赤狼達の未来

 権蔵はその足で東京拘置所に赴いていた。生き残った赤狼の幹部達との面会の為だ。


「本当に宜しいのですか? 彼らと面会など……」

「心配そうだな。姉川君」

「当たり前です。彼らの力は幸村翼程とではないですが、相当なものです……」


 面会室へ赴く途中で懸念を示す姉川。だが権蔵はそれを笑顔で否定した。


「だとしたら、彼らは当の昔にここを力づくで脱獄している。それをしないということは、今の彼らにその気がないということだ」

「……刑務官達にも闘気を持たせる必要がありますね」

「無論だ。法整備が後手に回るにしても、安全第一に考えねばならん」


 姉川の懸念に、権蔵はそう言って賛同した。


「こちらです」


 部屋の前まで来た権蔵と姉川は、刑務官の開けたドアから中に入った。

 そこには入って手前の席から、アザミ・瀬里奈・八坂・御影の四名が後ろから刑務官にひも付き手錠を掛けられたまま席から立ち上がり、一応の一礼をした。


「……突然来てしまい、色々と迷惑をかけてしまったかな?」


 四人に尋ねながら、静かに反対側の席に着く権蔵。それを四人はややにらみながら見ていた。


「いえ、それよりも、警察庁長官への就任、おめでとうございます」


 睨みつけ、嫌味交じりの声で権蔵の長官就任への祝辞を述べる御影。


「……まあ、私を睨みたくなるのも無理はないことだな」

「誤解のないように、俺達は警察組織が憎いのではなく、理念と正義への実行力が伴わないことを言っているのです」

「耳が痛いな。だが君達の言っていることは確かなことだ。受け止め、今後に生かそう」

「……言うは易く行うは難し、ですよ?」

「分かっている」


 強い決意と、強い眼差しで語る権蔵に、御影は微かに圧倒されたようだった。


「……幸村翼は、いい仲間に恵まれているな」

「えっ?」


 次に出た権蔵にこの言葉に声を漏らしたのは瀬里奈だった。


「直接の面識こそないが、沖田君の評した通り、強い正義感と実行力を持ち、それまでテロ組織としての印象が強かったMASTERの印象を一瞬で変え、ここまで我々を追い詰めたのだからな」


 言葉通り、羨ましそうに語る権蔵に驚く姉川。だがそれは瀬里奈も同様だった。


「……幾度となく大虐殺を繰り返したテロ組織の首魁への評価とは、思えませんね……」

「それを言い始めたら、私達も渡真利君の暴走を止められず、大量虐殺を許してしまった。君達のことは言えんよ」


 とても警察キャリアの言葉とは思えない、そう言わんばかりの権蔵の態度に、御影以下、赤狼の面々は戸惑っていた。


「だが君達は過去の大師の業を負いながらも、それを覆すようなことをやってのけた。なにより、直接犯罪者を裁くのではなく、警察と検察に委ねた。力技で出来たことなのにな」

「それは……」

「仰る通りですね」


 戸惑う瀬里奈に変わり、そこからある程度正気を取り戻した御影が応えた。


「翼は確かに正義の男。そしてあたし達がいたからこそ、道を踏み外さなかった。あいつを一人にさせたくなかったから……」


 権蔵の真摯な態度である程度険が取れた様子の八坂がそう言った。


「俺達は、アイツ一人に全てを背負わようとは考えてませんでした。あくまで今の制度を十全に機能させることが目的でした。それが出来るのは、俺達だけだと確信してましたが……」

