第31話俺は夢を見たくない

勉強に使っていた机を綺麗にし、今は食卓用の机に変身している。

愛美に言われて少し料理を運ぶのを手伝ったりして、いつも通りのご飯の時間だ。


今日は天ぷらうどんらしい。


「お兄さんエビフライもらいますね!」

「あ、俺のエビフライ!……ん?」


これ今日どっかで同じ様な事あったよな?あー、そうそうマグロだ。俺は人から食べ物を取られる趣味は無いんだけどな。今度から気をつけよう。


「こら、美鈴。食べるならカボチャを食べなさい」

「えー、かぼちゃ嫌いだもん」

「はぁー。ごめんね柊」

「え?いや大丈夫だよ」


正直あれから時間が経ったとはいえ、まだそんなにお腹減ってなかったし。未だに弁当と海鮮丼が居座ってるんだよな。


俺が腹のことを気にしつつ、ちまちまとうどんを啜っていると愛美が「そういえば」と突然何かを思い出したかのように切り出す。


「柊は何か言いたい事があるんじゃないの?」

「え?俺?」


これといって……。いつも美味しいご飯ありがとうとか?それとも肩を揉めってことか?もしかして、弁当の感想をまだ言っていないからか?どれだ?

と、とりあえず弁当の事を言おう。


「あ、えっと。弁当美味しかったよ」

「ふふふ」


と、笑い「ありがとう。でも違うわ」といつもの顔に戻る。違う?じゃあ肩を揉めってことか?

いや、それも何か違う気もするし。


「もう……貴方クラスで誘われたでしょ?」


クラス?……クラス、クラス――


「あ!それね。うん。誘われた」

「で、どうしたいの?」


どうするのじゃなくて、どうしたいの……か。

俺の意思を尊重してくれるのはとても嬉しい。

けど、分からない。いざこうして、判断を求められるとどうすればいいのか。


「そうね。難しいわよね。じゃあ質問を変えるわ。

貴方は少しでもその誘いを楽しそうとか、行きたいって思ったのかしら?」

「っ!……それはまぁ、少しは」

「ならそれでいいじゃない」

「え?」

「柊も学校生活を楽しむ権利はあるわ。友達となら尚更ね。私も偶に遊ぶし」

「そ、そうか。うん。俺は行ってみたい」


愛美はゆっくりと微笑み「分かったわ」と静かに言ってくれた。確かに愛美が言ってくれたように行ってみたいとは思った。前の学校じゃ誰とも遊んだ事なんて無いし、こんな話が出ることも無かった。

こうして行けるのは嬉しいのだけど、一つ気になる事がある。


「でも、何で知ってるんだ?」

「それは、その時計かしら」

「時計?」

「ちゃんと話している事も聞こえるわ」

「え、そうなの?なら食堂も分かったんじゃ?」

「その時はうっかり忘れてたの」


この時計は少し便利すぎないか?なんか監禁七つ道具の四つくらい入ってる気がすんだけど。まぁ、いいか。俺も納得の上で付けているわけだし。


「えぇ、姉さんそこまでする?」

「大切な物を離さないようにするのは当然じゃないかしら」


美鈴ちゃんはそれを聞いて納得したのか「まぁそれもそうか」とまた箸を進め始める……のだが――


「ごほっ!ごほっ!」


と急に激しい咳をする。俺と愛美は勢いよく席を立ち美鈴ちゃんに駆け寄る。


「大丈夫!?」

「ごほっ!ごほっ!」


俺が声をかけるも、咳が邪魔をして何も言えないようだ。


「美鈴!今日薬飲んだの?」

「のんでごほっ!ごほっ!……ないごほっ!」

「ごめん柊、美鈴の背中さすってあげてて。私は薬取ってくるから!」

「わ、分かった」


愛美は扉が壊れんばかりに、物凄い勢いで部屋から飛び出して行った。俺は言われた通りに美鈴ちゃんの背中をゆっくりとさする。

こんな様子になったところは見たことがない。

背中をさすり続けていると少し楽になったようだが、まだ辛そうだ。


「ごほっ!ごめんなさいお兄さん、ごほっ!」

「喋らなくていいから。大丈夫だから」


すると部屋の扉から愛美が走って帰ってくる。。手には薬と水を持っている。


「美鈴これ、飲める?」

「うん」


咳が落ち着くタイミングを見て一気に薬を飲む。飲んですぐに効き目はないが時間が経つにつれ、少しずつ咳が落ち着き始める。

俺はテーブルから、お茶を一杯注ぎ美鈴ちゃんに手渡す。それを受け取ると勢いよく喉を通り越すようにぐびぐびと飲む。


「はぁはぁ……」

「愛美……」


俺のたった一言だが、何を聞きたいのかすぐに悟ったらしい。


「美鈴は元から体が弱いの、特に肺が。小さい頃もずっと病院暮らしだったわ」


美鈴ちゃんの背中をさすりつつも愛美の話に耳を傾ける。


「成長するにつれだいぶ良くはなってきたけど、こうして薬を飲まないと咳が止まらなくなったり、発熱したりするのよ」

「そうなんだ」


もしかしたら俺のせいなのかもしれない。美鈴ちゃんとゲームをし、英語を教えてほしいと言って時間を奪っていたから。ただ単に美鈴ちゃんが忘れていたと言われればそれまでなのかもしれないが、やっぱり心が苦しい。


