第21話俺は髪を切る
俺は扉を開けようか迷った結果やめた。
今はこの生活が好きなんだ。でも確かに、変化は起きて欲しいと思っている。けどそれは“良い変化”であって“悪い変化”は求めてない。
もしかしたら“良い変化”が起きるかもしれないけど今は心に余裕がないためにギャンブルのような事は出来ない。リスクも無ければメリットもデメリットも無い。
そして妹さんが『俺を学校に行かせる』と言った言葉。
本当に姉が心配で言った言葉なのかそれとも違うのか。最終的な判断は彼女が決めれるのか妹さんが決めるのか。――分からないことが多すぎる。
「お兄さん」
「え?」
いつの間にこの部屋に戻ってきたんだ?考えるのに夢中になっているうちに入ってきたのか?
「姉さんには話してきましたよ」
「え、あ、うん」
「それにしてもこの部屋退屈じゃないですか?」
「いや、別に」
「テレビしかないじゃないですか」
「え、まぁうん」
すると今度はいつものピーと音が部屋に響いた。
一瞬まずいと思ったのだが、もう赤裸々に話したから別に大丈夫かと安心する。
「ご飯にしましょうか」
「やった!久々に食べるなー姉さんのご飯」
「そうね」
このやり取りも家族では普通の事であって、今の俺の様に羨ましいなんて普通の人は全く思わないだろう。にしてもやっぱりそっくりだ。唯一違う点と言えば胸の大きさと身長と黒髪か茶髪かの違いだろう。
彼女の綺麗な黒髪と違って妹さんは明るい茶色だ。
「どうしたの?」
「ん?あ、いや顔とかそっくりだけど髪の色は違うんだなと思ってさ」
「あーそうですね。私茶髪ですしね」
「そういう貴方も茶髪じゃない」
妹さんみたいな明るい茶髪じゃないけど、一応俺も茶髪だ。もちろん染めたわけじゃない。
俺を捨てた親のどちらかが茶髪だったのかもしれない。まぁ確かめようも無いけど。
「てか、お兄さん髪長すぎじゃないですか?」
「まぁ、2ヶ月以上も切ってないからな」
「今日切ってあげようか?」
「お前髪まで切れるの?」
「昔は美鈴のも切ってたわ」
「姉さんそこそこ上手いから大丈夫ですよー」
前は髪を切るお金も無かったから、大家さんに切ってもらっていた。髪を切る時に何も会話が無かったから少し気まずかった。大家さんは元気にしているのだろうか。まぁ顔を見ることはもうないだろう。
「そろそろ邪魔だったし、お願いしてもいいか?」
「えぇいいわよ」
「そんなことより早く食べませんか?冷めたら勿体ないですし」
俺の髪が長いっていう話題を出したのはどこの誰だよと思ったが、元は俺がこの姉妹のことを話したから始まったことであり、俺が悪い事に気づいたからこれ以上渋い顔をするのをやめた。
それにしてもこの態度を見ている限りだと、どっちが姉でどっちが妹とか分からなくなるな。
「あ、姉さん椅子どこにある?お兄さんとお姉さんの分しかなくない?」
「ベッドにでも座ればいいじゃない」
彼女がいる時限定で鎖を外したことによって俺にも椅子が用意されたのだが、妹さんの分は流石に無いようだ。
妹さんは少し不満を抱きつつもベッドに腰をかけた。
俺と彼女でテーブルを持ってきて、皿を並べ終わると「ほらお兄さんも早く座ってください」と言って早速片手に茶碗を持ち美味しそうな肉を頬張っている。どこまでマイペースなんだろうこの子は。
あと肉食い過ぎ。
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一人増えた食卓に彼女の美味しいご飯を食べた後満腹になりながらも俺は風呂に入っている。
目隠しと手錠をされる時に人に見られるという羞恥心があった。
まぁ、今の状況に比べれかなり楽なものだったけど。というのも――
「なんでお前まで脱いでんだよ」
「だって暑いじゃない。それにちゃんとタオル巻いてるから平気よ」
俺が平気じゃないなんて言えない。2ヶ月一緒に暮らしているとはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい。