「あの大量の未解決事件や権力者の遅くに関する資料は、そ我々がまだ実行できるか試す為、だったのだね」

「あなた方がもっと優秀であれば、あの程度は問題ないと、翼は信じてました」

「そうか……」

「それであなた方が潰れたら、そこまでの組織だったということで見切りをつけるつもりだったのですがね」


 御影の評価に、権蔵は苦笑いした。同時に、幸村翼率いる赤狼の組織力に驚きを隠せなかった。


「そろそろ、私がここへ来た理由を説明せねばならんな」


 すると権蔵は襟と姿勢を正し、改めて四人に視線を向ける。


「……君達には、自分の目的もあると言っていたな」

「「「「?」」」」


 権蔵の謎の発言に首を傾げる赤狼一同。


「……望むのなら、君達に、闘気教練の教官になってもらいたいと思っている」

「なっ⁉」


 突然の権蔵の提案に、突然驚きながら立ち上がる八坂。


「この一年で、警察組織にはようやく闘気教練の組織が立ち上がった。だがそれでも、闘気を扱える警察官は乏しく、戦いを経験した警察官も、この戦いで数多く失われた」

「……その穴埋めをしたい?」


 再び権蔵を睨む瀬里奈。


「だからこそ、強制ではないと言ったのだ」


 険しい表情になる権蔵だが、それでも尚、姿勢も態度も崩さなかった。


「あたし達を、国家の犬にすると?」

「随分と過激な言い方だな。だが実戦経験が豊富で、尚且つこれからの警察の力の向上につながるのではと思ったのだが……」

「……力さえあれば、例え犯罪者であっても使うのですか?」

「半分正解だ」

「半分?」


 残りの半分が何なのかが気になる様子の御影。


「……もう半分は、渡真利警視長が起こした虐殺行為を止められなかった私達への戒めだ。その為には闘気のみならず、情報という点でも強力な存在が欲しい」

「つまり闘気教練の教官のみならず、我が情報戦略室を警察に取り込みたいと?」


 権蔵の言わんとすることを理解し、尋ね返す御影。


「彼らから学ぶべきことも多いと思っているのだ」

「首を縦に振るかどうかは別ですが……」

「覚悟はしている。そう、上手くいくものでないこともね」


 御影の意見をげにもと頷く権蔵。


「戦いが終わった以上、無用な血を流したくない。これからの国家と国民に貢献してくれるのなら、君達を受け入れたい」

「処断はしないんですね。テロリストを相手にしては随分と寛大な……」

「次に何かしらの罪を犯せば、微罪であろうと容赦なく断罪する。無論、極刑も辞さない」


 冷徹な眼差しで四人に断言する権蔵。


「……だろうと、思いましたよ」


 それに対し御影は納得したような表情をになった。


「……それで、俺のことはどうするつもりです?」


 そこで御影は、先ほどから明らかになっていない自分の今後の処遇について尋ねた。


「……気になるのかね?」

「こうしてみんなの下へ来たのであれば、同じようなことでは?」


 不機嫌になりながら尋ねる御影。このような質問をすること自体が不本意極まりないことであるのは、聞いている他の面々にも分かった。


「……事務処理能力と言う点では、赤狼において随一と聞いている。その力で、警察庁の職員の補佐をしてもらいたい。無論、その技術も、彼らに教えて……」

「そうなるくらいであれば、俺は絞首台に立ちます」


 権蔵の言葉を遮って言い切る御影。そんな御影に他の三名は無言で俯き、姉川は険しい表情で見守る。


「……だろうね」

「案外、潔いですね」

「君らしいと思ったまでだ。だが、本当にそれでいいのかね?」


 確認するように尋ねる権蔵だが、御影の態度は変わらなかった。


