第46話桜祭

今日は楽しい桜祭だ。クラスのみんなと役二ヶ月この日のために何時間も準備をしてきた。年を越してようやくこの日なのだ。楽しい……はずなのに気分は上がらない。それも昨日、愛美から言い渡された言葉が原因だ。


「明日は友達と回るわね」


と。その時の俺はひどく落ち込んだ。愛美だって普通の高校生で友達と周ることだって普通のことだ。けど、してくれなかったかと思うと、怒り、悲しみ、悔しさ、この全てを通り越して何も感じなくなった。一つ感情があるとしたら妬みだ。その、一緒に回る友達とやらに。


まぁ、今はそんな事は忘れよう。せっかく汗水垂らして頑張ったんだから。


一人でとぼとぼ歩く校門はひどく冷たく真っ白い雪が眩しかった。

その、雪を化粧した校舎には“バスケットボール部ウィンターカップ出場!!”とデカデカと横断幕が垂れている。

これは年越し前の、誠たち……バスケ部の成果だ。今でもあの時の光景は思い出せる。誠の綺麗なシュート。名前の知らない先輩のダンク。応援が一体化した感覚。思い出すだけで心が躍りそうだ。


「おーい。しゅー」


誰か俺を呼ぶような声がする。その方向に顔を向けるとブンブンと手を振る誠が駆け寄ってくる。


「おはよう」

「おう。今日楽しみだな!」

「……そうだね」

「ん?どうした?」


こういうところに鋭いな。潤と一緒だ。

俺は首を横に振り「ううん」と答える。


「なんでもないよ。ほら、早く教室に行かないと優香にどやされるよ」

「おっと。それはまずいな」


気のせいか、誠が隣にきた途端、眩しかった雪がさらに眩しくなった気がした。だけど、俺の心は薄暗いままだ。


教室に着くと、出し物の下準備を済ませた女子たちが一息付いている。


「おはよう」


俺は壁に寄りかかっている、優香に挨拶をする。


「あ、おはよ!今日楽しみだね」

「うん。そうだね」

「あ、俺今日のカフェずっと出れるよ」


俺たちが出すのは男装カフェと女装カフェだ。

誰がどの時間に女装をするかと男子で話し合ったのだが、いかんせん高校生になると体がゴツ過ぎて女子の制服を着れない事が発覚し、小柄かつスマートな体型をした男子で回すことになった。誠と裕也、それと奏は運動部ということもあり、体は筋肉だらけだ。他の男子もほぼ運動部に入っており、男子の数は少ない。それに比べて俺は別に運動部に入っているわけでもなく、軽く筋トレをしているだけでゴツくはない。まぁ、つまり男子の負担が大きいのだ。それに――


「え、いいの?回れなくなっちゃうよ?」


そう。桜祭を回れなくなってしまうのだ。

けど、俺は……回る人もいないし、一人で孤独を味わうくらいなら、ここで誰かの負担を減らすために仕事をしよう。


「いいよ。別に回る人もいないし」

「へ、へぇー。そうなんだ」

「うん」

「あ、じゃあさ、私と」


優香が何かを言おうとした時、放送を知らせるチャイムが鳴る。


「8時45分から全校集会を行います。第二体育館に集合してください」


8時45分ってあと10分しかないじゃないか。クラスに白石さんがいないのはこれが原因か。生徒会は集会がある度に生徒より早く体育館に向かうからな。


「えっと……」

「ううん。なんでもないよ」

「そ、そう」


とりあえず、第二体育館に向かおうか。正直今でも場所を覚えきれていないし。早めに行動しよう。


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ボーッとしているうちに、最後の項目の理事長挨拶のみとなっていた。多分別にこれと言って聞いておかないとダメな事とかなかったと思うし大丈夫だろう。


「えー、では桜崎理事長お願いします」


そう、進行をしている先生が言うとビシッとした、茶髪の男が壇上に上がる。


「話は手短にしよう。生徒たちも長い話は嫌いだろうからね」


珍しい。今時長々と壇上で話さない人間は初めて見た。


「みんなこの日のために長い時間を費やしてきたと思う。私からは一つ、今日という日を楽しんで欲しい。三年生は今日で最後の桜祭だ。この日を忘れないように一つ一つ全力で楽しみたまえ」


男が手短に話すと、一度礼をして、壇上を降りる。その言葉がこの体育館にいる人の心にどれだけ響いたのか分からないけど、体育館は拍手の音で埋め尽くされている。カリスマ的存在というのは恐ろしいものだ。まぁでも、もしかしたらこのくらい出来ないと財閥なんてものは務まらないのかもしれない。


それから一年から順に教室に戻ろうと移動した時だった。

たまたまなのか、一瞬理事長と目があった。


「っ!!うぐっ……いた……い」


これまでにない程の頭痛がしたのだ。タンスや椎名さんの目なんか比じゃないくらいに痛い。ハンマーで頭を何度も叩かれているような痛みが頭を超えて全身を駆け巡る。


「あ、ぐぁっ」


冷たい体育館の床が俺の体をひんやりと冷やす。


「どうした!柊!」


誰かが俺を何度も呼ぶ。けど、その声は段々と薄れて聞こえなくなった。それと同時に俺は意識を手放した。


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