第41話距離感

「……お帰り」

「た、ただいま」


あれから俺はみんなと別れ、中村さんに駅まで迎えにきてもらったのだが……まさか愛美が乗っているとは思っていなかった。それに、今日の朝にさらに怒りを足したような不機嫌さを感じる。


「中村さん出していいわよ」

「かしこまりました」

「で、今日はどうだった?楽しかった?」


この場合なんて言えばいいのだろうか。仮にもし楽しくなかったと言えばそれは誠たちに失礼だ。かといって楽しかってと言えば愛美はますます不機嫌になるだろう。いや、どう言うかは決まっている。俺は楽しかったと感じたのだ。それでいいじゃないか。


「あぁ。楽しかったよ」

「……ふーん」

「それに、これを見つける事が出来たしな」


俺はチェスターコートの右ポケット入っている紙袋を取り出す。


「何それ」

「ほら、開けてみろよ」

「……」


愛美はムスッとしながら袋を開ける。そして、唖然としながら「ネックレス?」と首を傾げる。


「桜崎ってある程度なら装飾品とかしてもいいんだろ?だから、その罪滅ぼしじゃないけどプレゼント……かな」


愛美はまじまじとネックレスを見つめる。


「……ありがとう。でも二つ?」

「えっと、片方は俺の。ペアネックレスってやつ」

「私と柊の?」

「うん」


俺は愛美の手に乗っかっている黒色の方のネックレスを取る。そして、やや混乱しながらもなんとか自分の首にネックレスをつける事に成功する。外の温度に冷やされたからか、やけにつめたい感覚を首から体全体で感じる。


「安物だけど、つけてくれたら嬉しいよ」


つけてくれなくても持っていてくれるだけでいい。

このネックレスの存在を忘れないで欲しい。このくらいの贅沢をしてもバチは当たらないと思いたい。


すると、愛美はせかせかと首にネックレスを回して、俺に向かって顔を紅潮させながら「似合ってる?」と聞いてくる。


「うん。すっごい似合ってる」

「ふふふ、ありがとう。大切にするね」

「いや、俺の方こそありがとう」


これで先ほどとは比べ物にならないくらいに機嫌は良くなったと思う。ちゃんとネックレスも渡せたし、それに、こうしてまた特別に近づけたのかもしれないから。とにかく、よかった。


そう思っていると「でも」と愛美が言う。


「帰ったら言うこと聞いてもらうからね」

「はは。分かってるよ」


忘れてなかったか。まぁ、これは一つの代償として受け止めよう。それが、どんなに軽いお願いでも、重いお願いでも俺は受け止める。これが責任なのだ。


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「ただいま」

「あ、お帰りなさい」


たまたま玄関の前を通ったのか、美鈴ちゃんが出迎えてくれる。何故か毛布を一枚羽織りながら。まぁ、寒いからだろうけど。

でも、外に比べたらかなり家の中は暖かい。


「柊悪いけど今日は早くお風呂に入って早く寝て欲しいの」

「なんで?」

「明日私についてきて欲しいから」

「別にいいけど、どこに行くんだ?」

「柊は椎名アリスを知っているわよね?」


知っているもなにも、椎名さんが転校初日に俺たちA組に与えたインパクトはなかなか強烈なものだったから、記憶には濃く残っている。それに、彼女の綺麗なあの目を見ると頭が痛くなるしね。


「うん」

「昔少しお世話になったから挨拶に行きたいの」

「なるほど。けど、それ俺必要か?」


荷物持ちをするなら確かに俺は必要なのかもしれないけど、椎名さんの家に挨拶に行くだけなら俺は必要どころか寧ろ邪魔だろう。それに、財閥の椎名家に行くなんて恐ろしくて気がひける。


「なんでも言うこと聞いてくれるんでしょ?」

「はぁー。分かったよ」

「うん。じゃあよろしくね」


まぁそれに椎名さんの事を知りたいとは思っていたし、ちょうどいい機会だ。


「え!私も行きたい!」

「美鈴はお留守番」

「えー、なんでー」

「駄々こねると毛布剥ぎ取るわよ」


愛美がそう脅すと美鈴ちゃんは、ひえっ!と言って逃げて行った。どれだけ毛布が大切なんだ。


「さ、柊は早くお風呂に入ってきなさい」

「はいはい」


とりあえずこの冷えた体を風呂であっためよう。寒い時に入る風呂は最高に気持ちいいしな。


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「ふぃー」

「今日は随分と長めだったわね」

「なかなか出れなくて」


まさか、柚子風呂なんて予想していなかった。あの柚子のさっぱりとした匂いが風呂全体に広がってリラックス効果が倍増していた。


「愛美はもう入ったのか?」

「えぇ。柊が帰ってくる前に入ったわよ」

「そうなんだ」

「うん」


まぁ、そんな事はどうでもいいのだ。愛美がいつ風呂に入ろうが俺には関係……ない。うん。ない。


そんな事よりも今日の事を一応話とかないと。


「えっと、知ってると思うけど俺ミスターコンテストに出る事になった」

「えぇ、知ってるわよ」

「嫌だったらいいけど、桜祭一緒に回らない?」

「え?」


中学校でも文化祭の様なものはあった。その時は何も楽しくないし、そこにいる意味も分からなかった。いや、意味なんて無かった。ただ、ずっと一人で学校の隅っこで縮こまっているくらい。

だから前の俺は文化祭なんて学校がうるさくなるだけの、ただのイベントだと感じていた。けど、もし愛美が一緒に回ってくれるなら前の俺とは違う光景が見れるかもしれないと思うと、少しだけ、少しだけ楽しみだと感じる。


「少し考えさせて」

「え」

「無論私も柊と回りたいわ。けど、私も一応桜崎の娘だから……その、色々とめんどくさくなるかもしれないの。……ごめんなさい」

「い、いや大丈夫」


確かに愛美と一緒に回ると色々と言われるのかもしれない。愛美は一年でも知っているくらい有名で人気だ。それ故に一つのミスが芋づる式で大きくなっていくことだってあるだろう。桜崎で愛美はそういう存在なのだ。もしそれで、俺が愛美のお陰で桜崎に入ったなんて、事実の噂をされると大変な事になる。まぁ、椎名さんは別なのだろうけど。財閥関係の仲だし。


「出来るだけ早く返事するから」

「うん。分かった。いきなりごめんな」

「ううん。私こそごめんね」


俺と愛美の間に無音の気まずさが流れ出す。俺はそれを切るように「もう、寝るか」と言う。


「そうね」

「じゃあ、おやすみ」

「うん。おやすみ」


俺は愛美に背を向ける様に布団に肩まで入る。

そして、断られるなんて、な。多分心のどこかで愛美は俺が言った事を断らないと思っていたんだ。

この、虚しさというか、恥ずかしさというか悔しさというか……。俺はそっと強く愛美と一緒に付けているネックレスを握りしめた。

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