「……俺の命と未来は、翼の大望を果たす為にありました。翼亡き今、俺の生きる意味もありません」

「……分かった。首相と法務大臣にはそう伝えておくよ」


 権蔵は御影の意志が固いことを知り、これ以上の勧誘を断念しつつ、約束をした。


「それで、他はどうする?」

「……私は、長官のお考えに賛同させていただきます」


 そう言って御影と違い、権蔵の勧誘を最初に受けたのは瀬里奈だった。


「あなたは本気で警察組織の改革を望んでいると見えます。私の力が、これからの警察組織の人間の成長に繋がるのであれば、身命を賭して職務に邁進する所存です」


手錠をつながれながらも、姿勢を正して礼儀正しく一礼しつつ宣誓する瀬里奈。


「……よろしく頼むよ」


 そんな瀬里奈の宣誓を、権蔵は微笑みながら受け入れた。


「あたしは、考えさせてもらう」


 続けて八坂が同意する。


「ついこの間まで敵だったんだ。あんたの言葉だけで、受け入れることは難しい」

「無理もない。だが、返答は待っているよ」


 いささか不愉快と言わんばかりの態度を見せた八坂だが、少なくとも考えてくれるというのが分かり、権蔵は安堵の表情を見せた


「……それで、三上アザミさん。あなたはどうしたい?」

「アタシは……」


 ここへ来て、初めて口を開いたアザミ。その表情は暗く、そして権蔵に対しての恨めしさが滲み出ていた。


「……沖田総次はどうなったの?」


 そう尋ねられ、押し黙る権蔵。まさか彼女達に対し、総次の身体の不老不死かと言う国家レベルの機密をしゃべる訳にはいかない。そこで権蔵は言い方を変えることにした。


「……幸村翼と相討ちになった」

「そう、なのね……」


 どこか安堵した様子のアザミ。


「……それ以上、何もないのかい?」

「だって、アタシ達が敵う相手じゃなかったもん。でも、翼は幸せなのかな……? 昔の友達と、一緒に逝けて……」

「その沖田君についてだが、最終決戦の前に、二つの遺言を残したよ」

「遺言?」


 御影が不思議そうな表情で尋ねる。


「それは何ですか?」

「闘気研究の公認化と、法整備だ」

「……なるほど、闘気を隠せないなら、平和的に利用できないかということですね」

「沖田君としても、闘気による犯罪が多くなることを避けたいと考えていたからね。」

「それで、あなたはこれをどうなさったのですか?」

「政府に伝え、彼らも受け入れてくれたよ。闘気の存在は認めざるを得んし、痛い目を見たくもなかろうからね」


 そう言って権蔵は苦笑いをした。


「それにしてもアンタ、どうしてそんなに冷静なの?」


 特段総次の安否に対して気にしている様子のない権蔵に些か疑念を抱くアザミ。


「冷静ではないよ。どうやってこの感情を整理すればいいのかと考えているところだ」

「……何を、仰りたいのですか?」


 返事を急かす八坂に、権蔵は意を決してこう言った。


「……もし二人のどちらかが勝っても、国は彼らを抹殺していただろう」

「「「「えっ?」」」」


 信じられない様子の御影達に、権蔵は理由の説明を始めた。


「二人の力はあまりにも大きすぎる。法も何も、彼らを抑えきれないからな。いっそ一国の手に余るなら……」

「どっちにしても、二人を殺すってかっ‼」


 第三面会室に、八坂の叫びが轟く。


「……彼らが国のことを考えようが、彼らを初めて知った者達からすれば、そんな思いより、力の方に目が行くだろう。人柄まで知ろうと思う者はそう現れんだろう」


 冷徹な表情になりながら語る権蔵だが、その内心は不愉快さと、それを決めた現体制への憤りと、官僚としての冷静な判断力からくる合理的な理屈への納得と言う三つつの感情でいっぱいだった。


