第45話悩み
ついにこの時が来た。……ついに、桜祭の予算決め大会が。まぁ、実際球技大会なのだが。種目はバスケ。ちなみにメンバーは、体育の時にバスケをして上手い人を男女混合で10人選抜した。そして俺はベンチ外。つまり応援だ。
「頑張れー」
こうして二階から応援しているのだが、負ける気がしない。誠と裕也は言わずもがな、奏とさーちゃん、優香の運動神経もずば抜けているから安心して試合を見ていられる。ってか、さーちゃんの足が速すぎる。平然と一人で突っ走ってレイアップを華麗に決めている。
「ねぇねぇ、柊君。お願いあるんだけどいいかな?」
肩をトントンと優しく紗枝が叩く。
「ん?なに?」
「優香に向かって「ファイトー優香ー」って言ってよ」
「いいけど、なんで?」
「いいからいいから」
「分かったよ……」
とりあえずあまり大きな声を出して目立ちたく無いから、一番近くに来た時に言ってみようか。
――その時はすぐに来た。
これまた、コーナーに立っている選手をマークしているのが優香だ。今がチャンスだ。
「ふ、ファイトー優香!」
俺がいきなりこんな事を言ったからか、優香は一度体をビクッと震わせこちらを見る。と、その時一瞬の隙を見逃さなかった相手がパスをさばき、コーナーに立っている選手にボールが渡る。
「あ!」
時すでに遅し。優香が気づいた時にはもうその選手は優香を抜いてシュートモーションにはいろうとしている。けど、その時優香の動きが変わった。
刹那、優香は相手の背中までたどり着き、ジャンプをする姿勢に入る。二階まで聞こえるようなダン!と踏み込む音が聞こえ、飛び上がる。
「え」
驚きなのはそのジャンプ力だ。相手の手から離れて少し経った後のボールに優香はいとも簡単に触れシュートをブロックしたのだ。あの高さは多分ゴールのリングに届く高さだと思う。優香の身長はほぼ俺と同じだ。俺の身長は180あるか無いかくらい。
「そういえば」
確か中学までバレーボールをしていたんだっけ。
カッコいい。相手も女子だったとはいえ、あの距離を一瞬で詰めてあの高さを飛ぶのだから目を奪われても仕方がないだろう。それに、体育館にいた応援組も「おぉー!」とザワザワしている。
「ね!凄いでしょ!」
別に紗枝が凄いわけじゃ無いのに、あたかも自分の事のようにドヤッとしている。でも、本当に凄くてカッコいい。
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私はあまり目立ちたく無い。スポーツは好きだ。体育でみんなと色んな種目をするのは楽しいし、正直今、この場だって楽しい。……けど、目立ちたくない。活躍したくない。こんな気持ちでA組の代表としてコートに立っていていいのだろうか。
「ナイスだぜ!さーちゃん!」
「こんくらいよゆーだよっ!」
私に比べてさーちゃんはすごい。活躍して目立っても何にも臆せずに楽しんでプレーしてる。私は活躍することが怖い。周りからの期待が怖い。そんな事なんて知らないとプレーで表すようにさーちゃんは笑顔で楽しんでいる。羨ましい。
30点差がついたところで誠と裕也がベンチに下がる。あの二人少し手加減ってものを覚えた方がいいと思う。
あそこで紗枝たちが見てる。ここでカッコいいプレーをしたら紗枝はいっぱい私を褒めてくれると思う。小動物みたいにピョンピョン跳ねながら、いっぱいね。でも、それに甘えてまた目立って活躍して、あの時みたいに一度倒れちゃうと起き上がれない気がする。だから、みんなの足を引っ張らないように、息を潜めているサメみたいにじっとしていればいいの。
……でも、柊くんに「かっこよかった」なんて言われたら嬉しくて嬉しくて仕方ないんだろうな。恐ろしいね恋って。
その時――
「ふ、ファイトー優香!」
「っ!」
私を応援する声が二階から聞こえる。急に言われたからびっくりしたけど、この声は柊くんだ。大方、紗枝にでも言わされたんだろうけど。柊くんも顔赤くするなら言わなければいいのに……あーもう!そんな事言われたらカッコつけたくなっちゃうじゃん。
私は気を緩めているうちに抜かれた相手の背中に一瞬で追いつき、体が覚えているジャンプの姿勢にはいり、腕を振り上げ高く飛ぶ。