「ごめんね美鈴ちゃん」

「はぁ……どうして……はぁ……お兄さんが謝るんですか」

「そうよ。別に柊が謝ることじゃ」

「でも、時間を奪ったのは俺だから。俺がわがままを言わなければ美鈴ちゃんはちゃんと薬を飲めた筈だし」

「だから、お兄さんの、せいじゃ、ないって!」


突然大きな声を出す美鈴ちゃんに俺は少し驚く。

そんなすぐに大きな声を出していいのだろうか。やはりそれが当たり「ごほっ!」と一度咳をする。


「私楽しかったんです。お兄さんとゲームして、歳上に勉強教えて。不思議だなーって思いながら、楽しんでたんです」

「そ、そう、なんだ」

「そうなんです!だからお兄さんのせいじゃないです!」


正直納得していない。事実俺が美鈴ちゃんの時間を奪ったのには変わりない、が、これ以上美鈴ちゃんに声を出させるわけにもいかず、俺は「ありがとう」と言う。


「とにかく、美鈴はお風呂に入って寝ること。私も一緒に入るから」

「え?本当!?」

「本当だから騒がないでね」

「うん」


俺は罪悪感にむしばまれながら、遠目で仲睦ましい二人を眺めていた。


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二人が風呂に入っているうちに、皿を片付けベッドでぼーっとしていると、冬用なのか少し厚めのネグリジェに身を包んだ、愛美がやってくる。


「柊空いたけど」

「ん、分かった」

「お皿片付けてくれたのね」

「うん。美鈴ちゃん大丈夫だった?」

「マッサージしたら眠たそうになってたから大丈夫よ」

「そっか」


少しぎこちない笑顔を見せると心配してくれたのか俺の隣にゆっくりと座る。


「柊は少し心配性ね」


その後に「ほんと……そっくり」と小さな声で何かを言う。


「心配性じゃないと思うけど。あんなに辛そうだったのを目の前で見たんだから」

「美鈴はいいわね。あんなに柊に心配してもらって……構ってもらえて」

「今はそんな冗談言う時じゃ……」


俺の声なんて気にしないと言わんばかりに淡々と話し出す。


「ずっと私だけの柊かと思ってた。ずっとそうしていたかった。でも、美鈴がきて学校に行く事になって、もうクラスの人と話して出掛けることになって。手が届くけど、触っちゃダメみたいに感じて」

「……」

「また、逆戻りしたみたいに……」

「逆戻り?」


愛美に視線を向けると「ううん。なんでもない」と言ってまたゆっくりと立つ。


「心配だから今日は美鈴と寝るわね」

「あぁ、そうしてあげてくれ」

「うん。じゃあおやすみ」


俺もそれに返すように「おやすみ」といい一度ベッドに背中から崩れる。お風呂は朝に入ろう。

今日は学校もあって疲れた。久々にこの疲労感に襲われた。俺は罪悪感に包まれながらも、疲労感を使いあっという間に眠りについた。


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これは夢だ。そう断言できるくらいの感覚がある。

けど、自分の意思では体を動かせない。


「柊……」


一人の男が俺に何か話しかけている。この人は二番目に俺を引き取ってくれた人だ。この人が俺の事を色々と教えてくれた。


八年間俺を育ててくれた人の記憶は俺には無い。小さい頃だから仕方ないのかもしれない。でも愛があった事は俺にはわかる気がした。

だってこんなにな家に俺を引き取るようにしてくれたんだから。確か大きな会社の社長とか言ってたっけ。

その家に俺以外の子供はいなかった。だからか、凄く大切に扱われていた。大きな部屋に世話係の人もいた。引き取ってくれた夫婦も偶に俺と遊んでくれた。……けど一年くらいだけだった。

俺と遊んではくれなくなった。忙しいやらなんやらで。そして――死んだ。夫婦どちらともだ。


「柊おいで」


体が勝手に動き死んだ筈の声の主の方に行こうと走った。けど、目の前で落とし穴に落ちたように真っ暗な世界に引きずり込まれる。そして、一番底まで足が着くと一つの光が俺を指す。そして――


「柊こっちだよ!」


聞いた事があるような声。でも全く思い出せない。心あたりもない。そしてその光が俺に近づき俺を包みこもとした瞬間――


「あぁぁぁぁぁぁあ!!」


俺はベッドから体を勢いよく起こす。


痛い。頭が痛い。割れそうだ。何なんだ。何の夢なんだ。あの光は何なんだ。


布団に潜り込み小さく縮こまる。小さい丸のように。自分でも気づかない涙を流しながら。それが痛いからなのか、それとも全く別なのか……。





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