第23話美鈴は話をする

美鈴ちゃんは「いいですよ」と言って淡々と話し始めた。


「私は姉さんと同じ学校に行ってました。お兄さんは姉さんが何でも出来ること知ってますか?」


確かに彼女は何でもできる。ゲームも料理も髪を切ることも人に温もりを渡せることも。


「うん。知ってるよ」


美鈴ちゃんは少し悲しいような笑顔を見せてまた話始めた。


「私が中学校に入った時から姉さんは色んな場面で活躍して期待されていました。それこそ学校にも友達にも大人にも親にもです。そんな、なんでもできる姉さんの妹も当然なんでも出来るって思われてました。でも、私は別に姉さんみたいになんでもできるわけじゃなくて……寧ろ勉強もスポーツも努力して努力してやっと姉さんと同じくらいに出来るくらいで……最初はその期待に姉さんみたいに答えようって頑張ってたんですけど、その内姉さんは姉さんで私は私って思い始めてきて。他人の期待に答えようと頑張るのが馬鹿馬鹿しくて。

努力することもやめて、そうなったら当然、姉さんみたいに出来る事も無くなって、だんだん人より出来なくなって、そんな私を周りの人達は期待外れの人間って言い始めました。クラスでも私を罵倒する言葉がどんどん聞こえてきて、友達もいなくなりました。それで学校が怖くなって。皆んな美鈴っていう私を見ていたんじゃなくて、姉さんの妹の美鈴しか見ていなくて。学校に姉さんの妹の美鈴の居場所しかなくてただの美鈴に居場所なんて無かったんです」


そこで立つのが疲れてきたのかその場で体育座りなった。もしかしたら疲れたのではなくて、泣いている顔を見られたくないのかもしれない。だって体が震えているから。


「それから私は学校に行かなくなりました。姉さんはそんな私を見て本当に申し訳ない様に「ごめんね美鈴」って言ったんですよ。今思えば私を本当に大切にしてくれているって思うんですけどその時の私はそれが腹立たしくて姉さんに暴言を吐いたりして」

「うん」


俺には今ちゃんと話しを聞くことしかできない。潤ならどうしているだろうか。いつも潤は俺の背中を優しく叩いてくれていた。俺は気づくと明るい綺麗な茶髪を優しく撫でていた。美鈴ちゃんはビクッと震えたが何回か撫でているとまた話始めた。


「それでも何回も話しかけてくれる姉さんに少し救われて、もう一回学校に行こうって思って、もしかしたら皆んなちゃんと私を見てくれるかもって。

でも、私の教室に私の椅子と机は無かったんです。

……あったにはあったんです。でも、それは机なんてよべなくて、期待外れのゴミとか色々書かれて、やっぱりただの美鈴っていう私に居場所なんてここには無いんだって思ったら、もう泣いて学校から走り出して家に帰ってました。

そんな私を見てお父さんとお母さんは「行きたくなったら行けばいいよ」って言われて、その時は家族だけが心の支えでした」


俺には無かった家族の心の支え。俺には美鈴ちゃんが辛い話をしているのにも関わらず羨ましいって思ってしまった。家族の支えと友達の支え。

美鈴ちゃにはあって無かったもの。俺には無くてあったもの。


「姉さんは「本当にごめん。ごめんなさい」って。

でも、これって姉さんが悪いわけじゃないですか。

私が努力をしなくなったのが原因で、私が悪――」


そこで俺はこの次を言わせてはダメだと思った。それを言ってしまうと彼女の妹を肯定してただの美鈴ちゃんを否定しているから。


「それは違うよ、美鈴ちゃん」

「え?」

「美鈴ちゃんは努力して人よりも出来るようになったんでしょ?それの何が悪いの?寧ろ褒められるべきだよ」

「でも姉さんに比べると」

「全然ダメって事?」

「っ!」


腕の中にすっぽり収まっていた顔がさらに深い位置に潜り込む。何かから隠れるように。


「でも、それってあいつに比べたらでしょ?もし、美鈴ちゃんが違う所に行って誰もあいつの事を知らなかったらどう?」

「えっと」


美鈴ちゃんは腕からゆっくりと顔を出す。。目元がうっすらと赤いからやっぱり泣いていたのかも。辛い話をしていたらそうなるはずだ。


「人よりできるのに暴言を吐いてくるやつなんていないよ。もしいるならそれはただの妬みだよ。もしかしたら美鈴ちゃんに暴言を吐いていた人達も姉も優秀で妹も優秀ってのが気に食わなかったんじゃないかな?」

「あ」

「そう。そこで美鈴ちゃんが頑張るのをやめて隙を見せたから、色んな人が自分の中にある嫉妬心を言葉の暴力に変えて振るったんだと思うよ。だからって美鈴ちゃんが努力をしなくなったのが悪いわけじゃない。誰だって辛いときはあるし、やめたくなる時もあるから」


美鈴ちゃは俺の言葉を聞いてか、嗚咽を漏らしながら涙を流し始める。

俺は頭を撫でるのをやめて背中をさすった。


「私は……私は悪くなかったんですか?期待外れの人間じゃなかったんですか?」

「うん。ただそこが美鈴ちゃんに合ってなかっただけだよ」


美鈴ちゃんはそれ以上何も言わなくった。けど、その無言の状態は息を整える時間だと理解して俺は背中をさすり続けた。やがて息が整ってきたのかゆっくりとまた話始めた。でもさっきと違うのは顔を隠して話すのではなく俺を見て話していることだ。


「ありがとうございますお兄さん。なんか結構スッキリしました」

「うん。良かった」

「でも、お兄さんこんなにカッコいい事言えたんですね。てっきり姉さんのヒモって思ってました」

「うるさいわ。てかそれ前も言われたから」

「あははは」


さっきの話とは一転こんなに笑っているのだから、本当にスッキリしたんだと思う。

美鈴ちゃんに潤みたいな存在がないなら、俺がそれになればいい。これで俺にあって美鈴ちゃんに無いものが無くなったはずだ。


友達は作れるかもしれない。でも、親や兄弟を失うとどんなに努力をしても作れない。

美鈴ちゃんはどう思っているか分からないけど、その両方を持っている美鈴ちゃんが俺にはとても眩しくて羨ましかった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る