第33話俺は知らない
美鈴ちゃんは花に詳しかった。歩きながら「これはパンジーです」とか「あ、これは私の好きなハボタンです!」とか色々教えてくれた。ちなみにハボタンの花言葉は “祝福” “物事に動じない”らしい。
三時のお昼ご飯の時に聞いてみたのだが、愛美はクリスマスローズという花が好きならしい。
「でも、あんなに大量の花をよく育てられるな」
「私が花を好きってのもあるけど中村さんが特に花が好きなのよ」
「へぇー」
「中村さん本当に花が好きですからね。あの花たちもだいたい中村さんが育ててますよ」
「な、なるほど」
中村さんすごいな。運転手もして結構な広さがある庭の花も世話をしているとなると、かなりの体力を使うと思うのだが。それにあの人、まぁまぁいい歳なはずだけど。
俺が中村さんに感心していると「そういえば」と美鈴ちゃんが切り出す。
「姉さん、お兄さんの服とかあるの?」
「あるわよ?」
あるんだ。いつの間に用意していたんだ?
「前チャチャッと買ってきたの」
「そうなんだ……でもサイズとか」
「私が見誤ると思う?」
「ないな」
愛美は「でしょ」と軽く胸を張る。俺はその行動にさり気なく目をそらす。
「ま、とにかく柊の服は大丈夫よ」
でも、服以外にもう一つ気になる事がある。
それは――
「後はこの時計だよな」
「そうね」
「姉さんの事だから外すのは嫌だろうし、普通に姉さんが付いて行けばいいんじゃない?」
「確かにそうかも。一定距離、離れるとこれ熱くなるし」
「まぁ、それは後々決めていけばいいわ」
俺は「そうだな」と返す。確かにあと一週間の期間があるから少しずつ決めていけばいい。だが俺は気づかなかった。愛美が何処と無く少し悲しいような寂しいような表情をしていた事を。
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「じゃあ、行ってきます」
「行ってくるわね。美鈴」
「はーい」
土曜日曜の休みが終わり、月曜日だ。
少し忘れかけていたが、今日からまた学校なのだ。
玄関まで美鈴ちゃんに見送られながら、日に日に寒くなりつつある外を愛美と並んで歩く。
こんな寒いというのに、中村さんは車の外で出迎えるように立っている。
「今日もよろしくね中村さん」
「よ、よろしくお願いします」
「ほほほ。冷えますのでどうぞ」
そう言い、中村さんは車のドアを開ける。それに従い愛美と一緒に乗る。その際に包みを渡される。
「これ弁当」
「あ、うん。ありがとう」
「一緒には食べれないかもしれないけど、全部食べてね」
「分かってるよ」
「ふふふ」
愛美との会話がひと段落つくと同時に車が動き出した。相変わらず目隠しはちゃんと付けられた。
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学校から少し離れた所で降ろされる。前は遅刻していて誰もいなかったから良かったけど、今は人もいるし、もし俺と愛美が一緒に車から出るところを見られたら色々とまずいらしい。確かに一年の優香が知っているのだからも愛美は桜崎で有名人なのかもしれない。
「じゃあ先行ってるな」
「えぇ、また後でね」
一応窓から少し顔を出して周りをグルリと見渡してから車から出る。
離れた所と言っても、桜崎は見える所にあるから迷うことはない。
俺は桜崎の門を通り、金曜日に帰る際に先生から教えてもらった自分のロッカーに靴を入れる。
階段を上がりA組の教室へと歩く。その時にやはりまだ色々な人からの視線を集めてしまうが、もうこれはどうしようもない。それに、時間が経てば無くなるはずだし。
教室の戸を開けると大体の人が何箇所かで集まってガヤガヤと話していた。
「お、柊おはよう」
「あ、おはよう」
誠が裕也と話している。今思えば誠は多分クラスの中心人物なのだろう。常に人が集まって楽しそうに話している。
