第37話俺の知らない恋

「じゃあ行ってくる」

「……」


朝からこの調子だ。何を言ってもツンとしている。昨日の話し合いで愛美を一人で歩かせるのもいかがなものかと思い、結局付いてこない事に決定したのだ。

この腕時計の機能の一定距離を離れると熱が放射されるのも解除し、位置と声だけが分かる状態になっている。


「いつまで拗ねてんだよ」

「……拗ねてない」

「帰ったらなんでもするから」

「……ほんと?」


拗ねた顔で少し潤んだ瞳で見つめてくる。卑怯だ。


「うん。ほんとだから」

「…………分かった」

「小日向様そろそろお約束の時間でございますが」


中村さんがドアを開けて時間を知らせてくれる。


「あ、はい。すみません。ありがとうございます」

「いえ。では帰る時はその時計でお知らせください」


これも昨日知ったのだが、なんとこの時計、電話も出来るらしい。何処までハイテクなのだろう。


「分かりました」

「では、お気をつけて」

「はい。ありがとうございます」


俺は駅前で車から降り、一度中村さんに頭を下げて、昨日から聞いたレイジータウンを目指す。

時計には約束の時間前の10分前……9時20分と時計の針が指す。


休日の朝だと言うのに人で賑わっている。友達と彼氏彼女、家族と色々な人がこの道を行き交じる。


今までの俺だと絶対に目にする事の無かった光景だ。仮にもしこの光景を目にしても羨望の眼差しを向けるだけだったと思う。けど今はその俺の羨望を向けられる側に俺は居る。愛美に美鈴ちゃんそれに誠達のお陰だ。


そんな風に考えながら歩いていると集合場所のレイジータウンのよく分からない銅像が見えてくる。

これも昨日美鈴ちゃんから聞いたから多分間違っていない筈。


「お、柊遅いぞー」

「柊くんこっちだよー」

「あ、うん。ごめん遅れて」


一応集合時間の五分前なのだが、全員揃っている。


「おし、全員揃ったし行くか」と裕也が言うと皆んなワイワイとしながら適当に「あっち行かね?」

「あー!あれ見てみたい!」と多種多様であるが楽しそうにブラブラする。


皆んなの制服以外を着ているのは初めて見る。

誠は名前の分からないコートを羽織っていて、裕也はオシャレかつカッコいい服を着ている。優香は冬でこんなに寒いというのに足をさらけ出している。なんて寒そうなんだ。俺は絶対に真似できない。


