第39話時間

「じゃあ、私達はあっち行くねー」

「おう。頑張れよ柊」

「うん。お腹は減ってるから大丈夫だと思う」

「じゃ行こっか」


俺と優香と南沢さんは一旦誠達とは別れ、目的のスイーツ店へと向かう。ただ、やはり二つの店に向かうのは流石にお腹が減っているとは言え無理だ。

という事で、じゃんけんの結果南沢さんのパンケーキを食べる事になったのだ。

その際負けた優香は「パフェー!!」と悔しがっていた。だが五分もすると「まぁ、甘いからいいか」と一人で立ち直っていた。

甘いものならなんでもいいんかい。


「ねぇねぇ、柊くん」

「どうしたの南沢さん」

「それ」

「え?」

「優香とさーちゃんは名前で呼んでるのに私は?」


はい、出ました。何回も言うけど男子なら全然大丈夫だけど、女子は小っ恥ずかしい。

今でも優香やさーちゃんを呼ぶ時は一度小さい深呼吸をしないとダメなのだ。流れがある時は大丈夫なんだけど。自分からってのはね……。


「えっと、紗枝でいいのかな?」

「うーん、ドキッとするけどキュンとはしなーい」

「いや、別にキュンてしなくてもいいんじゃない?名前なんだし」

「そーだけどさー。それって優香達と一緒じゃん」

「紗枝それってどういう事?」


優香が少し険しい表情になると、逆に紗枝は余裕の表情を見せて――


「特別な人の特別になりたいでしょ?」


と言う。


「え?」


俺が唖然としていると紗枝は、にひっとはにかみ俺と優香の手を引っ張り「早く早くー」と言いながら俺たちの事を構わず走る。


――特別な人の特別


その時俺の右手は不意に右ポケットの紙袋に包まれて入っているネックレスに触れる。


特別……特別……特別……。


俺は知らなかった愛を彼女に教えてもらい、自分から渡す事なんて未来永劫訪れないと思っていたのに、今となっては彼女に渡したくて渡したくて仕方がない。でも、最近色々と変わってきてもっと愛美彼女が欲しい。もっと彼女の色んな顔を見たい。そんな欲望が少しずつ湧いてきたのだ。


多分俺は、もっと、これ以上、彼女の特別になりたいんだと思う。

恐らく今日の誠達と出かけたのも嫉妬する顔や心の中を見たかったから。それを無意識で行なっていたんだと思う。まぁ、だからと言って悲しむ顔や苦しむ顔を見たいわけじゃない。勿論、笑顔や俺を求めてくる時の顔の方が好きだ。だから多分、彼女からの愛を確認したかったのかもしれない。どうすればこれ以上、彼女と特別な関係になれるのかを知りたいのだ。押すだけじゃなくて、“引く時”も大切なのかもしれない……。


/\/\/\/\


「私はこのダークショコラで」

「じゃあ、クリームたっぷりミックスフルーツで」


俺たちは待ち時間50分をくぐり抜けようやく店の中に入る事が出来た。まぁ、そこまではいいのだが問題点が一つ。このお店女性の比率が高すぎる。割合的に9.5が女性で後の0.5が男性だ。周りを見渡すが俺を入れて二人しかいない。この場違い感というか気まずさというか、居た堪れないというか。


「ご注文は以上でしょうか?」

「あ、はい」

「かしこまりました」


因みに、ダークショコラたるものが紗枝でクリームたっぷりミックスフルーツが優香だ。チラッとメニュー表に写っている写真を見たが中々の量だったぞ。二つとも。


「柊君今度はパフェ行こうね」

「ははは、機会があったらね」

「あー!それ私も行く!」


俺、病気なったりしないよね。うん、そんな簡単にならないよね。大丈夫……だよね。


その時ピロンと通知音がなる。多分携帯。


「あ、誠からだ」

「なになに?」

「今柊くんの服選んでるんだって」

「なんかノリノリだなー」

「あはは。だね」


「あ、そういえばさ」と突然優香が何かを思い出したように言う。


「柊くんLINE交換しようよ」

「あ、私もー」

「あー、えっと」

「ん?」

「俺携帯とか持ってないんだ」

「え!ほ、本当?」

「うん」

「柊くん一応高校生だよね?」

「ま、まぁ」


高校生だと普通みんな持っているのか。生まれてこのかた必要だったことなんて無いし、欲しいとも思った事はない。それに、今はこの腕時計があるから別にいらない。これで連絡はできるはず。


