第10話俺はヒモになりたくない
いつぶりだろう。こんなにふわふわして、あったかい寝心地は。
ずっと寝ていたい、ずっとこのままでいたい。もう冷たいところに戻りたくない。
この温かささえあれば何をされても、何が起こっても気にしない。
――もう一人はいやだ。
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「おはよ」
ずっと寝ていたくても、日頃の習慣から身に染み付いた朝の目覚めは大体同じ時間だ。
それ故に、学校に行かなければ、と体を起こそうとするが、布団の温もりから出たくない衝動にかられる。
ただ、目の前には自分の家ではない光景が広がっており、さらにその目の前には美しく可愛い女の子が顔を近づけて囁いた。それだけで体は一気に目覚めた。
「そういえばそうだった」
これまでにない最高の目覚めだったのだか、目の前の光景と、人物により一気に気落ちする。
これが自分の家であればどれだけ良かったのだろう。
もういいや、もう一回寝よう。
目の前の自分以外から温もりを放つものを、腕全体でこっちに引き寄せると、さらに温もりを感じることができた。
これだ、これがずっと欲しかった。このまま寝たらどれだけ心地良いだろう。
そう思い寝ようとした……が腕の中の温もりから頰を引っ張られる
「こら、二度寝しないの」
無言で目覚めたばかりの細い目で、何をする、と訴えるが相手の手が俺の頰を一向に離す気が無いようなので、俺が折れる。
「わかっひゃからひゃなせ」
「ふふっ、何を言ってるか分からないわ」
「にゃらこの手をひゃなしぇ」
少しばかり鋭く睨むとやっと離してくれた。
お陰でバッチリ目も覚めた。
「私は貴方を全力で甘やかすし養っていくけど、生活習慣だけはきちんとしないさい」
俺がここから出ないのは決定事項らしい。
絶対ここから出て、思いっきり煽りたい。でも、刺されそうだからやめとこう。
「あ、朝ごはん作ってくるから待っててね」
寝よう。バッチリ目覚めたけど、二度寝とは恐ろしいものだから絶対に寝れる。
「でも寝ちゃダメよ」
「……」
チッ。
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「お前は学校に行くんだろ?」
「行かないわよ。今日は休むわ」
「そんな簡単に休んでいいのか?」
俺の場合休んだら、一気に勉強分からなくなるからあんまり休めない。小学校とか中学校は2、3日休んでも平気だったのに、高校になると一気に置いてかれる。まぁ、ここから抜け出さない限り俺は何日も学校を休むことになるから、終わりだけどね。
「大丈夫よ。別に勉強が難しいわけじゃないし」
おいおい、まじかよ。こいつバケモンじゃん。
桜崎高校の偏差値一回見たことあるけど、化け物だったぞ。
「そ、そうか」
抜け出すチャンスかと思ってたんだけどな。
でも心のどこかでこいつが今日一緒に居てくれて嬉しいと思う自分も少しある。
もう若干俺洗脳されてないかと思うが、朝だからか脳があまり回ってないこともあり、これ以上考えることは諦めた。
「でも、ちょっとだけ出かけてくるわね」
「そうか」
「そんな残念そうな顔されたら、罪悪感が出ちゃうじゃない」
「残念そうな顔なんてしてねぇよ」
それに、俺を監禁してることに罪悪感は湧かねぇのかよ。
「で、どこに行くんだ?」
「あら、もう彼氏顔?私嬉しいわ」
「……」
「あ、彼氏じゃ不満?夫がいいの?今日は嬉しいことばっかりだわ」
「……」
俺はあんまり嬉しいことは昨日にかけてなんにも無いんですけど。不平等じゃないですかね?
「とにかく、出来るだけ早く帰ってくるから、待っててね」
「出来るだけ遅く帰ってくることを願っとく」
「つれないわね」
「ご馳走さま」
「もう、せっかちね」
何がせっかちなんだよ。
普通に食べ終わったから言っただけだろ。
「ふふっ。何も残さず食べてえらいわね」
「っ!」
初めてだ。出された食べ物を残さず食べただけで褒められるのは。どうにか頑張って苦手な勉強でいい成績を残して先生に褒められたりもしたけど、それは “先生”からであって、“本人”からではないようにいつも感じていた。それがこいつであったらどうだろう、俺には心の底から褒めてくれる感じがした。率直に言えば嬉しいかった。
ただ、若干甘やかされすぎのような感じがする。
これでは俺が廃る。抜け出す前に軽く仕返しでもしよう。
「じゃあ、行ってくるわね」
「あぁ」
「ん」
「なんだよ」
「行ってきますのチューくらいしてよ」
「はぁ?嫌に決まってんだろ」
「貴方の欲しいものを買いに行くつもりだったんだけどなー」
それはつまりゲームだろうか。それだとまずい。
今のところ俺がこの部屋ですることがないのは百も承知だ。することが無くなる、つまり暇。
それこそ学校の授業のように眠くなるのは確実だ。
そこで寝れればいいのだが、つい先ほど生活習慣だけはきちんとする宣言を言われたので寝ることができない、つまり地獄だ。
ただ、キスをするのも少し小っ恥ずかしい。
「少し難易度を下げてほしい」
「んー、ならハグでいいわよ」
「それくらいなら」
少しこちらに引き寄せると彼女の方から思いっきり抱きしめてきた。息苦しさを感じるものの、温もりが心地よくてあまり気にならない。その温もりが朝と同じであることは恐らく気のせいだ。
「えへへ。じゃあ行ってくるわ」
「あぁ」
ベットの上からストンと降りてドアのロックを外して、こちらをもう一回見てドアから去っていった。
もしかして俺ただのヒモじゃね?
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