俺が席に着くと、誠と裕也が話しかけてくる。
「決めたか?」
「え?」
「歓迎会だよ」
「あ、あぁそれね。うん。行けるよ」
「お、まじか!じゃあ行こうぜ!裕也も行くよな」
「もちろん」
誠は「おっしゃ!」と言いテンションを高める。朝から元気の良いことだ。そして、それを聞きつけたのか優香と、夢乃……
「なになに、どうしたの?」
「柊、歓迎会行けるって」
「ほんと!?じゃあいつ行く?」
「やっぱり休み?」
「だねっ!」
どこに行く、どこに集まる、いつ集まるそんな話をしていると、時間になったのかチャイムが鳴ると同時に先生が入ってくる。
「お前ら座れー」
皆んなが席につくと、朝の朝礼が始まる。今日の予定や委員会の連絡などがあった。そういえば俺は委員会とかに入らなくていいのだろうか。
「日直挨拶ー」
「はーい。きょーつけ。礼」
「「ありがとうございました」」
挨拶が終わると、授業の準備を始める。が、隣の教室から「「おおぉぉぉおお!!」」と、騒々しい大人数の声が広がる。多分一年の階全体に響いたんじゃないか?と思えるくらいに。
「え?何?」
「うるせぇな」
「ちょっと俺見てくるわ!」と誠が教室からとびだす。それに続いて夢……さーちゃんも「私もっ!」と付いて行く。
「なんだろうね」「さぁ?」「多分BかCだよね」
「多分」と色々な推測が始まる。確かにあの音は普通じゃなかなか起きないだろう。
やがて戻ってきた誠が興奮気味に教室の戸をバンッ!と勢いよく開ける。
「やべぇ。B組に転校生が来たんだけど」
「来たんだけど?」
「めっっっっちゃ可愛い」
教室が一瞬で静まる。皆んなの目が死んでいる。
多分「そんな事かよ。期待させんな」と思っているのだろう。でも、あんなに大声が出るのだから普通の人じゃないのかもしれない。
するとそれを聞いて裕也が「まぁ、この目で見るしかないよな」と立ち上がる。
「え、裕也行くの?」
「まぁ、普通に気になるしな」
「ふーん。柊くんはどうするの?」
「俺は別にいいかな」
「ほっ……」
「ん?」
「あ、い、いや何でもないよ!」
ただでさえ自分の事で精一杯だというのに、他の人の事なんて気にしていられない。それにその転校生がいくら可愛いからって、俺には愛美がいるから別にって感じだ。まぁ、興味がないと言えば嘘になるのだが、今すぐに見に行こうとは思えない。
さて準備準備と思っていると、裕也とさーちゃんが帰ってくる。
「うん。やべぇわ」
「すっごい可愛くて綺麗だったよっ!」
「そこまで言われると気になっちゃうなー」
「それなら行ってきてみれば?」と俺が言おうとした時だった。まさか行く必要がなくなるとは思ってなかった。
誰かに「あの子だよ」と言われた訳じゃないのに分かってしまうくらいに、可愛くて美人で金髪の女子が教室に入ってきたのだ。
「え……嘘。めっちゃ綺麗」
優香が口を開く。多分無意識。でも勝手に口が開くのも分かる。そのくらい唖然とするような存在なのだ。
「ねぇ、ここにきふゆ君いる?」
彼女の鈴のように全体に響き渡るような澄んだ声が静かな教室に広がる。
「きふゆ?そ、そんな人は、い、いないぞ」
誠がガチガチに緊張しながら返事をする。俺は全員の名前を知らないから分からないけど、誠が言うにはいないらしい。
「A組にいるって聞いたんだけど」
「で、でもいないぞ」
それを聞いてその女の子は、口に手を当て「んー」と言いながら何かを考え始める。
「あ、そうか。きふゆじゃ分かんないか」
「え?」
「じゃあ柊はいるかしら?」
みんなの視線が俺に向けられる。
「え、俺?」
そう言うと女の子はスタスタと俺に近づく。近くで見ると色地の肌が淡い光を浴びているように感じる。多分この金髪も地毛だ。
「本当だ!きふゆだ!久しぶり!」
そして彼女は俺に勢いよく抱きついた。
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