第30話俺は上手くなる
うえ、もう食べれない。
どうにか腹に押し込み、弁当箱を空にする事が出来た。愛美の料理はもちろん美味しかったのだがやはり海鮮丼とのダブルはきつかった。
「おい、柊大丈夫か?」
そんな俺を見てか心配そうに声をかけてきたのは裕也だ。ちなみに弁当を食べる前に聞いたのだが苗字は瑞樹らしい。
「あ、う、うん。だ、大丈夫だよ」
腹から逆流してきそうなものを必死で堪えながら返事をする。
「そ、そうか。大丈夫ならいいけど……次体育だぞ?」
「嘘でしょ?」
「ほら」と裕也が指をさすホワイトボードに目を向けると時間割が書いてある。確かに五時間目は体育だ。
「ついでに言うとバレーボールだな」
一応体操服はちゃんと持ってきている。車に入る前に愛美から渡された。でも――
「無理だ」
「だな」
裕也は笑いながら「吐くんならトイレなー」と呑気に体操服に着替え始める。今、間違ってもバレーなんてしたら間違いなく体育館が汚れてしまう。それは絶対に避けたい。でも、初日に授業を休むってのもなんだかな。
「だー!体操服忘れたー!」
先程から違う友達と話していた誠が鞄をあさりながら大声で叫ぶ。しょんぼりとしながら俺の隣の席にドスンと腰を下ろす。
「はぁー」
重い溜め息を漏らす。
この反応から見ると、よほど体育が好きならしい。
確かに誠は体育が好きそうだ。
「今日バレーの試合だったのに」
机に突っ伏しながら落胆の声を吐き出す。
「女子にキャーキャー言われる筈だったのに」
ちなみに女子はバトミントンをするらしい。ホワイトボードの横に“女バトミントン”と書いてある。
すると誠の反応を見てかどこからか優香がやってくる。
「誠に振り向く女子はいないから大丈夫だと思うよ」
「う、うるせぇ!スパイクをバシバシ決める俺を見て惚れる奴もいるかもしれねぇだろ!」
「ないない」
優香は手を横に振りながら呆れた表情をする。
そうだ。別に俺は体育をしないから誠に貸せばいいじゃないか。困っている時はお互い様だ。
「俺の体操着かそうか?」
「え?まじ!いいのか!」
「うん。ちょっと体調が悪いから」
「サンキュー!」
俺は机の横に掛けてある体操服袋を渡す。サイズは多分大丈夫。誠とそんなに身長は変わらない。
「おっしゃー!これでモテモテだぜ!」
モテモテになるかは俺には分からないけど、桜崎の体育を見れるから俺にはちょうどいい。まさか、スポーツも全員化け物だったりするのか?それを否定出来ないのが桜崎だ。
すると誠が「ん?」と何かを確かめる様に首をかしげる。
「柊これお前のだよな?」
「うん。小日向って書いてあるよ」
「いや、そうなんだけど……めっっっちゃいい匂いするんだよ」
「はぁ?」
それにつられてか、優香も俺の体操着にすんすんと鼻を鳴らす。
「うわ!本当だ。男の子の匂いじゃないよこれ!」
優香が無駄に大声で言うから少しずつ誠に人が寄せ集められる。これはこれでモテモテなのでは?
「え、本当だ!」
確かこの人は……休み時間にいつも優香と話している人だ。多分優香と仲が良いんだと思う。
「あ、私は夢乃沙耶ね!さーちゃんって呼んでね!よろしくねっ!」
出ました、あだ名呼び。桜崎の人は距離感が近い気がする。男子なら全然平気で呼べるのだが……。
「でも、確かにこれ男子の匂いじゃないよっ!」
「そ、そうなの?」
「これ女子の匂いがするんだよなぁ」
誠がそう言うと集まっていた女子が「え?女子の匂いって……」とあからさまに嫌な顔をしている。
「誠今のはキモい」
「は?」
「女子の匂いって、嗅いだ事がある人の言うことだよ。つまり……」
「ばっ!ち、ちげぇし!イメージだし!」
優香が「ふーん」と言うと「ってやばいよ!授業始まっちゃうよっ!」と夢……さーちゃんが時計を見ながら慌てる。それを見て集まっていた人たちが、
「やべ!」と物凄い速さで教室から飛び出して行った。
残された俺は少し落ち着いてきた体をゆっくりと体育館へと向けた。……あのー、俺体育館の場所分からないんですけど。
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「おーし。日直ー。挨拶ー」
「うーす」
ようやく学校が終わった。久々に学校生活を送ったからか体力の減りが半端じゃ無い。毎日続ければ慣れてくるのだろうけど暫くは続きそうだ。
ちなみに体育のバレーは裕也ともう一人の男子によって誠のチームは負けていた。なんて可哀想なんだ。
隣のコートで見ていた優香は「ほらね」と腹を抱えて笑っていた。
体育館の場所は近くにいた先生に聞いた。少し遅れたけど。
「じゃあ洗って明日返すな」
「うん。分かった」
負けたとはいえちゃんと頑張っていたから、体操着に汗は付いている。そこで洗って返すという事になった。初めて人に体操着を貸したから初めての経験だ。
