第18話俺も耳が弱いらしい
「男がする膝枕って需要あるか?」
男の太ももなんて別に硬いだけでなんの得もない気がする。俺はそんなに筋肉とかないからそこまで硬くないかもしれないけど。
「貴方ならなんでもいいわよ」
「そうか」
「それに頭も撫でてもらってるしね」
これ以上会話は続かなかったけど、今はこの空間がとても心地いい。一悶着あって偶に気まずくなることはあるけど、それは日に日に無くなっている。
今こうして、触れ合っている、それが何よりの証拠だと思う。
考えごとをしていたせいか、頭を撫でいたはずの手が耳をかすった。
「ふにゃ!」
「ふにゃ?」
「な、何でもないわよ」
「……」
無言で俺はもう一度耳にわざと手をかすらせる。
「ふやっ!」
今ので確信した。こいつ耳が弱い、それもかなり。
こいつの弱点が1つ分かった。今度ゲーム中に触ってやろう。ふふふ、これで俺の勝ちは確定した。
「お前耳弱いんだ」
「そ、そうよ悪い?」
「いやー別に」
「ちゃんと撫でてよ」
そういえばこれいつまでやらないとダメなんだろう。もし本当に寝るまでとなると流石に足と手が死ぬ。
「なぁ、これいつまでやればいいんだ?」
「あ、いつでもいいわよ」
それが一番困るやつです。今8時40分だから9時までにしようかな。
でも、不思議だ。2ヶ月前くらい前まで絶対にここから抜け出してやる、って言ってたのに今となっちゃ、こうしてずっとこいつと居たいって思っているんだから。それにもう1つ不思議な事と言えばタンスと杭を見ると頭が痛くなることだ。
これだけは本当に理由が分からない。
どこかで、思い出せ、思い出せ、と言われている気がするのだが、それを脳が許してくれない。
それでも、タンスの中、この家に何があるのか、ここはどこなのかは気になる。彼女が俺の事を信じてくれれば色々と分かるはずだ。でも、今この状態が変わっていない事を見るとまだダメなんだろう。
「ん、もういいわよ」
「ん?あ、おお」
「ありがとね」
そう言って抱きしめられる。最近こいつの方から抱きしめてくるから驚きも少なくなった。
ただ一つ慣れない事と言えば、何がとは言わないが
抱きしめられると柔らかいものが当たることだろうか。何がとは言わないけど。
途端に彼女の顔が俺の耳元に近づく。何もされてないけどこそばゆい。
「ふぅー」
「ふはっ」
「んー?貴方も人の事言えないわね」
まさか俺も耳が弱いだと?これじゃあ俺もゲーム中に弄られる可能性があるってことか。ヤバイじゃん。勝ち目が無くなるじゃないか。
「う、うるさい」
「こんな事もできるけど……はむ」
「ひゃっ!」
こ、こいつ、耳咥えてきやがった。体全体がゾワゾワした。全身の肌が粟立つ。
「ちょ!お、お前!にゃい!」
咥えた状態で息を吐かれると何とも言えない感じが体を襲う。
「にゃい?」
「分かったからさっきのは謝るから!やめろー!」
「私を甘く見ないことね」
「すみませんでした」
「ふふっ」
こいつ猫なのか?と思うことがよくある。
学校に行く最中に偶に猫がいたのだが、その猫は、しゃがむと胸に飛び込んできたり、疲れて歩いていると「なー」と言って靴の上に足を置いてきたり。
甘やかしたり、甘やかされたり。とにかく癒しだった。その行動に違う意味があったらかもしれないけど。
「貴方違う人、いや生き物のこと考えてたでしょ」
「え?ま、まぁな」
「なんのこと考えてたの?」
やっぱりエスパーだね。てか、もう言う必要性もなくなってきた。
「いや、ちょっと猫のこと」
「ふーん。猫のこと好きなの?」
「好きっていうか、癒し?」
「私よりも?」
おう、久々にきたぜ、ヤンデレモード。別に嫌じゃないからいいんだけど。
「猫には猫にしかない癒しがあるけど、お前にはお前にしかない癒しがあるだろ」
「んー。まぁそれもそうね」
すると不意に携帯の着信音の様なものが鳴る。
俺はスマホなんて持ってないから、恐らくこいつのだと思う。
「誰よ、こんな時に」
珍しくちょっと不機嫌だ。あまり、人付き合いが得意じゃないのかもしれない。……それはないか。
こんなに俺にグイグイ来るんだから。
「え」
彼女の顔が驚愕に染まる。
「ん?どうした?」
「い、いや。ちょっと」
「なんだよ。ちゃんと言ってくれよ」
「が、学校の人からよ」
「あぁ、なるほど。お前最近休んでるもんな」
「え、えぇ」
確かに2カ月の間ほんの少しだけ学校に行っていたけど、最近は行ってなかったから心配されているのだろう。羨ましい。俺は潤くらいしか心配してくれていないと思う。
「そういえば、俺の学校どうなった?」
