学校編

第28話俺は学校に行く

「うん、ちゃんと制服も整ってるし、これといって持ち物もないから大丈夫よ」

「う、うん」


登校当日。俺は今物凄く色々な感情が混ざっている。緊張、怖い、嫌だ。どれもこれも良い感情ではないと思う。朝ご飯も喉を通らず、あっという間に時間が進んでしまった。リラックスしようと深呼吸をするが何も変わらず。かといって行かないわけにもいかない。


「柊大丈夫?もうそろそろだけど」


その言葉に反応し時計を見ると7時45分。いつも愛美が出て行く時間よりも少し遅い。これは間違いなく俺のせいだろう。


「う、うん。わ、わか……った」

「大丈夫?」


俺が「うん」と言うと俺を心配してくれたのか、

「別に今日じゃなくてもいいのよ」と優しい言葉をかけてくれた。だが――


「いや、大丈夫。今日行くよ」

「そんなに我慢しないで。足震えてるじゃない」


無意識に足が震えていた。鎮めようと手で押さえつけるが止まる気配が無い。それどころかさらに強くなってきた。


「ダメだ。今日じゃないと」

「なんでそこまでして今日にこだわるの?別に来週でもいいのよ?」


それじゃ、ダメなんだ。このままこの時間から逃げ出すとずっと逃げてしまいそうだから。それにこの日が来ることは何ヶ月前からも知っていた。

さらに愛美が金曜日に行こうと考えてくれたのだ。

金曜日であれば多少は騒がれるかもしれないけど、休日を挟めば月曜日とか火曜日の連続して学校がある日に行くよりはマシになると。

それを、今逃げてしまうとこのままずっと逃げる事で甘えてしまう気がしたから。

俺が愛美に甘えたいのはこういうのじゃないんだ。


「うん。大丈夫だ。行こう」


俺が扉を自ら開けようとすると――


「待って柊」

「な、なんだ?別にもう大丈夫だぞ?」


スタスタと俺に歩み寄り愛美の手が俺の後頭部を掴む。そのまま大きくて柔らかい胸に抱き寄せられる。え?


「ふごぉっ!お、おい!はな……んんー!」


俺が暴れて離れようとするとさらに強く引き寄せられる。愛美のいい匂いが鼻腔をくすぐるのだが、なにせ酸素が足りない。やばい、本当に死ぬ。


「姉さん!お兄さん死んじゃう!」

「はっ!」


やっと流石に強く抱きしめていた事に気付いたのか、先程よりも抑えつける力は弱まった。まだ胸に顔を抱きしめられているのには変わらないが今はちゃんと呼吸ができる。

下から愛美の顔を覗くと「ごめんなさい」と申し訳なさそうに俺を見る。

「大丈夫」と答えると「良かった」と少し微笑みながら俺の頭をゆっくり撫で始める。

俺には、それがどれよりもリラックスできて、いつのまにか足の震えも消えていた。


「ありがとう」

「うん。じゃ行こっか」

「いってらー」


美鈴ちゃんの軽い挨拶に俺と愛美は少し笑った。

扉から出て愛美について行き玄関まで到着する。

この靴も久々に履く。つま先を地面にトントンと叩き扉を開けようと歩き出す。


そして扉を開けると――


「うわぁ」


綺麗な花と木が並んだ道が続いていた。何ヶ月も外を見ていなかったからか、今の俺にはこんな綺麗な外の景色を初めて見たような気がした。もうすぐで冬だというのに綺麗な花たちがいきいきと俺を出迎えてくれたと錯覚してしまうくらいに咲き並んでいた。


「花は後で見れるから、行きましょ。急がないと遅刻するから」

「あ、ごめん」


このまま、この一本道を進めば恐らく中村さんという運転手さんが待っている場所まで行けると思うのだが、一応愛美の後ろをついていく。

少し急ぎめで歩いていると門が見え始める。

門といっても木でできている物じゃなくて石と鉄でできているお金持ちの家によくあるやつだ。


そして門までたどり着くと一台の車が止まっていた。俺たちに気づいたのか車の中から白髪に白髭を生やした60代くらいの優しそうな男性が出てきた。


「おはようございます。愛美様」

「えぇおはよう。中村さん」

「小日向様もおはようございます」

「え?あ、お、おはようございます」


この展開からすると愛美が事前に伝えてくれていたのだろうか。それとも一番最初の俺を運んだ時に知ったのか。なんにせよ俺に挨拶をしてくるとは思っていなかった。


「早速で悪いのですが、お乗りいただけますか?」

「えぇ」


「ほら柊早く」と背中をグイグイと押されて車に乗り込む。車の中は大して他の車とは変わらないのだろうか。ただ座席とか雰囲気とかは高級感が漂っている。あともう一つ違う点はこちらからも、あちらからも状態が確認できない事だ。何か仕切りみたいものがある。


