちゃったな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る