「あ、それならもう大丈夫よ。やめておいたから」
でも、そんな簡単に他人が辞めさせれるのだろうか。やっぱりなんか色々としたのかな。主にお金で。
「……そうか。アパートは?」
「それはまだね。でも、もうすぐで解約できるから安心して」
「ん」
こいつがそう言うのなら大丈夫なのだろう。
何かとこいつが俺に嘘をついたことなんて一度も無かったし。
「どうする?そろそろ寝るか?」
「そうね」
この日はこれ以上何も起きることなく二人とも眠りについた。
/\/\/\/\
「ねぇ、起きて」
ゆさゆさと強めに体が揺さぶられる。深い眠りから一瞬で目覚める。時計を見ると短針が3を指している。
「なんだよ、てかまだ3時じゃねえか」
「ご、ごめんなさい」
「まぁいいけど。なに?トイレ?1人で行けよ」
「私はそんなに子供じゃないわ」
「じゃあなんだよ」
こんな時間に起こされるなんて、ホテルで潤がトイレ行きたいって起こされたぐらいだ。
あれはなかなか迷惑だった。
「その、やっぱり嘘はつきたくなくて」
「嘘?」
「その、私の妹が来るわ」
「……は?」
「だから妹がくるの!」
「いや、くるの!って言われても。で、妹が来るからどうしたんだ?」
俺は体を起こし、あくびをしながら彼女の方に向く。ご丁寧に薄暗いライトが照らしてある。
それに紅茶らしき物まである。どんだけ準備万端なんだよ。有り難く一口すする。温かい飲み物を飲んだからか、とても寝たくなった。でも、彼女の真剣な眼差しを見ると寝るに寝れない。
「もしかしたら、私の妹にこの事バレるかもしれないの」
「え、なんで?」
「私含め家族は妹に隠し事ができないの」
「それってつまり血の繋がっている人ってことか?」
「いえ、本当に家族だけよ。私、母、父だけよ」
「それって超能力てきな?」
「いえ違うわ。いつもと違う雰囲気とか動作で分かるらしいの」
それってほぼ超能力と一緒じゃないんですかね?
てか、嘘つけないってやばすぎだろ。俺は家族いないから分からないけど、家族でも嘘はつくことがあると思うし、それが出来ないってなると色々と辛くないか?
「それは大丈夫よ。母も父もよっぽどのことがない限り嘘なんてつかないから」
「多分お前が俺の心読めるのもその類なんだろうな」
「私は家族じゃなくて、愛してる人だけどね」
「はいはい」
この状況でそんな事言えるのなら余裕があるように見えるけど。
「それより、どうしたらいいのかしら」
「その、妹さんはここに泊まるのか?」
「多分2ヶ月くらい帰らないと思うわ」
「長いな」
「多分両親がお願いしたんだと思う」
「そうか」
彼女の家庭事情は俺にはさっぱりだけど、一つ分かることは大切にされているって事だ。
本当の俺の親は何をしているんだろうか。生きているのなら聞いてみたい、なんで捨てたんだって。
「てか、なんで嘘ついたんだ?」
嘘をついた理由がさっぱり分からない。こんなに大変なことなら嘘を付いたってなんの得もしないだろ。
「その、私の妹に気を取られないか心配で」
「なんだそりゃ」
どんだけ乙女思考なんだよ。普通に可愛いわ!
「どんな心配したんだよ」
口がにやけそうになるが必死に堪える。寝起きの顔でさらににやけてたら、気持ち悪い顔になってそうだし。
「でも、私の妹私にそっくりよ?」
「中身は?」
「それは違うけど」
「なら、大丈夫だろ」
「なんで?」
「確かにお前の外観は良いと思ってるけど、それ以上にお前の中身が好きだから、お前の事良いと思ってんだよ」
「もう普通に好きって言ってよ。一回好きって言ったのに」
「別にいいだろ」
「ふふっ。でも嬉しいわ……貴方も眠たそうだし、
この話は明日ご飯でも食べながらしましょう?」
「りょーかい。じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
俺は彼女に背中を向ける形で寝たふりをする。
一番逃れたい事はこの事を妹さんが、親に言うことだろう。普通の親であればこの状況は認められることじゃない。そして一番あってほしいことは、妹さんが認めて黙秘してくれることだろう。
彼女が言うには、親がお願いして妹さんがここに来るのだから、報告的な事はするだろう。
どうすればいいのだろう。俺は8割くらいの確率で妹さんは認めてくれないと思う。
この生活を守るためには何ができるのだろう。
俺には何が……そう考えていると、全く寝てないからか普段の2倍くらいの睡魔が俺を包み、夢の中に引きずり込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます