第16話俺は初めて好きになった
4レース、偶数にしたのを間違えたのかもしれない。交互に10位と11位を取り合った。つまり結果は引き分けだった。
「引き分け……もう一回するか」
「その、私疲れたわ」
「そうか」
ここで、無理矢理にでも言い訳を付けてもう1レースして俺の意思を一方的に伝えようと思ったのだが、今対戦した結果、次俺が勝てる確証はなかった。
その点では彼女の申し出は少し有難いようにも感じた。
「ど、どうするの?」
「そうだな」
彼女が「ならこの話は」と言ったところで俺は咄嗟に「待ってくれ」と強めに彼女に発言した。
今やっと掴んだチャンスなんだ。これを離したらまたいつチャンスが来るか分からない。これは絶対に離してはいけないものなんだ。
「引き分けだから、お互いに言うことを聞く、でどうだ?」
彼女は少しの間考える仕草を見せると「分かったわ」と了承してくれた。
「どっちが先に言う?」
「私からでいい?」
先手を取られた俺は体が勝手に首を縦に動かしていた。俺はどんなお願いごとをされるのだろう?
やっぱり彼女のした事を忘れろと言われる可能性が一番高い気がする。どう忘れよう。頭を強く打つとかか?でも、これまでの記憶も無くすのは嫌だし。
「わかった」
「…………わたしは」
すると、不意に彼女の大きな瞳からでた、雨粒のようなキラキラした涙が、頰から一粒流れ落ちた。
「え?」
「わたしは、貴方が、
彼女の瞳に溜まった涙が滝のように流れ落ちてくる。
終始震えきった声だった。でも、彼女は目線を俺から一瞬も外さなかった。この空いた四日間で彼女の思っていた不安を全部吐き出したのだろう。さっきよりも、僅かであるが顔がいつもの彼女の顔に戻った気がした。
「分かったよ」
「い、いいの?」
「それがお願いごとなんだろ?今回は拒否権はないしな」
それに拒否権があったとしても、俺の返事は同じだ。
彼女の方から出て行けと言われない限りそれは無いと思う。もうこの際ヒモでも彼女と居たい。
いや、ヒモはやっぱりダメだ。でも、そのくらい俺は彼女と居たい。それを、彼女も俺と一緒に居たいと言ってくれたのは嬉しかった。
「うぅぅぅ、よがっ……だ」
彼女は溢れ出ている涙を止めようとせず、嗚咽をもらしながらも、安心を表していた。
――さて、俺は何のお願いごとをしようか。
最初の目的は彼女の嫌悪感をなくすことだった。
どうなんだろう……彼女は自分に対する嫌悪感をなくしたんだろうか。もしそうだとしたら、それでいいのだが。
するとだんだん、涙と呼吸が落ち着いてきた彼女は俺を弱々しく見た。
「それで、あ、貴方のお願いごとは?」
「あ、いやその、だな」
「貴方に私が嫌だと思われているのは自覚してる。だから言いたいことは大体分かる」
あぁ、まだ無くなっていなかったんだ。
確かに彼女は側にいてくれるだけでいい、ここから出て行かないで、と言っていた。俺とまたあの同じ生活に戻りたいとは言ってなかった。
でも、俺はその彼女の言葉の中に俺の願いが入っていると思っていた。でも、入っていなかった。
うん、やっぱり彼女の嫌悪感を無くす目標にしよう。でもどうすればいいのだろう。
そのまま言えば伝わるだろうか。いやでも、今こういう事を思っていいのかは分からないけど、男としてカッコつけたいっていうか、この場を利用して四日分の愛を取り戻したいっていうか。
強欲だろうか?でも、今俺が行動すればなんでも上手くいく気がする。
とにかく、彼女に俺が嫌がっていないと分からせる方法。
――人にされて嫌なことは人にするな
誰しもが、大人に言われたことがある言葉。
逆に人にされて嬉しいことは人にしなさいということではないだろうか。
同じことをすれば、四日分の愛も取り戻せるし、彼女も俺が同じ事をしたと思えば分かってくれると思う。
舌入れるのってどう動けばいいんだ?