日直から「きょーつけ。れい」とやる気の無い号令がかかる。日直の人も疲れているのだろう。
「「ありがとうございました」」
一斉に教室が椅子で床に擦れる音が広がる。それと同時に会話も始まる。
俺はどうしよう。とりあえず愛美に合わないと。
「あ!そういえば今日金曜日だったな」
「え?あ、うん」
教室から出ようとした時に誠から声がかけられる。
それを無視して出て行くわけにもいかない。
「じゃあさ!土曜か日曜歓迎会みたいのやらね?」
「お、いいね!」
「え!それ私も行く!」
「私もっ!」
裕也、優香、さーちゃん、それに続き「俺も!」「あ、私も!」と次々に手が上がる。勿論そういった事をした事がないから行ってみたい。けど――
「ま、待って!」
「ん?どうした?」
「俺行けるか分かんない」
俺は多分あの家ではある程度の自由を貰ったが、外では多分自由は無い。別に俺には不満はないが愛美が何と言うか。それにこの腕時計もあるし。
「ま、確かにいきなりすぎるよなぁ。じゃ来週また決めようぜ」
「う、うん。ありがとう」
「おう」
とりあえず今は乗り切れた。来週決めると言っていたが、それは愛美に聞いてみないと。
「じゃ、じゃあ俺は帰るね」
「じゃ俺も帰るわ」
「私もー」
「俺部活ー」
俺は一人でこっそりと教室から抜け出し一つ上の階に上ろうとした……のだが、その必要はなかった。
何故なら壁に寄りかかった愛美がいたからだ。
「うわ、びっくりした」
「まぁ、酷いわ。私は愛しの相手に会えたっていうのに」
「悪かったって」
「ふふふ」と笑いながら俺の手を握りしめる。いつもより強く握っているのは少しの時間会えなかったからだろうか。
「人に見られたらどうするんだよ」
「……それもそうね」
少し名残惜しそうに手をゆっくり離す。「ま、車の中で甘えるからいいわ」と気持ちを切り替えてさっそうと階段を下りていった。俺も一応周りを一回見渡して階段を下りた。
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「むむむ!避けるのが上手くなってる!」
「ふっ、いつまでも甲羅に当てられてばっかりの俺じゃ……って誰だよここにバナナの皮捨てたやつ!ちゃんとゴミ箱に捨てろよ!」
「なんかお兄さんがノリノリだ……」
それは仕方ない。学校で疲れた癒しを求めているのだから。車では相変わらずの膝枕を要求されたのだが、目隠しをしているためにそれ以上は何も出来なかった。
「おし、勝った」
「うぅー」
元からこの甲羅さえ避ければ美鈴ちゃんは相手じゃないんだ。いつまでも負けている俺じゃない。
「じゃあ俺からの頼みごとを聞いてもらおうか」
「仕方ないです。何ですか?」
「俺に英語を教えてください」
体を90度曲げてお願いをする。
「まぁ、いいですけど」
了承をもらったことで、勉強をする為の机を引っ張り出す。愛美に言えば勉強をする部屋を教えてくれるかもしれないが、俺はこの部屋が一番落ち着くからここにしている。今はもう鎖もない。少し寂しく感じてしまうが多分気の迷いだ。
それから二時間くらい美鈴ちゃんに英語を教えてもらった。多分人生で一番「違いますよ。ここはこう訳すんです」と言われた。中学生に教えてもらう高校生とは?さらに高校生の方は桜崎に通っているんだぞ?……てか、どうやって俺は桜崎に入れたんだ?今度それとなく愛美に聞いてみよう。
時計を見ると7時53分くらい。多分そろそろ愛美がご飯の時間と伝えにくるはず。
「そうよ。ご飯の時間よ」
「もう慣れた」
久々に心を読まれたがもう別に反応する必要はない。
「どっちで食べる?ここ?リビング?」
「ここが良いけど、運ぶの……」
「それなら大丈夫よ」
「うん。ごめん」
「じゃあ、ちょっと待ってて」と部屋から出て行った。そろそろ何か俺も手伝えないだろうか。皿洗いくらい……
「あ、ちなみになんですけど、前姉さんの手伝いしてたら私死にかけましたよ。過労死ですけど」
「え?」
「姉さん手際が良すぎてついていけないんですよ」
「なるほど。それは大人しくしていた方がいいね」
「ですです」
一度その手際を見てみたいが流れで手伝う、となって過労死なんて笑えない。うん。やっぱり大人しくしていよう。こうやってゴロゴロ……ゴロゴロ、ゴロ…………ん?もしかしてこれヒモ?
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皆さん台風大丈夫ですか?こんな時間に言うのも、おかしいですけど、避難できる時に避難して命を一番大切にしてくださいね。
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