思いは未来へ

 翌日。上原権蔵は警察庁の大会議室に首相以下、閣僚達を招待していた。


「……それで、沖田総次の処刑だが……」

「ええ。昨夜のうちに、新戦組上層部と話し合い、決定しました。今月中にも執行できるでしょう」

「無論、彼には伝えておらぬな?」


 首相の発言に、権蔵は淡々と話を続ける。


「……仰せのままに……」

「そうか。では、名誉の戦死として、行われるのだな?」

「その予定です……」


 淡々と語る権蔵。それを聞いている首相以下、閣僚達は面を付していた。彼らもこの決断を下すには抵抗はあったが、それ以上に総次の力を恐れ、国家が急激に変わってしまうことを恐れていた。

 反対したのは護衛任務の過程で総次と面識のある正木厚生労働大臣と、総次と総一の関係を知っている田辺文部科学大臣だった。国外追放等々が避けられないとしても、その中である程度の配慮の必要性もあるではとの主張したが、そのようなことをしては特権扱いとなるのでと言う意見で却下されてしまい、二人は他の面々以上に項垂れていた。


「……若い人材をこうやって潰すことになるのは後ろめたいが、国家の安寧の為には、異能の力を持つ者を御する手段すら講じられておらぬ場合、こうする以外に方法は……」


 面を上げてそう語る首相。


「我々の名誉にかかわることでもある。公には国家の為に戦い、その果てに戦死した。それだけでもよしと思うことだ」

「君は後ろめたさを感じないのか?」


 経済産業省の片桐大臣は己の名誉のことを考え、財務省の山縣大臣はそんな彼の軽口をとがめた。


「そうは言うが、山縣大臣も彼の力を恐れているのでは?」

「それはそうだが……」


 防衛省の増岡大臣の指摘に固まる山縣大臣。


「それに本来、これは国の一部の人間で決めることだが、形式的なことで、専門外である我々も判断したのだ。国家の為に、やむを得ない判断だと思うしかない」

「不本意な部分はあるがな。致し方ないと思うしかない」


 農林水産省の田尾口大臣も、そして総務省の甲野大臣もそれに賛同した。


「しかし、ここまで来ると闘気の存在を認めざるを得なくなるな。確かに上原新長官の言う通り、これに関する法整備は必要だろう。この力が法で縛ることが出来なけれな、第二、第三のMASTERを生み出しかねない」

「道原法務大臣の意見はもっともだ。そうでなければ、地に落ちた日本の世界的地位の回復に繋がらん」


 道原法務大臣の発言に賛同した外務省の岡安大臣。その他の省庁の大臣はそれ以上何も言わず、ただ静観していた。


「皆さん、私に一つ、提案があります」


 そこで文部科学大臣の田辺が起立した。


「沖田君を、私の下で引き取らせていただきたいと思います」

「田辺大臣……」


 正木厚生労働大臣は静かにつぶやいた。


「元を正せば、科学技術庁時代の我々の落ち度が、彼と、彼の親族を追い詰めてしまったも同然です。その責任を取る為にも、彼のこれからの為にも、後見人として引き取らせていただきたいと思います」

「君は自分が何を言っているのか分かってるのかね? 彼の力は、もう一国家がどうこうできるものではない。君の思いがどうあれ、彼を誰かが養うなど……」

「何があろうと、私が彼の面倒を見ます」

「君の意見は分かったが、それならもう少し早く言い出すべきだったな。こうなる前に言えばどうにかなったものを……」

「……」


 首相の考えは変わらず、田辺氏も黙ってしまった。


「……我々の意見はこの通りだ。異論はあるかな?」

「いえ」

「国外追放にしても、あの力だ。どんな所へ行こうと危険であるのに変わりない」

「……では、処刑は敢行の予定で、明日にも執行いたします」


 権蔵のその言葉に、一同は無言で俯いたままだった。


「……そうか。ではそうしてもらいたい」

「はっ」

「それと、沖田君の遺言だが、我々もそれは受け入れよう。ここまでことが大きくなってしまった以上、最早知らぬ存ぜぬということにもならんだろう。研究は公認し、それに伴う法整備を整えることで、闘気に関する犯罪をできる限り減らせる。今後はこちらでしっかりと進める」

