第29話俺は愛美と会う

広い、単純だけどそれが一番最初に思った事だ。

全校生徒がどれくらいいるか分からないけど、多分一年生だけならここに収まるんじゃないか?と思うくらい広い。

今も沢山の生徒達がいるけど、全く混雑している様な感じはない。


「今日は何食べよっかなー」


案内してくれた優香はメニュー表をキラキラとした目で眺めている。

俺もそれに乗り、メニュー表を見開く。

そこには俺の知らない横文字の料理の名前がズラリと並んでいる。


むにえる?すとろがのふ?ぱえりあ?あひーじょ?


な、なんだこれ。本当に食べ物の名前なのか?

それもご丁寧に一つずつの料理に写真が貼ってあるのだがどれも美味しそう。

俺が目をメニューに泳がせながらパチパチとまばたきをしていると「小日向君は決まった?」と優香が訪ねてくる。


「いや、知らない料理ばっかりで……」

「あー、そうだね。ならここは?」


メニュー表を何ページがまくり俺に見せてくる。

そこには見慣れた料理の名前が並んでいる。この安心感はなんだ。よく分からない料理は愛美に聞いて興味があるやつを今度食べよう。オムライスにしようかな。それとも炊き込みご飯と焼き魚定食にしようか。よし決めた。海鮮丼にしよう。……別にいいじゃん。食べてみたかったんだから。


「お、俺は海鮮丼にするよ」

「そかそか。私はこのサラダの盛り合わせにするよ」

「え?それだけで足りるの?」

「小日向君。女には戦いたくなくても戦わないといけない相手がいるんだよ」

「な、なるほど」


二人ともメニューが決まりそれぞれの料理を頼み空いている席に座る。その時に番号札が渡された。


もう普通に学校生活を送っている自分に驚きつつも

何か会話の話題がないか頭をフル回転させる。せっかく優しくしてもらっているのだから、それなりの行動はしないとダメだと思う。なにか優香の話題、

優香の……優香?俺は一体なぜこんなに軽々しく名前で呼んでいるんだ?普通女子は苗字だろ。


「えっと、苗字なんていうの?」

「え?私?って私しかいないか」

「う、うん」

「明日見だよ。明日見優香。優香って呼んでね」

「うっ」


まさかあちらからそう言われるとは。俺の反応を見てか「あはは。そんなに畏まらなくてもいいのに」と笑う。


「でも……」

「ダメ、かな?」

「わ、分かったよ。優香って呼ぶよ」

「うん。私はどう呼べばいいかな?」

「小日向でいいよ」

「分かった。柊くんって呼ぶね」

「え?いや」

「ん?」


「いや、なんでもない」と言うと大変満足そうにニッコリと笑う。最初からそう呼ぶ気なら聞かなくてもいいのに。ちょうどいい感じに時間が経ったのか、小さいスクリーンに先程渡された番号札の番号が表示される。


「あ、番号出たよ」

「本当だ、じゃ行こっか」

「うん」


席を立ち受け取る場所まで行こうとすると――


「ちょっと待って」

「どうした?」

「あれ」


優香が向けた目線の先にいるのは数人の男子生徒。

俺から見た事ではあるのだが、一人の生徒に何人かの取り巻きがいるように感じる。でもそれは学校では普通にあるようなことだ。


「あいつとは関わらない方がいいよ」

「そうなの?なんで?」


優香は「ご飯を食べる時に話したくはないけど」

と言い「まぁでもこれからの事を考えると言っといた方がいいよね」と独り言を走らせる。


「とりあえずご飯持ってこようか」

「うん。そうだね。もし嫌だったら俺が持ってこようか?」


受け取り口の近くには優香が言っている人がまだいる。さっきの優香の顔は本当にあの人の事を嫌がっている、それこそ嫌悪感しかないような感じだった。


「ううん。大丈夫だよ」

「そっか。なんかごめん」

「え?全然!寧ろ嬉しかったよ。ありがとね」

「え?あ、いえ」


こそばゆい会話に少し幕が降りる。なんとも言えない空気に耐えつつもその人達がどこかに行くのを待つ。何分か待っているとリーダー的存在がようやく動き出す。それにつられて取り巻き達も動き出す。

周りを見ると俺たちと同じ考えの人がいたのか、少し遠い場所であの人達が動くのを待っていた人が何人かいた。


「よし、行こ」

「うん」


/\/\/\/\


「っていうわけ」

「な、なるほど」


まず、彼の名前は大橋加瀬かせD組だ。

何故優香達が彼を嫌っているかは、ある噂……ほぼ確信の様なものがあるかららしい。


まず彼、大橋君は演劇部のエースらしい。コンクールでは、彼のお陰で最優秀賞を取っていると過言ではないという。

そして彼の大まかな噂なのだが、気にくわない相手はどんな手を使っても潰し、気に入った女にしつこく声をかけ、それが拒絶されると何処からか手に入れた情報や写真で脅迫し体の関係を持とうとする。

