第42話椎名
「柊起きて」
「起きてる」
「そう、なら着替えて顔洗ってきなさい」
「はいはい」
只今の時刻6時20分。早い。早すぎる。休日の起きる時間じゃない。普通は昼くらいまでこの布団に包まってゴロゴロするはず。けど、昨日突然愛美が椎名さんの家に行くとか言い出すから。
なんで俺まで。まぁいいや。とりあえず着替えよう。
「おっはよーございまーす」
ドアを壊さんと言わんばかりの強さで美鈴ちゃんが部屋に入ってくる。やはり、体は毛布でくるまっている。
「朝から元気だね」
「朝は強い方です」
「嘘つけ」
俺がそう言うと美鈴ちゃんは「ほら、さっさと布団から出てください」と話をそらしながら促す。俺もそれに「はいはい」と受ける。
そして布団から出ると、冬の寒さも俺に挨拶をしてくる。
「さむ」
……なるほど。美鈴ちゃんの気持ちが分かった。たしかに毛布は必須だな。
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外は極寒だというのに、車の中はとても暖かい。
今日の天気予報では雪が降ると言っていたがどうやら当たっているらしい。チラチラと雪が舞いながらゆっくりと落ちてくる。そして、地面に辿り着くと積もることなく最初っから無かったように消える。
「本当に美鈴ちゃんおいてきてよかったの?」
「最近色々とはしゃぎすぎだからいい機会よ」
「…々そうか」
愛美と他愛もない話をしていると、車が止まる。どうやら目的地に着いたらしい。
「着きましたよ」
「えぇ、ありがとう」
「ありがとうございます」
「はい。では私はここでお待ちしております」
俺は驚愕した。目がパチパチと瞬きをする。口がワナワナして動かない。それくらいに、この……椎名さんの家は恐ろしいくらいにでかい。愛美の家のふた回りくらい大きい。これが家だなんて信じられないくらいに。
「ほら、突っ立ってないで行くわよ」
「う、うん」
愛美は慣れたようにインターホンを押す。これ多分愛美じゃなかったら、一瞬で警備員さんとかに取り押さえられそうだなと思っていると、奥からメイドさんと警備の人らしき人たちが歩いてくる。
「愛美様お待ちしておりました」
「えぇ。久しぶりですね、南さん」
「愛美さんも元気そうでなりよりです。さ、ここでは冷えるのでどうぞ中に。と言いたいところですがそちらのお方は?」
南さんと呼ばれる人は俺を警戒するように、鋭い目つきで俺を見る。やっぱり、俺なんかが来ていい場所なんかじゃない。そう思いながら、縮こまっていると愛美が南さんを手招きして、耳元で何かを囁く。俺には愛美が南さんに何を言ってるか分からないけど、南さんはそれを聞いて目を見開く。
「こ、これは失礼いたしました。どうぞ中へ」
「え?」
「行くわよ」
「……お前何言ったんだよ」
「柊の名前を言っただけよ」
「はぁ?」
どういう事だよ、と聞こうとすると前からせかせかと急ぎならがら椎名さんが走って来る。綺麗な金髪の髪が宙を彩るように踊る。
「きふゆ!来てくれたんだ!ついでに愛美も」
「ついでには余計よ」
「ははは。俺は愛美の連れみたいな感じだよ」
「ほら、はやくはやく!お父さんも会いたがってたよ」
「え?」
椎名さんのお父さんが俺に会いたがっている?どういう事だ?このために俺は愛美に連れてこられたのか?いや、それなら理由が分からない。椎名さんのお父さんと話したことなんてまずないだろうし、財閥のトップに立つ人なら尚更面識なんてあるはずがない。
「アリス早く案内してくれる?寒くて手が凍りそうだわ」
「あ、そうだよね。じゃついてきて」
椎名さんの家の玄関までの道のりは愛美の家とは違って花じゃなくて全て木だった。なんの木か椎名さんに聞くと全て桜の木らしい。今は冬で葉っぱすら無く枝だけが残っている状態だが、春になると凄く綺麗だとか。