「少しジャンプ力落ちたかな」と思いながらバレーボールをスパイクするように相手が打ったシュートを叩く。――これぞハエ叩きってね。
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「おつかれ!誠、裕也!」
「おーう」
「おい、コーヒー俺は?」
「奏も」
結果は一位。それを誠たちはこれが当然、と言うように堂々としている。
「それに、優香も」
「う、うん。ありがと」
優香のブロックはあれだけじゃなかった。最初のあれを合わせて8回もブロックしていた。それも女子相手だけじゃなくて男子にもだ。レイアップをしようとしていた男子の後ろからもしていた。若干紗枝も引いてたね。凄すぎて。勿論俺もそう思った。まぁ、でもそれ以上に凄いのは誠と裕也だった。誠は前見学で見た通りに綺麗なシュートを打っていた。多分外れたのは2、3本。一方裕也は誠と逆だ。外からシュートを打つのではなくて、ゴールに切り込むようなキレッキレのドリブルで相手を翻弄して、簡単にゴール下のシュートを決める。誠を止めようと外に出てこれば裕也が切れ込み、裕也を止めようと下がれば外から誠がシュートを打つ。単純だけど、これがめっぽう強かった。
「よーし。これでとりあえず予算はがっぽがっぽだな」
「だな。二つくらい出せるかも」
桜祭の事について誠たちが予算で何を出そうかワイワイ楽しそうに話している中、俺は何故、優香は部活をしないのかと言う疑問を本人にぶつけていた。
「……誰にも言わない?」
「う、うん」
何か軽い事情なのかと思っていた。けど、優香から溢れる雰囲気から見ると軽いことでは無いと分かる。それ故に俺は少し気を引き締める。
「中学の時バレー部って言ってたでしょ?」
「うん。覚えてるよ」
「私昔結構凄かったんだ。全中でMVP取ったりユースの日本代表に呼ばれたりしてさ」
「そ、そうなんだ」
日本代表って結構じゃなくて、めちゃくちゃ凄いんじゃ?
「テレビとかで取材されたり、雑誌に載ったりしてたんだ。……なんか自慢してるみたいだよね。ごめんね」
「ううん。全然」
寧ろ自慢していいと思う。多分それくらい凄い事だ。
「それで、私ね。周りからのプレッシャーに押し潰されちゃって」
「え?」
「先生から、友達から、代表のコーチから、それに知らない人から。耐えられないくらい重い期待を背負って潰れちゃったの。これだけだよ」
優香の顔を見て俺は何も言えなかった。心の何処かで優香がまたバレーをしたいんじゃないだろうかと勝手に思って、話を聞けばもしかしたら俺に何か出来るんじゃないかと思っていた。けど、そんな酷い事は出来ない。だって……今の優香の顔はプレッシャーという重い鉛から解放されて、嬉しそうな顔をしていたから。
「そうなんだ……ごめん。辛いこと思い出させてしまって」
「ううん!全然大丈夫だよ。今は皆んなと一緒にいて楽しいから」
「そっか」
あの、かっこよくて見惚れて憧れた、優香はもう見れないのか。少し残念だな。
それから俺たちA組は球技大会の賞金……桜祭の予算をふんだんに使って男装カフェと女装カフェ、あとお化け屋敷を無事に作り終えた。ちなみに、男子は女子の制服を借り、男子は女子に制服を貸すことになった。誠が少し嬉しそうだった。あと、裕也の制服を誰が着るかでクラスが少し騒がしくなった。
まぁ、先生が「瑞樹のは無し!」と一刀両断をしたから無事に終了した。
お化け屋敷は第三体育館を借りてかなり本格的な物を作った。ここで大活躍したのが音葉さんだった。お化けの衣装を製作をしたのが音葉さんなのだが、あれは多分泣く人が出るだろうな。実際紗枝が泣いていたし。
とにかく色々みんなで準備をする時間はそれなりに楽しくて辛いことはあまりなかった。愛美も生徒会で慌ただしく動いていたから帰りも少し遅くなったりはしたけど。後、心配なことはミスターコンテストだ。これはもう頑張るしかない。未来の俺頑張れ。
そして――桜祭が始まる。
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