第27話俺は部屋から出る
「し、失礼しましたー」
美鈴ちゃんは口をパクパクとさせた後スーッと部屋から出て行く。
今完璧に目があった。それも愛美と接吻をしている状態で。
「ど、どうする?」
「別にいいんじゃない?」
「そ、そうか」
そして彼女は何事もなかったように、またキスを始める。でも、先程と違うのは口ではなくて首という事だ。それが物凄くくすぐったい。
「あ、ちょっ」
「んー。んあっ」
「な、何すんだよ」
「ふふふ。柊は私だけのものだよ?」
その言葉と首にキスをしたのが何の関係性があるのか全く分からない。それになんかちょっと首痛いし。ヒリヒリする。
少しふやけた顔で「ねぇ、キスしよ」ともう一度愛美が言うと共に美鈴ちゃんが扉を壊す勢いで入ってくる。
「なんで私スルーされてるんですか!?」
「あら、いたの?」
「あら、いたの?じゃないよ!さっき目あったでしょ!」
「えー?」
「てか、姉さん学校は?」
「今日は休むわ。柊が抱きついて離してくれなかったから」
ギロリと美鈴ちゃんの目線が俺に突き刺さる。
いや、確かに寝ていて愛美を離さなかったけど、そこまで睨まれることか?
「あのお兄さん、明日学校に行くんですよ?それなのに姉さんに抱きついていたって……学校でもそうするつもりですか?」
「まぁ!私は大歓迎よ!」
「姉さんは黙ってて」
そう言われて「はい。買い物に行ってきます」としょんぼりと出て行った。妹は姉より強かった。
って、俺を置いてくなよ……ちゃっかり俺のこと囮にして逃げたし。
「お兄さん」
のろりのろりと若干左右に揺れながら俺に近づいてくる。あたかも幽霊に取り憑かれたかのように。
怖、怖いよ美鈴ちゃん。そして目がキラーンと光る。
俺は急いで布団に潜り込む。外から剥がされないように、内側を強く握る。
「あ!逃げるな!」
「絶対美鈴ちゃんぐちぐち言うでしょ!」
「言いませんよ!」
「ほんと?」
布団から少し顔をだす。すると美鈴ちゃんはニヤリと笑う。
「隙あり!」
布団が宙に舞う。美鈴ちゃんの顔を見ると満面の笑みで「ふっふっふ」と不気味な声をだす。
「なーんてね」
「え?」
「別に怒ったりしませんよ。外国とかだとキスで挨拶なんて事もありますし」
「あ、そ、そう?」
「それにビンタしちゃってますし」
確かにあの時のビンタは痛かった。気を失っていたからその時の衝撃と痛みは分からないけど、次の日の朝めちゃくちゃピリピリした。というか翌日まで続く痛みとかどれだけ力強いんだよ。
「さいですか」
「ま、そんな事は置いといて、制服着てみませんか!」
いや、ビンタした事は置いておきたくないんだけど。あれ結構理不尽だった気がする。
「あー、うんそうだね」
「ということで、じゃーん!これ桜崎の制服です!」
「なんて準備万端なんだ……」
美鈴ちゃんはドヤ顔で「でしょー」と嬉しそうに、はにかむ。
桜坂の制服は黒ではなくて赤だ。女子は確か青だ。前、愛美が着ているのを見たことがある。
でも、流石桜崎と言えばいいのか、デザインが全然他の高校と違う。高級感とかは無いけど、素直にカッコいい。これを俺が着るのか。似合うだろうか。
「ほらほらー早く着ましょうよー」
「そ、そんなに慌てないで」
俺の服をグイグイと脱がそうとする。
これじゃあ美鈴ちゃんがただの変態にしか感じない。
「はいこれ、ワイシャツです」
「あ、はいはい」
少し新品特有の、ノリの感触が腕に伝わる。当然といえば当然なのだが、少しひんやりしている。
そして続いてブレザーが渡される。
それも袖を通そうとすると「あ、その前にネクタイ結んでくださいね」と言われた。ネクタイの結び方とは?
「俺結び方分からん……」
「はぁ?嘘でしょ?」
「ほんとです」
「はぁー、まぁいいや。結んであげますから立ってください」
「あ、うん」
言葉に従いベッド立ち上がると首に腕を回される。
綺麗な茶髪とさっぱりとした甘い匂いが広がった。
「み、美鈴ちゃん?」
「ちょっと、動かないでください。今ネクタイ回してるんで」
「は、はい」
「じゃあ、結びますからちゃんと覚えてくださいね」
そう言うとゆっくりとネクタイを結び始める。ここら辺に気をつかえるのは美鈴ちゃんのいいところだ。
最初は“プレーンノット”というやつを教えてくれた。これが一般的ならしい。ちなみに桜崎はこれが主流ならしい。次に“エルドリッジノット”を教えてくれた。これはオシャレ用らしい。でもプレーンノットより少し複雑な結び方をしていた。これも桜崎では使っていいらしい。てか、結び方にも色々あるんだ。蝶結びしか知らなかった。あと固結び。
「はい、じゃあどれでもいいので自分で結んでみてください」
「う、うん」
俺は一番簡単そうなプレーンノットを選ぶ。初めて結んだけど一応結べた。けど――
「ぷっ。下の方長すぎますね。上の方が短くてダサいです」
「うっ」
仕方ないじゃないか。初めて結んだんだぞ。初めてにしてはよく結べた方だと思うけど!
「はい、やり直しですね」
「分かってるよ」
俺はさっきの経験を生かして少し下の方を短くして上の太い方を長く持つ。よし、今回はかなり綺麗だ。間違いない。
「お、飲み込みが早いですね」
「こんなの朝飯前だな」
「それにしてはネクタイ曲がってますけど」
美鈴ちゃんは再度俺に近づき「んー」と唸りながらネクタイを左右に揺らし始める。何回か揺らすと
「よし」と満足げに頷く。どうやら納得したらしい。すると突然――
「行ってらしゃい、お兄ちゃん」
「ふぇ?」
「あれ?こういう系のシーンとか憧れるって思ったんですけど……違いました?」
「いや、いきなりお兄ちゃんなんて言うから」
「あはは。そんなにビックリすることじゃないじゃないですか」
「ま、とりあえず似合ってますよお兄さん」とスマホで写真を撮りながら言う。やっぱりお兄ちゃん呼びは少し恥ずかしいしこそばゆかった。
その後俺と美鈴ちゃんは他愛ない話を愛美が来るまでずっと続けていた。
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「さて、夜ご飯も食べたことだし、部屋から出ましょうか」
その言葉は急に突然、突発的に彼女の口から放たれた。俺は目をパチリと何度もまばたきをしながら愛美を見つめた。それを悟ってか問い掛ける様に話し始める。
「だって明日から行くでしょ。目隠しして学校に行くのは無理だし。あ、でも車の時は目隠ししてもらうわね」
「ちょ、ま、待って。話に追いつけない」
愛美が「それもそうよね」と少し笑いながら説明し始める。
話をまとめると、別にもうこの部屋に閉じ込めておく必要もない。学校に行くしちょうどいい機会だった。
登校はいつも車ならしい。その時だけは目隠ししてほしいと。登校はいつも車って……やっぱりすごいな。
「中村さんには言ってあるの?姉さん」
「えぇ。柊を運んだ時も頼んだから」
「中村さんって?」
「私達の運転手?かな」
ここで一つ謎が解けたな。俺を気絶させた後が謎だった。なるほどやっぱり車を使ったのか。
「まぁいいわ。この話は少しづつしてくとして。
とりあえず案内するわね」
俺はまだ少し何が起こったのか頭で全く追いつけず、ただ空気の流れに身を任せて愛美達についていった。
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愛美に手を引かれながら部屋から出る。
初めて部屋の外を見る。ついにこの時が来た。心の感情が嬉しいのか嫌なのか他の感情なのか全く分からない。心臓がドクンドクンと速く脈を打つ。
部屋の外は白だった。真っ白……というわけでもないがシミなんてものはなく、少し他の色や飾り付けの様なものがしてある。というか壁自体がシミは許さないと主張しているように感じる。
「まぁ、今日はここから玄関までね。明日からだから、少し不安の部分もあるだろうし」
「う、うん」
手を引かれながら歩いていると先に俺を迎えたのは階段だ。階段?
「え?」
「あ、ここ地下よ」
「え?でも」
トイレは窓が付いていた。それも、ちゃんと光があったはずだ。
「トイレの光は作り物よ。暗いトイレって嫌じゃない」
「まじか」
「えぇ。それと一番大変だったのはご飯を運ぶ事ね。階段だと結構辛かったわ」
「あ、ごめん。ありがとう」
「ふふふ。いいのよ」
石の階段を上ると扉があった。それを開けると廊下が少し続いていた。見渡すと赤色で少し廊下ぎ着飾ってあった。俺の目線が愛美にちらりと向く。いや、深い意味とかないよ……多分。直感的っていうか。
「まずここがお風呂ね」
そこはもうすっかり見慣れたお風呂だった。ちなみに外側にはちゃんと施錠の機械のようなものが付いていた。
「次にここが私の部屋よ」
少し心が騒がしくなる。女子の部屋なんて初めて入るし、愛美の部屋なんて尚更だ。
扉を開くとそこには可愛らしいという感じはなく、いたってシンプルな部屋だった。テーブルとクローゼットと、ぐちゃぐちゃな布団。
「美鈴?」
「違うの!起きたらこうなってたの!」
俺と愛美で美鈴ちゃんを無言で見つめる。すると
「あー!そうです私が悪いんです!明日からちゃんと直しますから!」と引き下がった。どうやら美鈴ちゃんは押しに弱いらしい。
愛美がごく自然に俺の耳の近くで「あの時私この部屋で一人寂しかったのよ」とボソボソと耳打ちしてきた。あの時とはあの時なのだろう。
「いや、あれはお前が勝手に」
「……じゃあ、次ね」
無視された。
これ以上何を言ってもスルーされそうだから俺は開きかけていた口を閉じた。
「他にも部屋はあるけど、次で最後ね」
少し歩くと現れたのは玄関だ。この一つ扉の先に外がある。何ヶ月も見ていない、歩いていない、外なのだ。それを明日改めて感じることになる。
というか玄関が広い。これ靴何足並べれるのか知りたい。
「道は覚えた?」
「た、多分」
「そう。まぁすぐに慣れるわよ」
俺は「そうだな」と返す。すると横から聞いていたのか美鈴ちゃんが「え?これくらいの広さで驚いてるんですか?」とまじですか、みたいな表情をしながら言い出す。
「え?これめちゃくちゃ広いでしょ」
「えー?実家はもっと広いですよ。ね?姉さん」
「あそこは少し広すぎるわ」
愛美は苦笑いをしながら言う。これより広いってどんだけだよ。やっぱり住む世界が違う。俺がこんな家に住んでいるなんて夢にも思っていなかった。
「ま、とりあえず説明したことだし、寝ましょうか」
「そうだな」
俺がここぞとばかりに元の部屋に戻ろうとすると
二人同時に「そこ違う」と駄目押しされた。
☆
「姉さん明日だよ」
「分かってる」
明日だ。柊をここから出すのは。正直物凄く嫌だ。
何かあったらどうするの?
「義父さんが案内は姉さんがしなさいって」
「最初からそのつもりよ」
「うん。なら良かった」
もう、誰にも渡さない。いざとなったら親からでも逃げる。それくらい柊は私にとって大切な存在なんだから。
「とりあえず明日頑張ってね」
「うん」
そうして美鈴との会話は終わった。柊はいつ気づくのかな。
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