第36話彼女なりの優しさ

火曜日水曜日、木曜日が過ぎ今日は金曜日。

明日を迎えれば休日だ。そしてその休日はクラスの人達と出かける事になっている。

今まさに俺達はその事について話している。


「とりあえず、レイジータウンの銅像前集合でいいよな」

「オッケー」

「分かったよっ!」

「りょーかい」


レイジータウンってどこだ?聞いたことはあるのだが行った事なんて勿論ない。家に帰ったら愛美に聞いてみよう。


「そこで適当にブラブラしようぜ」

「だな」

「コーヒーはなんか好きな食べ物はないの?」


ちなみに俺の事をコーヒーと呼ぶ人物は、最近こうやって話す機会が多くなった、奈々樹奏だ。小日向のこひを取ってコーヒー、らしい。


「んー、これといって無いかな」

「ならそれも適当でいいか」

「えっと明日でいいよな」


すると裕也が「まぁ、ちょっと急だけど大丈夫だろ」と言う。何故か裕也が言うと一気にまとまる感じがあるから素直にすごいと思う。これがイケメンってやつなのかもしれない。


「行く人は、私とさーちゃんと、裕也に柊くん、奏と結雅ゆあそれと、愛華に紗枝でいい?」

「いや待て待て!俺は!?」

「あ、忘れてた」


「絶対わざと」と笑いながら奏が言う。


結雅と愛華、紗枝は優香と特に仲が良く、優香が今回の事を誘ったらしい。結雅はクールで、愛華はいつも本を読んでいるおとなしそうな人で、紗枝は少し失礼だが、馬鹿なイメージが強い。


