第49話楽しい仕事

「え、この人小日向くんなの?」

「そうだよー。張り切って女の子にしてみました」

「さすがに張り切りすぎじゃ……?」


白石さんがそう言うのも分かる。俺自身でさえこの姿が自分だと信じられないのだから。まず、この髪。気付いたらこの髪型になっていた。多分カツラなんだろうけど。まぁ、まだこれはいい。けど、顔のパーツがもう別人だ。俺はこんなに目は大きくないし、肌もこんなに白くない。


「私、自分が女って信じられなくなりそう」

「私もまさか、ここまでの完成度だと思っていなかった」

「結構時間かかったんじゃない?」

「それが全然。10分かかったか、かからなかったくらい。さーちゃんも手伝ってくれたし」

「へぇー。あ、私そろそろ戻らないと」


そういえば、白石さんは生徒会だっけ。愛美も学校に着くなり、先に走って行ったし。


「じゃあ、カフェの方も頑張ってね」

「結雅も生徒会頑張ってー」


優香は一仕事した重い腰を持ち上げる。それと同時に白石さんも椅子から立ち上がり「それじゃ」と言って理科室から出て行く。


「さ、私たちも頑張らないと」

「優香ー!ちょっときてほしいなっ!」

「分かったー!今行くー。えっと柊くんはお店の前でこの看板持って声かけしてくれる?」

「おっけ」


手渡された看板には、男装・女装カフェと書かれている。なんかこの看板、場所によってはちょっと危ないものに見えるのは気のせいだろうか。いや、気のせいだ。気のせいに決まっている。


まぁ、とりあえず仕事をしよう。開店まであと2分しかないし。


「ふー」


深呼吸をして、扉の前に立つ。大丈夫。失敗する事は無いと思う。みんなで長い時間を準備に費やしてきた。それに自分で言うのもなんだけど、何もしていないよりかなり可愛くなっていると思う。


廊下からの喧騒は落ち着くことなく常に聞こえている。


「よし」


頑張ろう。今日この日のためにみんなで頑張ったんだから。


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人の勢いが落ち着かない。それだけならまだいい。人がいっぱい来てくれるのはありがたい。けど、一番困るのは――


「君可愛いね、俺たちと遊ばない?」


この、ナンパ?だ。無論ナンパなんてされたことなんてないからイメージだ。まぁ、そんなことは置いといて。諦めてくれる人はすぐに諦めてくれるのだがしつこい人はしつこい。わざと“女装”という言葉を強く言っているのにも関わらず声をかけてくるのだ。ただ、俺も馬鹿じゃない。必殺技を身につけたのだ。


「えっとー、じゃあー第三体育館でやってお化け屋敷に行ってきてくれたら考えようかなー」とプライドを捨てて女子っぽく言うのだ。これが俺の必殺技だ。あのお化け屋敷に入ったら飛んで家に帰るだろう。それに、入場料もあるから売り上げにも貢献できる。まぁけど、今の俺を知り合いに見られたら多分軽く死ねる。


「あ、きふゆ」

「っ!!」


何故だ。何故、分かるんだ。どこからどう見てもいつもの俺とは別人だろ。


「なんか、女の子みたい」

「女装してるからね」

「あ!そういえば大丈夫なの?倒れたって聞いたけど」

「うん。大丈夫だよ」


その言葉を聞いてから、椎名さんは「よかった」と安堵する。


「でも、無理しないでね」

「そのつもり。椎名さんのクラスは何してるの?」

「私のクラスはお好み焼き?だった気がする」


気がする?なんで、自分のクラスなのに確信を持っていないんだろうか。


「ここにいていいの?」

「うん。手伝う事ない?って聞いたら楽しく回ってきてって言われたから」


それって遠回しに邪魔って言われてないか?


「だから、きふゆ一緒に回ろ」

「いや、難しいかな。ほら、見ての通り大繁盛だし俺だけ遊びに行くってのも、さ」

「そっかー。なら愛美のところに行ってみようかな」


そういえば、愛美は何をしているのだろうか。四六時中友達と回っているとは思えないし。まぁ、ここにいる限り何をしているのか、今はわかるよしもないのだが。


「いいんじゃないかな」

「うん。行ってみるよ。じゃきふゆも頑張ってねー」

「うん、ありがとう」


おっと、椎名さんと話している間に列が乱れてしまっているな。


「カフェに並んでいる方は、通行の邪魔にならないように一列に並んでくださーい」


そう、呼びかけるとぐちゃぐちゃになっていた列が徐々に綺麗な一列になる。多分この容姿だからここまで言うことを聞いてくれるんだろうな。普段の俺が呼びかけても、こうはならないだろう。裕也とかならもっと凄いのかもしれないけど。


