第51話笑み

理科室へ帰るとお客さんが来るピークが過ぎたのか、廊下まで並んでいた列は無くなっていた。けど、理科室の中はあいかわらず満席のようだ。

残りの10分と少し、休むべきかそれとも、もう出るべきか悩んでいると優香とばったり会う。


「あれ、柊くん。どこに行ってたの?」

「椎名さんと紗枝と一緒にお化け屋敷に」

「へぇー。紗枝とアリスちゃんで……」


と、優香は言うと少しツーンとする。


え、なんで急に不機嫌になったんだ?あ、もしかして「私は休まずに働いてるのに、お前は何で遊びに行ってたんだ」ってことか?いや、でも優香はそんな事を言う人ではない。やはり、ますます分からない。


「ご、ごめん」

「べ、別に謝ってほしいわけじゃ……」


じゃあ、どうすればその不機嫌は治ってくれるのだろうか。そう頭を悩ませせていると――


「小日向。お前のこと呼んでるぞ」


と、お店の方を親指でクイクイと蒼川あおいがわ陽が指を指す。


「あ、うん。分かった」


多分、もう少しで2時だから美鈴ちゃんがきたのだろう。でも、なんで美鈴ちゃんは俺を呼んだのか分からない。別に俺がいないとダメってこともありえないし。まぁ、美鈴ちゃんのことを俺が考えても分かるはずないか。


「ごめん。優香」

「うん……」


俺はもう一度最後に優香に謝りその場を後にした。その時しんみりとした優香の表情が目の端に映った。今日の優香の表情は忙しいな。


少しなんとも言えない曖昧な気持ちで、美鈴ちゃんのもとに向かう。


やっぱり俺の事を呼んでいたのは美鈴ちゃんだった。空けておいたテーブルにちょこんと座っている。飲んでいるのはホットココアだ。


「どうだった?お化け屋敷」

「……怖かったです。一人で入る場所じゃないですね」


多分美鈴ちゃんの言葉の裏には「よくもあんな所を紹介したな」と隠されている気がする。

仕方がない。自分自身あんな恐ろしいものだとは知らなかったんだから。文句を言うなら音葉さんに言ってほしい。


「そ、そういえばここのパンケーキ美味しいんだよ」

「……じゃあそれ一つ」

「はいよ」


ん?まてよ。紗枝が帰ってきていないとパンケーキは作れないんじゃないのか?あの二人はまだ逃げ回っているのだろうか。


「あ、お兄さん待って」

「ん?どうしたの?」

「ママ…………お母さん甘いの苦手でした」


これは、命を賭けてでも攻めるべきなのかそれとも聞いていないフリをして守りに出るべきなのか。でも、攻めたら甲羅だけじゃなくてバナナの皮まで投げられそうだな。ここは守りにでよう。


「そっか。じゃあ、またなんかあったら呼んでね」


俺はそう言い席から立ち上がると「待ってください」と袖を引っ張られる。


「お母さんと、姉さんが来るまでいてください」


おっと、今度はママとは呼ばないらしい。


「どうして?」

「……こういう所の一人が苦手なんですよ」


あぁ、そうか。美鈴ちゃんはこういう場所は苦手なんだよな。多分苦手な場所でもお母さんと会うのが楽しみで嬉しくて頑張っているんだろう。


「分かったよ」

「ありがとうございます」


俺は再び椅子に腰を下ろす。


「そういえば中村さんは?」

「今日はお休みです」

「へぇー」


お休みとか言ってあの人なら、庭の手入れとかしていそうだけど。すると、背後から人影が近づいてくる。


「あら、誰かと思ったら柊じゃない」

「ん?あぁ、愛美か」


どうやら待ち人の一人、愛美が到着したらしい。少し分かっていたけだ、やっぱり愛美は分かるらしい。


「あ、姉さん」

「少し早かったかしら」

「ううん全然」

「じゃあ、俺行くよ」


家族水入らずの時間だ。関係のない俺はさっさと退場しよう。


「お兄さん、ありがとうございました」

「いや、大丈夫だよ」

「柊、後からまた呼ぶわね」

「ん?あぁ。うん」


多分お母さんが来たら注文する時とかだろう。美鈴ちゃんも愛美も少しなんだか嬉しそうに見えるから相当お母さんが好きなんだな。……頑張ろう。俺には愛美や美鈴ちゃん、それに誠たちがいるじゃないか。これ以上何を望むんだ。


