第44話俺は憧れる
あれから俺は紗枝の女テニス部、さーちゃんの陸上部、奏のサッカー部を見学した。初めて部活で見るみんなはとてもかっこよかった。ただ、改めて思うのは、俺が部活に入ってもついて行けない事だ。やっぱり部活は諦めよう……そんな事を思いながら俺は第二体育館に到着した。ここではあの二人がどんな活躍をしているのだろう。俺は鉄製の扉をゆっくり開く。
「おい!もっと足動かせ!」
「うす!」
そこには、男が汗を垂らしながらぶつかり合っているハードな練習の光景が広がっていた。奏のサッカー部も中々だったけど、一際すごいなここ。
「コーナーオープンだぞ!」
「ディフェンスしっかり!」
バスケの知識なら少しある。コーナーはゴールに対して0度の角度の場所だ。分度器で言うと0度と180度かな。そして、そのフリーでコーナーに立っているのは誠だ。ゴール下からさばかれたボールは誠に綺麗に渡り、そのままボールをおでこの前で構えシュートを打つ。ボールは綺麗な放物線を描きリングに当たることなくネットをくぐり抜ける。
「ナイシュー」
「よし、5分間休憩!」
やけに身長が高い人物がそう言うと部員のみんなは水分補給やら汗を拭いたりしている。その中誠はただ一人休む事なくシュートを打ち続けている。誠が打つシュートは一つも綺麗な放物線を崩さずリングをくぐる。それこそ、思わず見惚れてしまうほどに。
「ん?おぉ、柊じゃん」
「あ、お疲れ裕也」
「見学?」
「うん。少し時間余ったから」
裕也は汗をかいているのにも関わらず何故かサッパリとしたいい匂いが漂ってくる。これがイケメンってやつか。
「誠は休憩しないの?」
「ああ。あいつが休憩したところなんて見た事ないな」
じゃあつまり、あのヘビーな練習しているのにも関わらず休む事なく一人で練習をしているのか。普段の誠からはあまり予想できない事だ。
「ま、とりあえず適当に見てけよ」
「そうさせてもらうよ」
「おう」
少しの会話が終わると「おし、集合!」と合図がかかる。それを聞いた裕也は「じゃ!」と元気よく走っていった。
こうしてみるとみんな没頭できるものを持っているんだと実感する。俺も何かそういうのがあればいいのかもしれないけど、今はピンとこないな。
「ここにいたのね」
「わっ!びっくりした」
突然扉から現れた愛美に驚く。
色々な部活見学をしているうちに、いい時間になったのだろう。階段で会った時とは違って鞄を持っているから帰る準備はできているのだろう。
「部活?」
「あぁ。暇だったから見学でもしてようかなって」
「そう。桜祭まで生徒会は少し忙しくなるから見れ時間も増えると思うわよ」
「……そうか」
その分一人になる時間も増えるって事だよな。
まぁ、仕方ない事だ。俺が少し我慢すればいい話だ。
「どうするの?まだ見ていくの?」
「中村さんを待たせてるし、行こうか」
「分かったわ」
俺は一瞬目が合った裕也に手を振り体育館を後にする。
「柊は部活をしたいの?」
「いや、見るだけで大丈夫だよ」
「そう……」
その時、玄関に差し掛かる瞬間だった。
後ろから「小日向くん?」と名前を呼ばれた。今、このタイミングはまずい。そしてこの声は白石さんだ。
「え?アイビー先輩?……ど、どういう組み合わせですか?」
二人……いや、三人の中に沈黙が訪れる。言い訳を考えるが何も思いつかない。いや、ここで何か言っても余計悪くなるだけか。かといってこのまま沈黙を続けるのもの……。
そしてその沈黙を破ったのは愛美だ。
「あら、雅結。私と小日向くんは後輩と先輩の関係よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
流石愛美だ。これだと疑う事はないだろう。廊下を先輩と後輩が歩く事なんて珍しいことでもない。
「そうなんですか」
「そ、そうだよ」
「じゃあ雅結私たちはこれで失礼するわね。まだ少し小日向くんに用事があるから」
「は、はい……」
愛美と一度目を合わせると先に一人歩き出す。俺はそれに慌ててついていく。
チラッと振り返ると、どこか少し寂しそうな白石さんの顔が脳に刻み込むように刷り込まれた。その顔は昔の俺に似ているのかもしれない。
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「危なかったわね」
「あぁ」
どうにか窮地脱出した俺と愛美は中村さんが待つ車まで到着する。
「やっぱり学校で関わるのは良くないのかもしれないわ」
「……そうかもな」
たしかに今回はたいした話をしていた訳でもないし話の内容を聞かれたわけじゃない。けれど、もしかしたらこの気の緩みからくる余裕のような気持ちでいつも通りに話しているのを誰かに聞かれたとしたら、その後は簡単に想像がつく。
「少し気をつけよう」
「そうね」
でも、この少しがダメだった。まさか俺にあんな秘密があるなんて思ってもなかった。それに、あんな事件が起きるなんて……な。
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