それにしても、人の量がすごいな。ある程度の話は聞いていたけど予想以上だった。カメラもチラホラいるし。廊下が広くなかったら押し潰されていたかもしれない。てか、この格好をカメラに撮られていたりなんかしないよな。


カメラ、カメラ、と周りをキョロキョロしていると、どこか聞いたことのある声で「あのーすみません」と言われる。美鈴ちゃんだ。


「ここに、小日向さんはいらっしゃいますか?」


どうやら、美鈴ちゃんは俺だと分かっていないらしい。いや、なんか俺だと気づくのが普通みたいになってるけど、気づかないのが普通だかな。


「どうしたの?美鈴ちゃん」

「え?お、お兄さん?」

「そうだよ」


美鈴ちゃんはパチパチと目を閉じたり開けたりしている。まぁ、当然の反応だろう。


「嘘でしょ?本当にお兄さんなんですか?」

「うん」

「に、にわかに信じ難いです」

「だよね。俺も未だに俺が俺だって信じられないから」

「えっと、とりあえず席空いてますか?……って空いてるはずないですよね」

「うん。見ての通り満席だよ」

 

話を聞いていると、どうやらここでお母さんと待ち合わせをしているらしい。多分、愛美が気を利かせてここのカフェでも紹介したんだろう。一応愛美には俺のクラスはカフェをすると伝えてあるわけだし。……男装・女装カフェとは伝えてないが。


「もう暫くしたら、多分空くと思うよ。一応席取っておこうか?」

「じゃあ、お願いしていいですか?」

「分かった。任せておいて。何時ごろになりそう?」

「えっと、待ち合わせ時間は2時です」


今の時間は約1時だ。とりあえず、2時に席を一つ空けておけばいいのか。


「分かったよ」

「もう一ついいですか?」

「ん?どうしたの?」

「時間が空いたのでどこか回りたいんですけど、どこかいいところないですか?」

「それなら、第三体育館のお化け屋敷とかどう?」


ふっ、いつも甲羅を当ててくるお返しだ。存分に楽しんでくるがいいさ。ふっふっふっ。


「へぇー、じゃあ行ってみます」

「うん。気をつけてね」


美鈴ちゃんを見送り、優香に2時にテーブルを一つ空けておいてと伝える。難なく了承は得られたのでよし。そのついでに休憩に入ってと言われ、別の男子に看板を任せて裏に下がる。


「ふぅー」


一生懸命頑張っていたからか、椅子に座ると積み重なっていた疲労が一気に押し寄せる。お腹も減ったし、足も痛い。まぁ、2時間くらい休憩を貰ったから、回復すると思うけど。


「柊君おつかれ」

「うん、紗枝もお疲れ様」


紗枝の可愛らしいエプロンは料理をして付いた汚れがかなり目立つ。けど、これは紗枝が頑張った証拠だ。このカフェがこんなに繁盛しているのは、紗枝たちが作る料理のおかげなのだ。もちろん男装・女装という面白いもの見たさでくる人は少なからずいるはずだが、カフェから出て行く人たちは男装や女装の話はあまりせず、ご飯がすごく美味しかったと話ながら出て行くのだ。まぁ、俺はその美味しいと噂の料理を見ることしかできていないのだが。


「隣座るね」 

「う、うん。どうぞ」


紗枝はエプロンを脱ぎ、俺の隣に「よいしょ」と息を吐きながら座る。スイーツの匂いなのか、甘くて美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。それ故に無意識に紗枝をじっと見てしまう。多分お腹が空きすぎているんだ。


「ん?どうしたの柊君?」

「いや、なんでもないよ」


どこかで、お昼ご飯を食べてこようか悩んでいると、肩にストンと重みが加わる。


「紗枝?」と呼びかけるが、反応はない。ていうか、もう寝てる。一定の呼吸が繰り返されている。


まぁ、肩を貸すくらいなら。多分少し寝たら紗枝も寝心地の悪さに気付いて起きるだろうし。


紗枝が寝て10分くらい経っただろうか。


今この状態を見られたら色々と勘違いされるよな。この休憩室は理科室と理科準備室に挟まれるような形だ。理科準備室には薬品等が、この部屋には実験器具が置いてある。


この静かな部屋で紗枝の寝息を聞いていると、俺も眠たくなって……き……た。


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