「柊くんって少し変わってるよね」

「そう?」

「だって普通この時期に転入してくるなんて聞いたことないし、自分に自信なさすぎだし」

「そ、そうかな」

「実際、柊くんは良い人だし、こうしてみんなで出かけてて楽しいから、寧ろ桜崎に来てくれて嬉しいけどね」


まぁ、変わっていると言われても何も反論できないのだが。普通の人とは違う生き方をしてきたのだから一般的な価値観の違いだって多分あるし、今でさえも普通の暮らしはしていない。まぁ、昔と違って今の生活に不満など一切無いのだが。


「でも、愛華は来なくて良かったのかな?」

「え?なんで?」

「だって、ねぇ?」

「ねー」

「え、どういう事?」

「柊くん乙女には一つや二つ秘密があるんだよ」

「例えば今の優香の体重は――」

「ちょっと!ダメーー!」


机から乗り出した優香の手によって俺の耳が塞がれる。その時ふわりと甘い香りが広がる。別に優香は太っていないと思うし寧ろ細いと思うのだが。

まぁそれも、乙女ってやつなのかもしれない。


「お待たせしましたー。こちらダークショコラです」

「あ、はい」

「こちらが、フルーツミックスです」

「はーい」

「では、ごゆっくり」


うわー、写真以上にインパクトがあるな。実物は。

これが一人前と考えると、女性の胃袋はもしかしたら異空間なのかもしれない。そうに違いない。

頑張れ俺。


/\/\/\/\


無事?どうにかパンケーキを倒す食べる事に成功した俺は三階の洋服コーナーで誠たちと合流する。優香と紗枝にとっては敵じゃなかったらしいが。


「お、どうだった?」

「うん。美味しかったよ。でも、もう食べたくない」

「そんなにか?今度俺も食べてみようかな」

「一人で行くのはやめといた方がいいよ。女性しかいないから」

「尚更一人で行くわ」

「あははは」

「そんな暇あったら練習しろ。桜祭の前に大会あんだろ」

「そうでした」


多分部活の大会かな。確か桜崎の部活ってどの競技も強豪なんだよな。恐ろしいね桜崎。


「応援頼むなー」

「任せてよっ!みんなでまた行くね」

「お、サンキュー」

「そういえば、優香は何か部活してるの?」


さーちゃんは陸上部と前聞いた事があるのだが優香は何をしているか聞いたことがなかった。


「ううん。私は何もしてないよ。中学までしてたんだけどね」

「へぇー。何やってたの?」

「……バレーボールだよ」


確かに優香はすらっと身長が高いし、前体育の時横目で見た時だが運動神経は多分女子の中でクラス一だ。下手をしたら男子と同レベルでもおかしくはない。


「なんで、続かなかったの?」と聞こうと優香の顔を見るとどこか寂しげで、でも何かから解放されて少し嬉しそうな表情をしていた。多分これは他人の俺が踏み込んでいい場所じゃない。人の過去には言いたくないことや思い出したくないことだってある。もちろん俺にも……あのトラウマが。

……やめよう。考えるだけで吐きそうだ。


「そういう、柊君は何かやらないの?因みに私はテニス部だよ」

「俺は……」


愛美は何かしているのかな。部活に興味が無いと言えば嘘になるのだが愛美を学校で待たせてまでしたいとは思わない。それに、俺なんかが桜崎の部活についていけるとは思えないし。


「ふむふむ。ちょっと失礼するぜ」

「え、ちょっと」


誠と裕也は俺の腕やら腹やら足やらを何かを確かめるようにベタベタと触ってくる。少し鳥肌が立ってしまった。


「柊お前筋肉まぁまぁあるな」

「そ、そう?」

「あぁ。部活に興味あるなら体験でもしたらいい年の時思うぞ」

「ありがとう。そうしてみるよ」

「テニス部に男子マネージャーとしても来ていいよ。ね、結雅」


いきなり話を振られた白石さんは「え?あ、そ、そうね」と少し焦りながら言う。


「私と紗枝が良くても先輩とかなんて言うか分からないし」

「柊君は汗流しながら頑張る女子は嫌い?」


何かの目標に向かって努力する人は、嫌うどころか寧ろ尊敬する。俺にはあまりそういうのは無いから少し羨ましいと思ってしまう。


「ううん。応援したくなるから好きって言うのかな?」

「だって結雅」

「うぅ。てか紗枝、絶対私に先輩と掛け合わせようとしてるよね?小日向くんを引き込みたいのは紗枝でしょ?」

「へぇー。じゃあ結雅は応援してもらいたくないんだ」

「……分かったわよ。紗枝も一緒に先輩と話し合ってくれるなら考えておく」


それを聞いた紗枝は「やったね」と嬉しそうに白石さんを揺らす。あの、とても言いにくいのですがまだ部活をすると決まったわけじゃないんですが。まぁ、体験だけなら愛美も許してくれるかな。

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