でも、こんな考えが浮かんでくるくらいにはいつもの生活に近づいた感じがする。こう、リラックスしたって言うのかな。
「あの、だから近づくなって言うのならそれは絶対に守るから」
「それはない」
「え?」
「お前勘違いしてんだよ。いつ俺がお前のしたことに嫌がったんだよ」
「でも、私がした時に顔をしかめたじゃない」
「そうだな。でも理由を言う前にトイレ行かせてくれよ」
「? え、えぇ」
彼女にとっては意味が分からないだろう。
いきなりこの雰囲気でトイレに行きたいって言うなんて空気が読めてないのにもほどがある。
彼女もそう思ったのだろう。首を傾げて一瞬何を言っているのか分からないみたいな視線を向けてきた。
だが別に俺はトイレには行きたくない。俺がトイレ
に行きたいと言った時にする彼女の行動が目的だ。
「えっと、ごめんね。これは付けるわね」
タンスからいつもの、目隠しと手錠を取り出した。
彼女はいつも通り俺に近づいて手錠をかけようとした瞬間に、俺は彼女の腕を今度こそ掴んで引き寄せた。
「え?ちょ、ちょっと」
俺はまず彼女を強く抱きしめた。よし、まず今日の朝の分はゲットした。やっぱり起きて誰もいないのは寂しかった。
「え、なんで?」
「お前さっきから、えしか言ってないな」
「でも、だって」
まぁ、たしかに彼女からしたら驚きなのだろう。
自分は相手に嫌われていると思っているのに、いきなり抱きしめられるんだから。
そんなことを気にしない俺は久々の彼女の温もりと柔らかさをじっくり感じていた。
「さっきも言ったけど、お前勘違いしてんだよ」
「どういうこと?」
「こういうこと」
彼女をこっちに向き直させて後頭部を手で優しく掴み俺の方に近づける。
彼女の事情なんて知ったもんかと、無理矢理口と口をくっつける。
「んっ……んふっ…………んあ」
「んっ。分かってくれたか?別に嫌じゃなかったんだよ。ただ単にいきなりされてビックリしただけなんだ」
「……なんで、なんで貴方は私に優しくしてくれるの?お風呂の時も抱きついた時も、力づくで離そうと思えば離せたじゃない」
彼女はせっかく止んできた涙をもう一度溢れさせた。今日めっちゃ泣くな。
「はぁー。言っとくけど俺はお前が思っているより、ずっとお前のことす……お前のこと良いと思ってるからな」
「そこは好きって言ってよ」
「いや、そのすまん」
「貴方は私のこと嫌じゃないってこと?」
「何回言わせるんだ」
「っ!!……ごめんね……ありがとう」
「あぁ」
「あ、お昼ご飯」
「あ、忘れてたわ。食べるか?一緒に」
「っ!う、うん!」
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久々に彼女と食べたご飯は冷めてても一番美味しく感じた。
「彼女が少ししょっぱくないかしら」と言うから
ここぞとばかりに「泣いてたからだろ」と返すと顔を真っ赤にして「忘れてよ」と目線を外した。
少しの沈黙が続くと、彼女も俺も一緒に笑った。
やっと戻ってきた。たった四日間かもしれないが俺にはとてつもなく長く感じた。
今は少しぎこちなさが残っているがそれは時間が解決してくれる。それに頭皮マッサージをしてくれる
と言っていた。恥ずかしいけど、まぁいいか。
「でもさ、お前意外とバカだな」
「藪から棒ね」
「いやだってこの鎖とそこの扉のロックがある限り俺抜け出せないだろ」
「そうね」
「なのに泣きながら行かないでって言ってたぞ」
すると、彼女がプルプルと震え出した。
「そ、それくらい必死だったのよ!」
「そ、そうか」
そんなに大きい声出さなくても。あ、もしかして泣いてたの言われるの恥ずかしいんじゃないのか。
「それに、私が違うお願いして貴方が出て行きたいって言ったらそれこそ終わりじゃない!」
「あ、それは盲点だったわ。てか最初から出て行くなんて言うつもりは無かったし」
目を点にした彼女の口が少し開いた。
「え?そうなの?」
「うん」
「でも、勝負する前に出て行くって言ってたじゃない」
「あー、それお前を釣る罠」
「罠?」
「お前がゲームっていう餌で俺にキスしただろ?だからお前が多分一番嫌がる出て行くことを餌に使って勝負に誘ったわけ。ルールを言って断られる可能性があったからな」
「意外と頭が回るのね」
「意外は余計だろ」
「ふふっ」
さっきまであった溝なんて無かったようにいられる。もう溝なんて絶対に作りたくない。
潤の言っていた“笑顔にしたくなる”“笑顔を見るとどうでもよくなるが”ちゃんと分かった。
彼女の事を第一に考えて、いい意味で彼女の事を考えずに、俺の気持ちを無理矢理一方的に伝えた。
それが今回は上手くいった。
愛を知った人間ってこんなに必死になって動けるんだな。俺を拾ってくれた最初の親からの家族の愛ではなくて他人からの愛。俺から初めて愛をあげようと思った彼女。
俺はこの大切な彼女とずっと一緒にいたい。
監禁なんて条件付きの同棲みたいなもんだ。
今日はいっぱい彼女から温もりをもらおう。
「今日はこっちで寝ていいの?」
「おう、当たり前だ」
「ふふっ。ありがとう」
彼女の満面の笑みにドキッとしたのは彼女には秘密にしておこう。可愛すぎて悶死するかもしれないし。でも、また見たい気もするからまた甘やかせば見れるかな?よし、今日は俺からも甘やかしてみよう。甘えさせられてばっかりだと、男が廃るしな。
あ、この後彼女からしてもらった頭皮マッサージはいつもより長くしてくれました。すっごい気持ちよかったです。俺あいつのこと甘やかせられない気がしてきた。やっぱりもう廃ってるわ。好きって言えなかったし、彼女と同じことするって言っておきながら舌入れれなかったしね。
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