「……冷徹で、かつある程度理解できる理由ですが……」

「……自分達に貢献した人間すら、力がデカすぎるってだけで排除の対象なのか……‼」


 震えながらの八坂の言葉に、権蔵は言葉を失う。この時アザミは、あまりにもショックだったのか、何も言えずに黙り込んでしまっていた。すると権蔵が重い口を開いた。


「……新戦組にも、非難されたよ」

「当然でしょうね。ですが、それも政治というものでしょうね」

「……少なくとも、彼らはそう思っているようだ」


 既に憤りすら通り過ぎたのか、あきれ返った様子の御影に、流石の権蔵も同調した。


「だからこそ、今回私はここにきて、先程の要請をしたのだよ」

「……ようやく、話の全容が理解出来ました。そう言った事態に際しても対抗できる組織が作りたい。それが、今回あなたがここへ来た理由ですね?」

「理解が早くて助かるよ。神藤御影君」


 御影の言葉に、権蔵は微笑んだ。


「……ならば尚のこと、私はあなたの考えに賛同します」


 その中で唯一、瀬里奈は己の考えを貫く姿勢を見せる。


「もしあなたが仰ったように、翼と沖田総次が生き残っても排除されていたのならば、それを減らす手段として使えるのであれば、それをやってみたいと思います」

「瀬里奈、お前……」


 その姿勢に驚く八坂。


「八坂。あなたが彼らをどう思うか自由よ。でも、彼らが本気で翼の実現しようとした警察組織を作ろうと思っているなら、それに協力することが、翼の正義の実現に繋がると、そう考えることが出来ると思わない?」

「でもアタシは、こんな警察相手になんて……」

「反対してくれても構わんよ。元々、無理な願いだからね」


 より一層真剣な眼差しで四人を見る権蔵。


「あなたの心意気は本気のようですね。それに……」


 御影はそのまま権蔵の背後に侍している姉川に視線を移す。


「……ひょっとして、そちらの方が、あなたの言う志を継ぐ者、ですか?」

「まだ若いが、優秀で実直なキャリアだ」


 自信を持って答える権蔵に、御影は険しかった表情を少しずつ和らげていく。


「お名前は?」

「……姉川姫子です」


 淡々と名を名乗る姉川。その眼差しは権蔵に負けず劣らず、凛とした強い意志を感じさせるものを醸し出していた。


「……しかと、覚えておきます」


 御影はそのまま姉川に一礼をした。


「いい後継者を見つけましたね」

「ほぉ、分かるのかい?」

「ええ。それくらいは」

「そうか……」


 正しく姉川を見定めた御影の人物鑑定眼に、権蔵は内心で感嘆した。


「八坂。このお二人は信用に値すると思うが、どうだ?」

「……あんた達の態度ややり方は気に食わない……」

「では、断ると?」


 そう尋ねた権蔵だが、握りしめていた拳を解き、感情を飲み込んだ様子でこう言った。


「だが、それでも翼はあんた達を信じる気持ちを捨てなかった。なら、あんた達が本当に翼の望む警察に作れるのか、最後まで見届けてやる……」


 極めて強く、そして殺気の篭った視線を二人に送りながら立ち上がる八坂。


「……よく分かったよ」


 短くそう答えた権蔵に、八坂は表情を正して席に着いた。


「アザミはどうするの?」

「アタシは……」


 黙り込むアザミ。まだ現状を飲み込めていないようだった。


「……君達に別の戸籍を与え、新たな人生を歩むことも出来る。監視付きではあるがな」

「……考えさせてくれる? 必ず、答えを出す。」

「……分かった。返答を待っている」


 うつむいたままのアザミにそう言いながら、権蔵は席を立った。


「……それでは、私はこれで失礼する。姉川君」

「はい」


 そのまま権蔵は姉川と共に第三面会室を後にした。


「……これで本当に宜しいんでしょうか?」

「言ったはずだ。次はないとな」


 冷徹な声になる権蔵。彼は人情派の警察官僚であるが、無制限に寛容という訳ではなく、法の番人の一員としての毅然とした矜持も持ち合わせていた。


「それに、万一にも釈放されてから我々に反乱を起こそうものなら、その時に命運を断たれるのは彼らだけではない」

「はい?」

「……彼らの中の幸村翼も、だ」


 そう語りかける権蔵の表情は、今度はどこか悲しげだった。


「彼らの中の幸村翼……」


 権蔵の言わんとするところを、姉川は正確に理解した。幸村翼の正義は、人の強さを信じると言う一点に尽きる。全ての人間の可能性や能力、そして心を信じて突き進んできた翼と共に歩んできた彼らが、翼の弔い合戦を武力で行おうものなら、それは翼の正義に反するに他ならないのだ。


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