「はいこれ」

「ん?あ、あぁはいはい」


ごく自然に目隠しが渡させる。もうなんか慣れてきたな。



/\/\/\/\


「愛美様小日向様着きましたよ」

「あ、はい」


戸を開け中村さんが到着した事を教えてくれる。

車から出ると当たり前なのだが桜崎高校がある。

威圧感というか圧迫感というか……とにかく桜崎の特有の雰囲気が漂っている。一度パンフレットの様な物で見たことがあるのだが実物を見ると全然違う。


「ありがとう。中村さん」

「いえいえ」

「あ、ありがとうございました」


すると中村さんは何も言わずニッコリと微笑んだ。


「柊は一回職員室に行こうね」

「分かった」


愛美に手を引かれ生徒玄関ではなく多分職員玄関から入った。そのまま真っ直ぐ無人の廊下を歩くと立て札に職員室と書いてある場所に着く。


「失礼します。転校生の小日向君を連れてきました」

「はい、ありがとね。じゃあ小日向君はこっちに来てね。桜崎さんは教室に行っても大丈夫よ」

「はい。失礼しました」


愛美が出て行くと若い女の先生らしき人が俺に歩み寄る。


「えっと一年A組の担任をしている高田結菜です。よろしくね、小日向君」

「あ、小日向柊です、よろしくお願いします」


自己紹介を終えると高田先生はおちゃらけた様に

「でも金曜日に転校は考えたわね」と俺の背中をパシパシと叩きながら笑う。この先生は元気系らしい。


「じゃ案内するからついてきてねー」

「はい」


一階から二階に上がると手前からE組D組C組B組

そして最後にA組の順に並んでいる。

他の教室を通る時に他の生徒の視線を少し感じたが、そのままA組に向かって歩いた。

A組に着くと「じゃ、先に私が入るから呼んだらきてねー」と先に入っていった。

いや、ちょっと待ってよ。心の準備ってのがあるでしょうが。

教室の中から「今日は転校生がきます!」と先生が言うと色々な生徒の喧騒が聞こえてくる。


「男子ですか!女子ですか!」

「男子よ!」


男子からは「えぇー」と落胆の声が聞こえ、女子からは「どんな人だろう」と期待の声が聞こえてくる。いや、期待されても困るんだけど。俺多分普通の顔だよ。


「じゃあ入ってきてー」


すーはーと深呼吸をして教室の扉を開く。教室に入ると一瞬無音になるがすぐにコソコソと話し声が聞こえ始める。

「え?茶髪?地毛?」「普通にかっこいくない?」

「おい宮田お前またライバル増えるぞ」「部活何してたんかな」「そんなにかっこいいか?」と色々な声が聞こえてくる。

高田先生が「おーしお前ら静かにしろー。休み時間にでも話せ。ということで自己紹介よろしくー」と他人事のように投げかける。いや他人か。


「えっと、小日向柊です。こ、これから、よ、よろしくお願いします」


俺の自己紹介が終わると拍手が起きる。よかった、変な失敗はせずにできた。


「じゃあ、あそこの席に座ってね」


高田先生が指をさした方を見ると、一番後ろの真ん中の席だった。


席に着くと右の男子が話しかけてくる。


「よろしくな」

「え?あ、うんよろしく」

「えっと柊だっよな、俺は雪嶋誠、誠って呼んでくれよ」

「あ、うん誠でいいかな」

「おう」


最初に話しかけてきた人が明るそうな人で良かった。トーク力とかないからこういう人はとても有り難い。


「えーじゃあ朝のHRホームルーム終わるなー。日直ー……は、いっか。よし休み時間ー」


なんて自由気ままな人なんだ。でもこれが当たり前なのか誰もつっこんだりしない。


そして終わると同時に人が押し寄せてくる。少しはくるかなと心の準備を万全にしていたのだが、予想以上に人が押し寄せてきた。


「はいはい並んで、並んで。そんなに一気に来たら柊が困るだろ」


誠がそう言うと先頭にいた、赤髪の可愛らしい女子が「あ、そっか!」と急停止する。


「いや、なんで誠が小日向君の管理してるの」

「一番最初に話したの俺だし」

「いや、関係なくない?」

「……よし誰から質問する?」

「無視!?」


なんてバランスのとれた二人なんだろうか。

でもお陰で、少し緊張が解ける。


「じゃあ俺から!」

「よし、裕也お前からだ」


裕也と呼ばれた人物は一言で言えばイケメンだ。クシャッとした髪がよく似合っている。


「どこの高校だったんだ?」

「隣の無月高校だよ」

「あーはいはい」

「よし次」

「じゃあ私!」

「優香か、仕方ないお前でいいよ」


優香と呼ばれた人物は誠とツッコミ合いをしていた女子だ。


「どんな子がタイプなの?」


周りの男子と女子の目が一気に俺に向く。皆んなこういう話が出て好きなのかな。


「俺は選ぶ立場じゃないからよく分からないかな」

「えぇー?」

「いや、柊お前どっちかと言うとイケメンの方に入ると思うぞ」

「そうかな、お世辞でも嬉しいよ」


すると誠が目を何回かパチパチとまばたきをすると、「あちゃー、こりゃダメだ」と目を手で押さえ顔を大げさに横に振っている。いや、何がダメなのかさっぱり分からないんだけど。


「まぁいいや。次」


それから休み時間が終わる1分前まで俺は質問責めにあった。でも皆んないい人達だったから良かった。


/\/\/\/\


誠に教科書を見せてもらいながら四時間目まで授業を終えた。確かに愛美が言っていたように、先生が教えてくれた場所は全部分かりやすかった。


「よっしゃー!昼飯だー!!」


昼飯昼飯……あ、俺昼ご飯どうすればいいんだ?

愛美から何も言われなかった。どうしよう。

愛美がいる二年の教室まで向かおうか。でも今日教えてもらったのは学年だけでクラスは教えてもらってないし。


「ん?もしかして柊は昼飯持ってこなかったのか?」

「う、うん」

「なら、食堂に行けばいいよ。ここは全部タダだし」

「え?ほ、本当?」

「おう」

「じゃあ行ってみるよ」

「あ、はいはい!私も行くから一緒に行こうよ!」


すると何処からか現れたのか優香が手を大きく上げている。ちょうど、どこに学食があるか分からなかったしとても有り難い。「よろしくね」と言うと「まっかせてー」と胸を張る。俺はその行動に顔を赤くし一瞬で目をそらす。


「どうしたの?」

「い、いや、お腹減ったなーって」

「なら急がなくちゃね」

「うん」


俺は優香に案内されるがまま、談笑をしながら食堂へと向かった。




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