第48話可愛い子
少し体が気怠い。けど、これを理由にして朝の約束をやぶる訳にはいかない。それに、保健室にずっと居座るのもあまり良くないだろうし。
そう思いながら、廊下を歩いているとクラスの数人が
時計を見るともうすでに10時だ。店が始まるのは11時だから急がないと迷惑をかけてしまう。
廊下を急ぎ目に歩き、目的地の理科室に到着する。スライド式のドアを開けると、カフェの最終準備をしていたメンバーの視線が俺に突き刺さる。いや、突き刺さると言うより、何故ここに来た、というような感じだ。まぁ、体育館で倒れたから当然と言えば当然か。
すると、全く知らない男子が俺に駆け寄る。服は女子のを着ているから女装をしている男子かな。
「え!柊くん大丈夫なの!?」
「あ、うん大丈夫です」
「なんで敬語?」
この人……距離感が近い人なのかもしれない。でも、こんな美男子みたいな人クラスにいたか?
……あ、逆にもしかして男装している誰かか。俺のことを、君付けで呼ぶのはこのクラスで二人しかいないし。それに、この身長は――
「もしかして優香?」
「そうだけど?」
「なるほど。全然分からなかった」
「あ、それで敬語だったんだ」
「うん」
いや、こんなの絶対分からない。顔も全然違うし、髪型も違う。でも、この完成度は凄すぎる。優香を知らない人は間違いなく男子と思うだろう。
「うーす。椅子持ってきたぜー」
お化け屋敷組の誠が椅子を何個か重ねて、理科室に入ってくる。
「え、柊?大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫だよ」
「そうか……ならいいけど。おい優香、あんまり無理させるなよ」
「誠に言われなくてもそのつもりですけどー」
「待って。誠分かるの?この格好の優香」
誠は「ははは」と大きく笑う。
「こんなデカブツ、優香しかいないだろ」
「はぁ?デカブツじゃないんですけど」
「デカブツだろ?女子にしては。あ、もしかして女子じゃないのか。胸も最低限の大きさしかないもんな。それにぐあっ!」
優香の鋭いボディーパンチが誠にめり込む。とりあえず、手を合わせておこう。でも、誠のあの筋肉を突き破る威力とは恐ろしい。絶対に優香には変なことを言わないでおこう。誠みたいな目には絶対にあいたくないからな。
「さて柊くん、そろそろ時間だから着替えてきてね」
「了解です」
「って言っても柊くんと私の制服を交換しないとダメなんだけどね」
優香はそう言いセーラー服を脱ぎ、そしてスカートを脱ごうとする。
「す、ストップ!ここで脱いだらまずいでしょ」
「え、下に短パン履いてるよ?」
「あ、そうなんだ」
優香の脱いだ服とスカートを受け取る。なんだかいけないことをしている気分だ。少し服に温もりがあって、それにほのかに甘いような爽やかなような、愛美とは少し違ういい匂いがして……いや、これ以上考えるのはやめよう。
「はい、柊くんも早く脱いで」
優香のその言葉に少し赤面しつつも、俺はブレザーを脱ぐ。それまではいいのだがズボンは、優香と違って短パンを履いているわけでもない。つまり、パンツが見えてしまう。それは恥ずかしいし、避けたい。けど、理科室には更衣室なんてないし、隣にある準備室には薬品などが入っているから今日は鍵がかかっている。という事は俺はどこで着替えれるんだ?トイレも多分混んでるだろうし。ここは人が何人もいるから死角なんてないし。
「準備どんな感じー?」
すると、お化けの格好をした裕也が呑気なトーンで顔を出す。メイクがもう本物のゾンビみたいだからとりあえず顔をどうにかしてほしい。
「お?柊?大丈夫なのお前?」
「……だ、大丈夫」
「なら、いいけど。ってか、お前早く準備しないとやばくないか?確か11時からだろ?」
「そうなんだけど……」
「もしかして着替える場所が無いのか?」
「う、うん」
さらに、思っている事を的確に当ててくるあたり、もう本当にそれの類にしか思えない。
「それなら隣の、第二理科室使えよ。てか、他の男子もそこで着替えてるんじゃねぇの?」
確かに、周りに俺と誠と裕也以外の男子が見当たらない。他に四人いるはずなのだが。
「もしかして知らなかったのか?」
「仮の更衣室があるなんて今初めて知った」
「はは、とりあえず急げよ」
「うん。ありがとう」
俺は優香から受け取った服を持ち、理科室から出ようとする。その時――
「とりあえず、なんでこいつは死んでんの?」
「あー、それは、口を滑らせて地獄に落ちたって感じかな」
裕也は優香を一度チラリと見て「なるほどな。まぁ、こいつ持ってくぞ」と言う。
軽く誠を小突き、そのまま引きずって理科室から出て行く。ま、誠の事は見なかったことにしよう。今は人の事を気にしている場合じゃないし。
「じゃあ、着替えてくるね」
「う、うん。出来るだけ早めにね」
理科室から出る際に、誰かが小声で「ちっ、着替えが見れなかった」と呟いていたが、なんのこっちゃか分からなかった。
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「なぁ、お前明日美の制服着るんだろ?」
第二理科室で着替えようとした時、話したことがない、ヒョロヒョロとして何故かニヤニヤしている男子が話しかけてきた。そのニヤニヤしている薄汚い表情は背中に悪寒を走らせる。
「そうだけど。身長もほぼ同じだからね」
「ふーん。とりあえず少しその制服貸してくれよ」
「なんで?」
「いいからかせって」
あー、思い出した。こいつA組の生徒じゃない。大橋の隣にいたやつだ。そんな奴に、人の物を渡すわけにはいかない。まぁ、仮にA組の人間であっても渡す気は毛頭無いのだが。
「ここ、A組の更衣室なんだけど、なんでいるんだ?」
「んなことどうでもいいだろ」
理由を話さないあたり目当ては優香のこれなんだろう。それに、周りの男子の様子を見る限りこいつはここに無理やり入ったらしい。
「これは俺のじゃないから、勝手には決められないよ」
「とりあえず貸せって言ってんだろ」
こいつもか。自分の欲求を人の気持ちを考えずに無理矢理犯そうとする。心底腹が立つ。
けど、ここで相手をさらに苛立たせれば俺は何もすることはできないだろう。いつも誠たちに頼っているツケが回ってきたらしい。
まずい、どうしようか――そう悩んでいると。
「おーい、準備できたー?」
新谷先生が入ってきたのだ。
「あれ?なんで違うクラスの井川君がいるの?」
彼は井川と言うらしい。大橋、井川、後二人いたはずだ。
「ちっ、少し用事があっただけですよ。じゃあ俺は戻りますんで」
井川はそう言い、少し不機嫌になりながら部屋から出ていく。
「とにかくみんな準備準備。あと20分しかないよ」
新谷先生は手をパンパンと叩き場をまとめる。その後に「あ、私がここにいちゃ着替えれないのか。てへ」と、自分で頭を軽くぽんとする動作をしながら先生は出ていこうとする。
「先生」
「なーに?」
「ありがとうございました。それと、ここに来たのは偶然ですか?それとも……」
「さぁ?なんのことかなー?」
そう言い今度こそ先生は出て行った。
とりあえず、着替えよう。俺のズボンがないと優香も着替えれないわけだし。それに時間も無いしな。
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