これがなんとも思っていない女子であれば、トラウマの効果で何の興味もないが彼女はそういうわけにはいかない。
「とりあえず髪切るわね」
「もういいや。まぁ頼むわ」
「どんな感じがいいかしら」
「お前の好きなようにしてくれ」
「わかったわ」
風呂にチョキチョキとハサミが俺の髪を切る音が響く。どんな感じになるのだろうと思う半面、学校に行くという話題が妹さんから出されているため少し気まずさ感もある。
5分くらい妹さんの話をしていたのだが、それ以上の会話は無かった。
だけど彼女から新しい話題を待つのも流石に甘え過ぎのような気もしたので、俺から話題を出す。それも今日とれたての新鮮の、だ。
「お前はどう思ってんの?」
「美鈴のかしら?」
「あぁ」
鏡で彼女の表情をうかがうと少し眉にしわを寄せている。でも、手は止まっていない。
「逆に貴方はどう思ってるの?」
「俺は……この生活が終わって欲しくない。だから行かないとダメって思ってる。でも、お前が行くなって言うなら行かない。お前が一緒に逃げようって言うならそれに着いて行く……だから俺はお前が言った通りにするよ」
彼女は一瞬驚いた表情になるが、すぐにいつもの顔に戻る。すると初めて彼女の手が止まる。それと同時に口が開く。
「私もこの生活は終わって欲しくないわよ。でも貴方を離したくもない」
「じゃあどうするんだ?」
「でも、あの人達から逃げる自信もない」
あの人達とは、多分両親のことだろう。
「だから、行かないとダメなのかもしれない。貴方といる時間は今よりも少なくなってしまうかもしれない。けど、この大切な時間が無くなるよりはマシだわ」
「……そうか」
彼女がここまで言うのなら恐らく俺は学校に行くことになるのだろう。確かに彼女が言うようにこの大切な生活が無くなるよりはマシなのかもしれない。
もし、行くとなったらどこの学校に行くことになるのだろうか。もう前の学校には戻れないだろうし。
まぁ、今はこれ以上変な空気にならないようにしないと。
「どんな感じになりそうだ?俺の髪」
「え?えっともう少しよ」
いきなり話題が変わった事に驚いたのだろう。普段の彼女ではなかなか聞けない声が聞こえた。
それを誤魔化すように慌ててすぐに手を動かし始めた。
するとさらにそこから10分くらい過ぎただろうか。体内時計なのであまり正確ではないと思うけど多分そのくらいだと思う。
「お、おぉ」
「結構かっこよくなったんじゃない?元からかっこいいけど」
「いや、すげぇよ。これ。なんか別人みたいじゃん」
不衛生に伸びきった髪全体がスッキリした。髪を切っただけなのにこんなに変わるんだ。大家さんの時は大体前髪ぱっつんだったから後で自分で少し切ったりしたけど上手くいかなくて潤に腹抱えて笑われた。
「よかったわ」
「ありがとな」
「えぇ」
すると彼女がゆっくりと屈み、俺の首に手を回し、布越しに何か柔らかい物が当たっていることなんか気にしないように俺を抱きしめる。
一瞬反抗しようと思ったのだが、彼女の声を聞いてやめた。
「私から離れていかないでね」
その一言の中に色々な意味が詰まっているのだろう。いつもとは違う気がした。それは俺と彼女が離れる時間があるからだろう。この変化は良いことなのか悪いことなのかはまだ俺には分からない。
だから今は彼女を安心させるのが一番だ。
「分かってる大丈夫だから」
「でも……」
「ほら、のぼせたらまずいだろ。さっさと体洗って上がろうぜ」
「うん」
俺はさっさと体と髪を洗い、彼女の疲れを考慮して自分で頭皮マッサージをして風呂から上がった。
これは余談なのだが、目にシャンプーが入り悶え苦しみながら、シャワーを探していると何か大きな柔らかいものを鷲掴みしてしまい、彼女が「きゃっ」と甘い喘ぎ声を出した後に「えっち」と言われたのは誰にも言わない。
目を瞑っていたから何かは分からなかったけど、背中に当たっていた物と一緒の感触がしたなんて思ってない。
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