第15話俺は彼女とゲームをする


互いに酸素を求めるような呼吸が少しずつ落ち着いてきた。まだ、頭はぼーっとしているし、体に力が入る気がしない。彼女の方は朝と同じように俺に覆いかぶさるようになっている。唯一朝と違うのは彼女の目がトロンとしていることだろうか。


「……おまえ……なあ」


今出せる声を振り絞る。それでも声は小さく、今の彼女には聞こえているのかは分からないくらい、小さな声だった。


「はぁはぁ……ご、ごめん……なさい」


甘い吐息を吐きながら、俺に謝ってくる。

謝るならするなよ、という考えは起きなかった。

それは、俺の頭がぼーっとしていたからか、それとも嫌じゃなかったからなのか、今は本人の俺にも分からなかった。


すると彼女は自分が何をしたのか気づいたのだろう。顔がくしゃっと歪んだ。

恐らくだが、自分がやったことは俺を襲った名前も顔も知らない奴がやった事と一緒の類いということに。


彼女は無言でベットの脇に立ち、のろりのろりと部屋の出口である扉を目指して歩いた。

俺は彼女が自分を嫌悪しているように見えた。

このままでは彼女が自分に何をするか分からない。

彼女の真っ直ぐであり、綺麗な愛とは言えないかもしれないが、俺に唯一愛をくれる彼女の傷ついた姿は見たくない。自分を嫌悪している彼女は俺にこれから愛をくれないかもしれない、と思うと俺は彼女に腕を伸ばした。


……でも掴めなかった。


あと俺が一歩踏み出せれば掴めていた。

これほど鎖に苦しめられるとは思ってなかった。

それに鎖を見ると頭が痛くなる。無性に怒りが湧いてきた。

俺は鎖から逃げるように目線を外し、声で彼女を止めようとした。


「まてよ」


ようやくいつもの声が戻った。でも彼女には確実に聴こえている筈なのに、こちらに一度も振り向くことなく部屋から出て行った。最後に一度だけ歩みを止めて「ごめんなさい」と言い残して。











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あれから何日経っただろうか。多分四回寝たから四日経ったと思う。

彼女とは一応会話はある。

けど、「おはよう」「ご飯よ」「お風呂は?」「おやすみ」くらいの本当に必要最低限の会話しかない。それにご飯も一緒に食べる事はなく「後から取りにくるわ」と言われた。寝るときも今はこっちで、彼女は寝ていない。


また、冷たくて一人の夜となってしまっていた。

温もりが無くてなのか、少しねむっては起きて少し眠って起きての繰り返しだ。お陰で風呂にある鏡で見た俺はクマができていた。それに心なしか全体的にやつれていた。


彼女から溢れ出る温もりは俺をこんなに癒してくれていたのか。本当の親が俺を捨てた、という事には幼い頃から知っていた。この心の傷にも気にしないようにしていたが、やっぱりどこかで心の傷が痛む事がよくあった。そんな傷を癒してくれたのが彼女だった。

たった数日一緒に生活をしただけで俺は彼女から離れたくないと思っていた。それこそ最初はこんな

こと間違っていると思っていたけど、別に間違っているなんて今更だと感じた。俺を捨てた親だって間違っているはずだし、俺を扱ってきた人達の行動も本当は間違っていると思う。

だから、今更なんだ。別に咎めても何も変わらない。だから、この間違っている生活も愛も別に気にしない。寧ろ今の俺には心地良い場所なんだ。

だから、たった一回の間違った行動でこの生活を俺は崩したくない。


それに彼女がしたことは別に嫌じゃなかった……









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どうすれば彼女はいつもの彼女に戻ってくれるだろう。まず原因は彼女が自分に嫌悪して自分を殺しているからだろう。

その嫌悪感を無くすためにはどうすればいいのだろうか。まず、今はまともに必要最低限以外の会話をしてくれない。

昨日話しかけてみたのだが「やることあるから」

とすぐに部屋から出て行ってしまった。

俺に飽きてしまったのかと思い、俺はそれ以上話かけれなかった。でも、多分俺を捨てるような仕草はないから大丈夫だと思う。

とにかく、彼女の嫌悪感を無くせばどうにかなるはず。

まず彼女は舌を入れてきたのを俺が嫌がったと思っている、それに自分でも言うのもなんだが彼女は俺のことが好きで好きで仕方ない。そんな俺が嫌がった表情になったらどう思うだろう。

俺は辛い。好きな人に自分がそんな顔をさせたんだから。人を愛したことがない俺でもハッキリと分かる。でも、俺は嫌がっていない。それを分からせれば彼女の嫌悪感は消えるはすだ。