それを先生や大人に話す事すら出来ない様に口封じもするらしい。


「でも、やっばり所詮噂なんじゃ?」

「確かに誰も見たことないし、聞いたこともないよ。けど噂にはちゃんと筋が通っているし、火のないところに煙は立たないって言うしね」


確かにやっかみなんてレベルの噂ではない。もしそれが事実無根の噂だとしたら大橋君は傷つくだろうけど、あの感じからするとなんのダメージも受けていない様に見えるし、それに態度から見るとそれを認めているようにも捉えられる。

まだ俺は彼の事をよく知らないし本当かどうかは分からないけど……。でも一応気をつけておこう。


「なんか、ごめんね。ご飯の時にこんな話させちゃって」俺が頭を下げながら言うと「だからー、大丈夫だよ。後から変な事に巻き込まれてからじゃ遅いし」と少し呆れたように言う。あまり気を使うなということだろうか。


すると突然優香の目がキラーンと光る。


「あ、マグロいただき」


目にも留まらぬ速さで箸を動かし最後に取っておいたマグロをヒョイと自分の口に運んでいく。


「あ!俺のマグロが!」

「へへーん」

「うぅー」

「お返しにトマトあげるね」


皿を見るとやけに赤色のトマトが目立つ。それも片隅に寄せられている。


「絶対トマト苦手なだけでしょ」

「あ、バレました?」

「ちゃんと自分で食べなよ」

「えー」


優香は一つずつトマトを嫌そうに口に運び

「うえー」と渋そうな顔をする。今度トマトが出た時はさりげなく渡そうか、と考えるが間接キスという事に気付き頭の中から排除する。そういえば愛美はどうしているのだろうか。もしかしたら弁当とか持ってきていたのかもしれない。やはり一度二年生の教室に行くべきだろうか。それとなく優香に聞いてみようか。


「あのさ、優香は二年生に詳しかったりする?」

「詳しくはないけど、話したりはするよ」

「なら、愛美知ってる?」

「アイビー先輩?多分この学校だと知らない人の方が少ないと思うよ」

「アイビー?」

「花の名前にアイビーってあるでしょ?愛美だから

アイビー先輩」

「なるほど」


学校ではそう呼ばれているのか。今度俺もアイビーって呼んでみようかな。まぁ、今はそんな事は置いといて、何組にいるか聞こう。


「でも、どうしてアイビー先輩の事知ってるの?」

「い、いやちょっとね」


実は監禁同居生活してますなんて言えるはずない。


「もしかしてアイビー先輩のこと好きなの?無理だよやめといた方がいいよ。鉄壁要塞だから」

「え?」


鉄壁要塞?愛美が?そんなバカな。膝枕とか普通に要求してきますけど。あ、でも一目惚れとかって言ってたっけ。嬉しかったな。


「ま、一目見たいって事なら二年生のA組だよ」

「そっか。ありがとう」


俺は自分の皿と優香の皿を持って席を立つ。

「え、いいよ自分で持ってくから」と優香が皿を持とうとするがそれを避ける。


「えっと、案内してくれたお礼だから」

「……そっか、うん。ありがとう」


皿を上手く持ちつつ返し口に置き、優香より先に食堂から出る。確か二年生の教室は一年生の一つ上の階って言っていた。


俺は出来るだけ急ぎながら階段を駆け上がり一年生の教室を通り過ぎ二年生の教室の階に着く。


「てか、A組って一番奥なんだよな」


先輩達から向けられる視線に耐えながら向かおうとすると――


「柊探したよ」


突然後ろから聞こえた声に反応すると、探していた人物が立っている。


「ご、ごめん」

「いいけど、どこにいたの?」

「食堂にいたんだけど」

「そうなの……もしかしてもう食べちゃった?」

「あ、うん」

「そっか」


愛美の右手に目を向けると弁当箱が二つ重ねて持っている。これは確実にやらかした。食堂に行く前にちゃんとここにこれば良かった。


「なら、仕方ないわ」


愛美が弁当箱を少し悲しそうな目で見つめる。

俺はそれに耐えられず弁当箱を一つ手に取る。


「大丈夫。食べるよ」

「でも……」

「食べるよ」

「……そう。ならもう時間無いから一緒に食べられないけど、無理しないで食べてね」

「うん。分かった」


正直食べられる気がしないけど、無理矢理にでも腹に詰め込もう。せっかく作ってくれたものを食べないってのは最低だと思うから。それに愛美が作ってくれたのなら尚更だ。


「愛美ー」


少し遠くから女子生徒が愛美を呼ぶ。


「じゃあ私は行くね」

「うん。じゃまた後で」


俺は愛美の弁当箱を大切に持ちながらゆっくり階段を降りていった。謎の多数視線に気づかないまま。







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