俺は自分に言い聞かせながら厨房に戻った。


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「柊くん、これアイビー先輩の席に持っていって」

「分かったー」


他の人の接客をしていて気づかなかったけど、いつのまにかお母さんが到着していたらしい。ここからじゃ後ろ姿しか分からないけど、雰囲気は愛美にそっくりだ。


「ご注文のたまごサンドです」

「ありがとうございまーす」


顔は愛美にも美鈴ちゃんにも似ていないな。強いて言えば目が似ている気がする。愛美とか美鈴ちゃんはお父さん似なのかな。でも、義父って言っていたよな。なんか複雑で頭が痛くなりそうだ。


「愛美たちは食べなくていいの?」

「私は友達ともう食べたからいいわ」

「私は、マ…………お母さんの一口もらう」

「あら、ママって言わないの?ママ寂しいわ」


……今ママと強調して言ったあたり、少し意地悪な性格はちゃんと親子の血を受け継いでいるらしい。主に美鈴ちゃんが。


「この学校にこんな可愛い子いたのね。これならミスコンもまた出来るのに」

「あははは……そうですねー」


ごめんなさい。自分男なんです。てか、看板係が立っていないから外から見たらただのカフェなのか。

それで俺が男だと気づかないのか。


「けど、男の子ってのが惜しかったわね」

「え?」

「貴方でしょ?しゅ……小日向柊君は」

「そ、そうですけど」


え、なんでこの人は俺の事を知っているんだ?


「ちょ、ちょっと。そんなに怖がらなくて大丈夫よ。娘たちからよく話を聞くだけだから。……まぁ他にも色々あるけど」

「なるほどそうでしたか」


その時愛美のお母さんと目が会う。


ズキッ


「っ!」


今朝ほどでは無いが痛みがまた俺を襲う。


「お、お兄さん大丈夫ですか?」

「うん。大丈夫。気にしないで」


この痛みにも少しずつ慣れてきたような気がする。痛みにはムラがある。今朝のように倒れるくらいに痛い時もあれば、今のように少し頭痛がするくらいの時もある。何がこの頭痛のトリガーなのかは全く分からない。けど、もしかしたら、どこかで何かの繋がりがあるのかも知れない。


「愛美そろそろ私他も回りたいわ」

「えぇ。そうね。私が払っておくから美鈴と外に出てくれる?」

「分かったわ」


愛美のお母さんは残り一口のタマゴサンドを頬張り水を一杯軽く飲み干して席を立つ。いつの間にタマゴサンドを食べ尽くしていたのか分からなかったけど、味には満足してくれたらしい。


「柊、私のお母さんを見て何か思い出したことはある?」

「思い出したこと?」

「えぇ」


思い出したことは……ない。けど、愛美のお母さんを見て一番最初に頭の中から這いつくばってきたのは、保健室で見た夢だ。所々途切れ途切れで、人物の名前や、顔は思い出せないけど、話の内容はある程度思い出せる。そう愛美に伝えると――


「あと、少しね……」

「何がだ?」

「……ふふ。本当の貴方がの所に戻ってくることよ」

「はぁ?」


そう言い、不敵な笑みを浮かべながら愛美はカフェから出て行く。 


今まで思ったことのない感情が心の底からふつふつと湧き出てくる。初めてだ。愛美の笑顔が気持ち悪いと思ったのは。最近少し愛美が冷たいのと何か関係があるのだろうか。


「……いません。……すいません!」

「え?」

「三人なんですけど空いてますか?」

「あ、は、はい。案内します」


脳裏にこびりついたあの顔は俺のことを中々離してくれなかった。



/\/\


遅くなってごめんなさい!

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