そう考えているとピーとロックが外れる音がした。


「っ!」

「あの……お昼ご飯」

「あ、あぁ」


今がチャンスなのだろうか。それとも様子を見るべきだろうか。何も考えていないから失敗してさらに溝が深くなるかもしれない。でも、恐れていたら何も変わらない。何も進まない。じわじわと距離が広がっていくだけだ。俺はこいつと元の生活に戻りたい。

俺が声をかけようとすると、皿をテーブルに並べ終わった彼女の方から先に声がかかった。


「あの!」

「っ!!な、なんだ?」

「あ、いや、その、や、やっぱりなんでも……ない」


俺は少し期待した。彼女から動いてくれれば後は俺が、あの事は嫌じゃなかった嬉しかったと伝えれば終わると思った。けどその続きの言葉は彼女からは出なかった。また、今日も一人なのか……嫌だ。

考えただけでもう耐えきれられない。また彼女の温もりが欲しい。俺は後先考えず作戦も何も浮かばないまま、口が勝手に動いていた。


「俺はあるぞ」

「っ、な、何かしら?」

「その前にちょっとゲームしようぜ。最近やってなくてさ」


ここで彼女が乗ってきてくれないと、もうどうすることもできない。一か八かの賭けだ。咄嗟に出た言葉に俺は緊張で口が乾ききってしまった。唾をゴクリと飲む。


「……な、なんで?」

「リベンジ。負けたままは嫌だ」


俺の真剣な眼差しを見て戯言ではないと思ったのだろう。


「わ、わかった」


まずは賭けに勝った。


「じゃあやろうぜ。ルールは前と一緒な」

「ルール?」

「なんでも言うことを聞く。今回はどんなお願いでも、拒否権は無しな」

「どんなお願いでも?」

「あぁ。お前が今の俺をどう思っているかはイマイチ分かってないけど、お前がした行動を忘れろと言われればどんなことをしてでも忘れる。お前が俺の体を好きにしたいと言うなら好きにすればいい。

でも、俺がここから出たいと言ったら、ここから出せ」

「……嫌よ。それに貴方はそう言う事は嫌じゃないの?」

「あぁ嫌だな」

「なら、どうして?」

「それは俺がその人の事を知らなくて、俺の気持ちなんて関係なく襲ったからだ。俺の体を自分の快感のために使う道具みたいにされたからだ。なんの愛も無かったからだ。でも、お前はそういうことをするのか?俺はそうは思えない」

「そんなの私だってそうかもしれないじゃない」


今から俺が言うのは理屈が通っているかは分からない。でも、俺は彼女に伝えたい。


「確かにそうかもしれない」

「なら、なんで」

「お前が俺を道具みたいに使っても、俺はお前の事を嫌いになんてならない。お前から離れたいなんて思わない」


潤に前聞いたことがあった。


「お前いっつも彼女とイチャイチャしてるけど疲れねぇの?」


すると潤は、ハハハ!と笑って物思いにふけるような表情になった。


「まぁ、確かに部活の後とか来るとちょっと、うって思うんだけどさ、それでもあいつの笑った顔を見たら疲れたとかそんなの気にならなくなるんだよ。

あいつが笑ってなくて辛い顔してると、他のことなんてどうでもよくなるし、どんなことをしてでも、あいつを笑顔にしたくなるんだよ。まぁ、いつか柊も分かると思うぜ」


その時俺は他人の愛なんて貰ったこともなく、そんな事ただの綺麗事だと思い「ふーん」と流した。

でも……今はなんとなくわかる気がした。

彼女が笑っていなかったら、俺も辛くなったし、彼女の笑った顔を取り戻したいって何回も思った。

今このチャンスを俺は逃してはならない。

俺は思っていることをまだ彼女に伝えきれていない。それを伝えるために俺はまず自分の力で彼女に勝たないとならない。前は負けたけど今は負ける気がしない。負けてはならないと思った。


「……そこまで言うのなら分かったわ」

「あぁ」


正直これは俺が一方的に勝つだろう。前負けた原因は彼女に見惚れていたからであって今それはない。

目標を持ったのに、他の事を余所見することなんてありえない。

でも、彼女は恐らくなんでもできてしまう人間だ。

それが経験のない、ゲームであっても。

不安は無いとは言い切れない。それでも俺は勝たないと溝はもっと大きく深くなるかもしれない。

もしかしたら、彼女が勝っていい感じに収まるかもしれない。けど、今度は傷ついた彼女に俺なりの愛をあげたいんだ。














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