「さ、入って」
「おぅわ」
ここ日本だよね?ここだけ、完全に世界が違う。
絵?かなこれは。なんか、適当に描いたようにしか見えないけど。うわー、あのシャンデリアとか絶対高いやつだよな。ダメだ、少し目眩が……。
「柊置いてくわよ」
「あ、待って」
こんな所で一人にされたら確実に迷子になって餓死まっしぐらだ。
南さんと椎名さんに案内されながら、長い廊下を歩くこと10分弱。ようやく、目的の場所まで着いたらしい。目の前に俺を突き刺す勢いで威圧感を放っている。
「お父さん、入るよ」
椎名さんがノックを三回ほどすると「あぁ」と穏やかな声が扉の向こうから聞こえる。そして、重みのある扉を開くと一人の男性と女性が椅子に座っている。
「久しぶりね愛ちゃん」
「お久しぶりです、クロニカさん。それに、高峯さんも」
「元気にしてたかい?」
「はい」
一連の挨拶が終わったのか、クロニカさんと高峯さんの目線が俺に向けられる。
「君が小日向くんかい?」
「は、はい」
「そうか」
そう言うと「あいつにそっくりだな」と意味のわからないことをボソッと呟く。
「君はアリスの事を覚えていないんだよね?」
「あ、は、はい。す、すみません」
「いや、責めてるつもりはないんだ。それに、君のは仕方ない事だからね」
「え?」
それから俺は、色々な質問をされた。どこから記憶がないのか、椎名さんを見て頭が痛くなったことはないかなど。この人は多分俺の何かを知っている。その何か、の正体は分からないけど。
「ごめんね、こんなに朝早くから。午後から予定があるのよ」
「気にしないでください。お忙しいのは分かっていますから」
「百合さんと冬人さんは元気にしてる?」
「お母さんはいつも通りです。義父さんはやっと大切な家族を取りかえせるから元気ですよ」
愛美とクロニカさんが何を話しているか俺には分からないけど、多分大事な話だろうからあまり聞かないようにしよう。それに、今の俺の状況で人の話を盗み聞きする余裕なんて一つもない。何故かというと――
「小日向くん……いや、柊くんと呼んでもいいかな?」
「あ、は、はい。好きなように呼んでもらえたら」
「そうか」
こんな感じで途切れ途切れ会話が続いているからだ。それに、財閥のトップに立つ人だからか、普通の人とは違う独特の雰囲気がある。それ故に緊張しまくりだ。目の前にあるティーカップも高そうで、てかこれ絶対に高いやつだ。……とにかく手をつけるのも怖すぎてまだ一度も飲んでいない。すごいいい香りがするのに。口に出せないけどできるなら帰りたい。
「そういえば、文化祭があるそうだね」
「そ、そうなんですよ」
「暇が作れたら見に行こうかな」
「あ、是非。恥ずかしながらその、コンテストに出るんですよ自分」
「そうかそうか。それならあいつも見に行くだろうな」
「あいつ?」
俺がそう言うと「いやなんでもない」と流される。
「おっとそろそろ会議の時間だ。クロニカ、行くよ」
「もうですか?……仕方ないです。またね愛ちゃん」
「はい。また呼んでください。クロニカさんもお元気で」
「えぇ。じゃあね愛ちゃん柊くん」
「あ、は、はい」
なんだろう今の違和感。いや、普通すぎて違和感があると言えばいいのだろうか。あまりにも今のは慣れ過ぎているように感じた。クロニカさんとは今日初めて会ったはず。俺が思い出せない記憶の中にクロニカさんと仲良くしていたと考えればそれまでなのだが。
「行くわよ柊」
「うん」
俺の事を知るために、まずは椎名家を知る必要がありそうだな。
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