「ま、そんなとこかな?」

「他に何か言いたいことあるか?」

「特にないかな」

「あ、待って時間は?」

「あー、そうだな」

「9時くらいでどうかなっ?」


オッケー、と全員揃って言う。愛美もこの腕時計で聞いていると思うけど一応自分から言っておこう。 お金は一応それなりに、俺の財布の中に入っていると思うし。

俺が愛美の家に行く前に大家さんから、奇跡的に少しだけ多めに貰っていたのだ。あの人は元気にしているだろうか。


「じゃあ、今日は解散!」

「うーす」

「誠、部活行くぞー」

「分かったー」

「優香はどうする?」

「また、カフェ?」


紗枝がそう聞くと、優香はそれを聞いてピクッと体を震わせ「私帰るねー」といって颯爽と教室から出て行った。……それにしても物凄い速さだったな。


「ねぇ、小日向くんだったよね。少し自己紹介交えて話さない?」

「え?あ、うん。少しだけなら」

「あ、はいはい!私から!」


元気良く手を上げているのは紗枝だ。あちらは俺の事をあまり知らなくても、俺は少し遠目に見る程度だが知っている。


「私は、南沢紗枝だよ!えっと好きな食べ物はメロンパンだよ!よろしくね!」

「あ、うん。よろしく」


不気味かつ不自然にならないように出来るだけ自然に微笑むようにして笑顔を見せる。


「ふぐっ!」

「え?」

「あ、なんでもないよ!次は結雅ね!」

「なんで私なの……まぁいいけど」


結雅は「こほん」と一度間を置く。


「白石結雅。よろしくね小日向くん」

「うん、よろしく」


やはりクールだ。久々に苗字で呼ばれた気がする。ここの人はよく下の名前で呼ぶから距離感を偶に忘れてしまう。これが本来初対面に対する距離感だと思う。


「じゃ、じゃあ後は私だよね。え、えっと音葉愛華です。よ、よろしくお願いします」

「あ、は、はい。よろしくお願いします」


俺は愛華につられてお辞儀をする。


こうして三人との自己紹介が終わり、何か手頃な話題がないか探していると、不意に時計が目に入る。


四時四十八分。


愛美との約束はしていないが、いつもより時間がだいぶ遅れている。


「あ、ご、ごめん。俺用事があるから帰るね。また明日よろしくね」


俺はそう言って教室から飛び出し、廊下を走り抜ける。

玄関に辿り着くと愛美が下駄箱に背中を預け、少しご機嫌ナナメだと言わんばかりに、鞄をふらふらさせている。


「ご、ごめん」

「柊は女の子と話すのが好きなの?」

「そ、そういうわけじゃ」

「むぅー。じゃあ、ぎゅーってするか頭ポンポンを要求するわ」

「人に見られたらどうするんだよ」


ただでさえ今この状況を他の人に見られたら色々とまずいと言うのに、ハグとか頭を撫でたりしたらそれこそ本当に終わりだ。


「人に見られない場所ならいいのね」

「……まぁ、な」

「じゃあ家でいっぱいしてもらおっと」

「はいはい。とりあえず中村さんも待ってるんだから早くしようぜ」

「はーい」


愛美は二年生の下駄箱へ、俺は一年生の下駄箱へ。

靴をうち履きから外履きへと変える。少し待つが中々出てこなく、気になり二年生の下駄箱に体を向ける。

そこには何枚かの紙が地面に落ちていた。

まぁ、分かりたくなくても分かってしまう。愛美のような可愛くて綺麗で何をしても完璧で優しい人はさぞかしモテるのだろう、と。


「やっぱりモテるんだ」

「しゅ、柊?こ、これはそーいうのじゃないから」

「どう見てもラブレターだろ。ご丁寧にハートのシールまで貼ってあるじゃん」

「そ、そうかもしれないけど、全く興味ないから。本当だから」

「分かってるから。早く片付けよう」


少しモヤモヤする感情を出来るだけ出さないように紙を揃えて愛美に渡す。正直トラウマの原因でもある、こういう文章は嫌だから見たくもない。別に嫉妬とかしてない。絶対にしてない。家に帰ったらめいいっぱい頭撫でようとしか思ってない。


「どうするんだこれ?」


だが、一応この紙の行方も気になる。


「捨てるわよ。私は柊にしか興味がないの。紙に文字を書いて下駄箱に入れるなんて寧ろはた迷惑よ」

「そ、そうか」


少し心のモヤモヤとした感情が吹っ切れる。


やっぱり俺は、愛美が俺の事を気にしてくれているよりも、ずっと俺の方が愛美の事を気にしているのかもしれない。それくらい大切な人なんだ。


「うん。じゃあ行こ?早く頭撫でてぎゅーってしてもらいたいし」

「はいはい」


俺と愛美は一応周りも気にしながら二人揃って車に向かった。

その日はいつもより少し寒いような気がした。


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愛美の触り心地がいい髪を梳くように撫でながら、顔を見た事ない誰かに勝ったように優越感に浸っていると――


「お兄さん!これとこれ着てみて!」


美鈴ちゃんの右手には白のパーカーとジーンズの上着みたいなやつと、左手には白のシンプルなTシャツとなんか長いコート。


「今着るの?明日でいいんじゃ?」

「ダメです!お兄さんは絶対ファッションとか分からないから、今のうちに決めておいた方がいいんです!」


俺は美鈴ちゃんの勢いに押されたまま「う、うん」と答える。


「じゃあ、まずはこれ!」


まずは右手に持っている白のパーカーとジーンズの上着みたいなやつを渡される。


俺はいつも着ている部屋着を脱ぎ、渡された服を着る。


パーカーは着やすいのだが、その上にジーンズの生地を着るわけだからなかなかゴツくなる。


「どうかな?」

「お兄さん元が良いのと身長もそこそこあるから映えて見えますね。とりあえず保留。次」

「は、はい」


上着を脱ぎパーカーを脱ぐ。服を美鈴ちゃんに返してまた服を受け取る。

白のTシャツに長いコート。てか白が多いな。美鈴ちゃんは白が好きなのかな。

着てみて分かったのだが、やはり裾が長く膝くらいの場所まで伸びている。


「どう?」

「うーん。どっちでもいいかな」

「え、適当過ぎない?」


さっきまで保留とか言ってたのに。

俺だと、ふぁっしょんは全く分からない。という事で愛美に聞いてみる。


「愛美はどう?」

「これが私だけに向けられた服じゃないと思うとどうでもいいわ。でもまぁ、どちらかと言うとそのチェスターコートの方かな」

「チェスターコート?」

「その長いコートの事よ」


これチェスターコートって言うんだ。

ジャージ最高って思ってたからこういう服の名前とか全く分からない。


「分かった。ならこれにするよ」


こうして明日の準備は着々と進み、後は朝を待つだけの状態になった。そして心なしか愛美が少し不機嫌だった気がする。やっぱり他の人と居るのが気にくわないのかな。



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