第40話夜風

「どうする?飯食ってく?」

「んー。そうだね食べていこうよ」


俺は腕時計の時間を見る。


6時29分そう示されている。


もうこんな時間か。あっという間に一日が終わりに近づいている。こんなに時間が早く進む感覚はいつぶりだろうか。初めて愛美の家に連れて行かれた時でさえこんなに早くは進んでいなかった。

でも多分、それくらい今日が楽しかったのかもしれない。


「みんな大丈夫か?」


それぞれみんながOKのサインをする。

俺はどうしようか。愛美がもし夜ご飯を作って待っているのならここで食べるわけにはいかない。

……中村さんに聞いてみようか。


「俺ちょっとトイレしてくる」

「ん、分かった。じゃここで待ってるな」


誠たちに一言伝え俺は一度離れる。

一面ガラス張りの窓から外を見ると土砂降りではないが、それなりに強い雨と風が吹いている。そしてその雨粒がガラスに当たって水の跡を残しながら流れ落ちていく。


そんな事を考えている場合じゃない、早く連絡しないと。


俺は昨日美鈴ちゃんからレクチャーされた通りに腕時計を操作していると、連絡先欄と思われる場所に愛美の文字を見つける。……中村さんに連絡するより早いよな。こっちの方が。でも、昨日はこんなの入ってなかったぞ。


腕時計を操作して愛美をタップする。


するとコール音が聞こえてくる。そして何かと繋がる音がする。


「もしもし」

「あ、愛美か?」

「そうだけど」

「あのさ……」

「ご飯なら好きにするといいわ」

「……聞いてたんだ」

「えぇ。それが私の役目だから」


役目?どういう事だろう。俺の会話を聞くのが俺を監禁する上での一つの役目という事だろうか。


「まぁ、とにかく好きにするといいわ」

「あぁ。ありがとう。……あのさ、怒ってる?」


俺がそう言うと「バカ」と言われ突然電話が切れプープーと音が響く。


これは怒っている、という判断で間違っていないよな。朝から気分は良くなかったから当然なのだが。とにかく、帰ったらちゃんと責任を取ろう。


「おまたせ」

「柊は大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ」

「じゃあ、何食べに行く?」


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「ごちそうさまでした」

「美味しかったねー」

「ねー」


俺たちが食べたのは誠曰く高校生らしい食べ放題だ。昼のようになかなか決まらなく、それなら大体の食べ物が揃っている食べ放題にしようと決まったのだ。まぁ、高校生の食欲とは恐ろしく、あれ程もうお腹に入らないくらいにパンケーキを食べたというのにいざ、目の前に美味しそうな料理を食べたいだけ食べなさいと言われると手が止まらなかった。それでも、男子の中では俺が一番食べた量は少なかった。恐ろしいねこの人たち。


「やべ、苦しい」

「俺も少し乗りすぎた」

「なんか出てきそう」


誠、裕也、奏の三人は途中から仲良く話しながらゆっくり食べていたのに気づくといつのまにか、誰が一番食べれるかという勝負をしていた。


「調子乗って食べすぎるからでしょ」

「大丈夫ですか?瑞樹くん」

「うん。大丈夫だよ」

「そ、そうですか」


うわー。今の顔はやばい。多分俺が女性だったら間違いなく惚れてるね。ほら、音葉さんの顔も赤いよ。


「柊今何時か分かるか?」

「ちょっと待ってね。えっと……ちょうど8時だよ」

「うん。そろそろ帰るか」

「だねっ」


外の雨は止んだのだろうか。あの雨だと傘がないと多分びしょ濡れになると思う。


けど、外に出ると俺の心配なんてあざ笑うかのように雨は綺麗に止んでいた。分厚い雲の隙間から三日月が顔を覗かせている。ただ、外は寒い。冷たい風が頰を容赦なく攻めてくる。そして、吐く息はとても白い。


「さっっっむ」

「足が凍りそう」

「お前ら二人は自業自得。こんなクソ寒い日に足出す馬鹿がどこにいるんだよ」

「誠はそういう事言うからモテないんだよ」


誠はそれを聞いた途端に黙り込む。チラリと顔を除くと本当にショックでたまらないと言わんばかりの顔をしていた。どれだけモテたいんだ君は。


「誠落ち込むなよ。お前実は意外とモテてるぜ」

「裕也、お前に言われると煽られているようにしか感じねぇ」

「裕也が言うと、もうトドメ刺してるよね」

「柊お前裕也と手組んでんの?」

「え?なんで?」

「ダメだこいつ。本当に自覚ないやつだから何も言えね」


「え?どういうこと?」と聞くが誰も何も答えてくれない。


「ま、尚更ミスターコンテストに出さないとダメだよな」

「そうだねー」

「柊ちゃんと優勝してくれよ」

「優勝って言われても何をしたらいいか分からないし」

「普通に歩いて、普通に手でも振っておけばどうにかなると思うぜ」


それは裕也に花があるからであって、成り行きでコンテストに出る事になった俺がそれをしても、ただの気持ち悪いやつって思われそうだ。


「結雅審査員今回はどうなんだ?前は生徒会だったろ?」

「多分今回も生徒会だと思うよ」

「だってさ柊。結雅の機嫌悪くして点数低くされんなよ」

「そ、そんな事しないから。平等に審査するのが生徒会です!それにもし私が小日向くんを贔屓に審査したら会長とアイビー先輩が許してくれないよ」


へぇ。愛美って生徒会だったんだな。イメージ通りだ。でも、授業が終わったらすぐに俺と帰ってるけど大丈夫なのだろうか。生徒会の仕事を放り投げてまで俺と帰っているとなると、それはまずい。


「まぁ、最近アイビー先輩顔出してないんだけどね」

「え」

「まぁ、あの人は忙しい人だからね」

「うん。会長もそれを承知で副会長に選んでるわけだし」


やっぱり俺に合わせているせいだ。愛美がただ単にサボりたいだけなら別に構わないのだが、愛美はそんな事をしようとする人間じゃない。やる事はキチンと片付ける。それが愛美だ。


そんな愛美が顔すら出せていないとなるとやっぱり原因は……。そう考えていると、突然腕時計から人肌よりも少し熱いくらいの熱が発生する。


これは思い込みだ。けどの熱、いや、暖かさは「柊のせいじゃない」と伝えてくれたような気がした。

あぁ、すぐに家に帰りたい。この作り物の暖かさより、愛美のあたたかさがほしい。


そう、思っていると俺たちは駅に着いていた。


@@


君=紗枝

くん=優香

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