「小日向くんっておしゃれなんだね。男が決めたってよりは女子が決めた感じ」

「え!そ、そうかな。あははは」


鋭い。白石さん侮るべからず。


「で、でも白石さんも、なんかおしゃれだね」

「あはは、なんかって何」


どう言えばいいのだろうか。服の袖がダボってしていてお腹あたりで引き締まるようになっているズボンに、画家さんの様な帽子を被っている。


「えっと」


必死で頭を回転させ言葉を探すが全く見つからない。こういう時は率直に言えばいいのだ。


「似合ってる」

「なにそれ。……でもありがとう」


白石さんは少し顔を紅潮させながらそっぽを向く。


「う、うん」


そんな感じに少し謎の雰囲気に包まれていると、右腕がガシッと掴まれる。南沢さんだ。


「ねぇーねぇー柊くーん、私はー?」と言いながら俺の右腕がぶらんぶらんと揺らされる。


南沢さんの服は中が黒の服を着て外にモコモコの暖かそうなコートを着ている。それに優香と同じように足を出している。見るだけで寒く感じる。少し心配だ。

白石さんのクールの印象とは逆でキュートと言った感じ。


「えっと、似合ってるよ」

「えー、結雅ゆあと一緒じゃん」


そんな事言われてもこれしか言えないのだから仕方ない。俺に、ふぁっしょんを褒めろと言われても、一般人がアスリートの選手と勝負して勝つくらいに無理なのだ。


「ごめん」

「あは、まぁいいけどねー」


すると次は肩を強く掴まれる。次は誰だ。残念ながら同じ事しか言えないぞ俺は。


「ねぇねぇー柊、俺はー?」


誠が南沢さんの真似をしたい聞いてくる。

誠らしいと言えば誠らしいのだが、少し気持ち悪いからやめてほしい。


「そういえば、優香と南沢さんは寒くないの?」


いきなり話しかけられたからか、優香は少しビックリしつつも優しく真剣に答える。


「え?あー、柊くん。女の子には暖かさより可愛さを求めるんだよ」

「ねぇ、俺は?」

「そうだよ柊くん。女の子は可愛さをついきゅーし続けるんだよ」

「ねぇ、俺は!?」


「「うるせぇぞ誠」」と裕也と奏が誠の頭を軽く小突く。素晴らしいコンビネーションだ。


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やはり目的地がないからか、あっちに行ったりこっちに行ったりしている。でも、誰も嫌がる様子なんて全く無くて楽しそうにしている。無論俺もだ。


すると、丁度スポーツ用品店らしき場所を通ると裕也が――


「あ、わり、ちょっとバッシュ見たい」


バッシュ?バッシュとはなんだろうか。近くにいた南沢さんに聞くと「えっと、たしか、バスケ用の靴かな」と教えてくれた。

そういえば、裕也と誠はバスケ部だっけ。


「オッケー。俺もそろそろ変えたかったし」

「じゃあ、とりあえず入ろっか」


優香がそう言うと自動ドアをくぐり抜けて店へと入っていく。


「んー、どれがいいかな」


裕也は何十種類もある靴を取っては戻し取っては戻しを繰り返している。


「てか、瑞樹は納得だけど雪嶋は変える必要とかあるの?」

「と、言うと?」

「試合に出れてんのって話」


それを聞いて誠は「はぁー?」と周りの迷惑なんて考えずに「いや、スタメンだから!」と大声で言う。


「え、以外」

「嘘でしょ?」

「冗談だよねっ!」

「誠嘘はダメだよー」


順に白石さん優香、夢……さーちゃん、南沢さんが言う。


「本当だから!な、裕也!」

「はは、まぁな」


裕也がそう言うと、誠は精一杯胸を張り「ふん!」とキメ顔を決めている。


「へぇー、まいいや。で裕也は決まったの?」

「俺に対する態度冷たくない?」

「んー、全然決まらん。愛華はどれがいいと思う?」

「ふぇ?わ、私?」

「そうそう」


音葉さんは裕也の元に少し緊張したように小刻みに歩く。あの二人の組み合わせって新鮮だなと思っていると横で優香が「裕也攻めるねー」と頷いている。


「え?」

「あ、そっか柊くんは知らないのか」

「うん」

「裕也、愛華の事好きなんだよ」

「へ、へぇー。そ、そうなんだ」


裕也程のイケメンなら恋になんて全く困ってなくて、彼女なんて、と言うくらいの勢いだと思っていた。


「裕也もさっさと告白すればいいのに、肝心な所で腰引けるからダメなんだよ」

「まーそれには納得かな。愛華も裕也の事好きだと思うけどなー」

「へぇー」


これが青春ってやつなのか。なんかこう、むず痒いと言えばいいのか、くすぐったいと言えばいいのか。


「た、多分瑞樹くんは暗い色よりも、明るい色の方が似合うと思う」


裕也は「なるほど」と言い、また靴を見始める。


「じゃあ、これにしようかな」


そう言って選んだのは白と赤が組み合わさった靴だ。これを裕也が履くと考えると、かっこよく映る。


「ありがとな愛華」

「い、いえ」


裕也はサイズを合わせ何回かジャンプしたり軽く走ったりして、納得したのか「俺これ買って来るから」と言いレジに向かって行った。


「わ、私の意見なんかで決めて良かったのかな」

「愛華は心配しすぎ。裕也が良いって言ったんだから大丈夫だよ」

「う、うん」


そういえば、誠はバッシュを見なくていいのか、と聞こうとすると「くそ!俺にも彼女が欲しい!」と地団駄を踏んでいた。普通にしていれば誠も十分モテると思うのだが、多分そういう所が原因なんだろう。


「はぁー、甘酸っぱい。青春の理想系だわ」

「え?」

「こほん、どうしたの小日向くん?」

「い、いや、何でもないよ」

「そう、ならいいよ」


あれ?今クールな白石さんじゃなくて、こうなんて言うか――と考えていると「おーい柊くんと愛華早くー」と南沢さんに呼ばれた。


「ほら行くよ、小日向くん」

「う、うん」


これってもしかしたら触れない方がいいのかな?












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