「ありがとうございます」


 権蔵は深々と首相に一礼した。


「さて、我々はそろそろ解散しよう」


 首相のその発言を受け、一同は席を立った。


「正木大臣、田辺大臣」


 すると権蔵は二人を呼び止めた。


「どうしたんです?」

「お二人にはこの後、お会いしていただきたい人がいますので、もう少々宜しいでしょうか?」

「私は大丈夫ですが、田辺大臣は?」

「勿論だ。伺おう」


 そう言って二人は了承した。


「ありがとうございます。では、こちらへ……」


 そのまま権蔵は二人を三階の空き部屋まで案内した。空き部屋は階層の南側の一番奥にあり、あまり人目のつかない薄暗い場所だった。


「ここに、いらっしゃるのですか?」

「はい」


 正木大臣の問いかけに短くそう答えた権蔵は、そのままドアをノックした。


「どうぞ」


 扉の奥からは、田辺大臣にとって聞きなれた声が聞こえてきた。


「まさか……」

「田辺大臣?」


 訝し気に顔を見合う二人。


「では、開けます」


 二人の表情から何を考えたのかを察しつつ、権蔵は扉を開けた。

 すると部屋の中央に、テーブルを中心に向かい合うように置かれたソファに、見覚えのある少年の姿があった。


「沖田君……」

「彼が、沖田総次司令官……」


 田辺大臣と正木大臣の前に姿を見せたのは、沖田総次だった。


「お久しぶりです、田辺大臣。そしてお初にお目にかかります、正木大臣」


 そう言って総次は笑顔で二人を迎えた。


「上原君、彼を交えての話とは一体?」

「それをこれから説明します。田辺大臣」


 そのまま総次は手招きで二人を反対側のソファに案内し、二人はそれに従ってそこに腰を掛けた。それに続き、権蔵は二人の横に侍した。


「まず最初に、説明すべきことがあります。これをご覧ください」


 そう言いながら総次は、脇に抱えていた茶色の大封筒から一枚の書類を取り出し、テーブルに置いた。


「……これは?」


 首を傾げながらそれを手にして目を通し始める正木大臣。


「南ヶ丘学園から届いた、僕の最新のDNAデータの報告書です」

「そうか、しかし……これは本当なのかね?」


 驚きと戸惑いの中、田辺大臣はそれを正木大臣に手渡した。


「……DNAデータに前回から変化があり、闘気の制御を行う遺伝子が変化し、全身に本来の人体にめぐる量を遥かに上回る量の闘気が回ってしまった」

「それが身体中の細胞に異常を起こし、人体が闘気化し始めている。無尽蔵の闘気を持つ君がそうなったということは、君の身体は……」

「既に不老不死になった、ということです」


 正木大臣と田辺大臣の戸惑いながらの発言に続き、総次がそう結論を述べた。


「つまり、君の刑を執行しよとしても、もう無理ということだね?」

「はい……」


 田辺大臣が確認するように尋ね、総次は静かに答えた。


「あなたはこれから、永遠ともいえる時間を生きなければならないということになります。それがどういうことなのか、自分で分かっているのですか?」

「分かっています。でもこれは、自分が歩いて来た道の果てに辿り着いた答えです。責任を持って生きていくことが、これからの僕にとって、そして、叔母の愛美姉ちゃんや多くの人達の思いに応える為に必要なことです」


 正木大臣の質問に、総次の口調ははっきりとしていた。


「……沖田君、私が君の後見人になろう」


 急に田辺大臣はこう切り出した。


「後見人、ですと?」

「君をこのような状況に追いやってしまった一因は私にもある。責任を取る為にも君のこれからの為にも、そうしたいと思っているのだが……」

「お気持ちは分かりますが、田辺大臣にもご家族がいらっしゃいます。永遠に年を取ることもなく強大な力を有している僕がいれば、あなたはいいとしても、将来に悪影響を及ぼすことはあるでしょう。あなたが死んだ後も生きなければならない以上、必然的に起こります」

「沖田君、だが……」

「ですが、そのお気持ちだけは、受け取らせていただきます」


 田辺大臣にこれ以上迷惑をかける訳にはいかない。総次のこの発言には、そう言った感情もあった。


 そこで権蔵が話に割って入ってこう言ってきた。


「では、我々の方でそれ以外のやり方で君のことを守っていきたいと思う。決して君の自由を束縛したりはしない。どうかな?」

「……分かりました」


 権蔵の提案を、総次は淡々と受け入れ始めていた。彼の言う通り、自分が世界的に規格外の存在になってしまったことは、誰よりも理解していたからだ。


「これからも君の扱いについて、政府はいろいろ手こずることになるかもしれん。その辺りも、どうか了承してもらいたい」

「元よりそのつもりです」


 腹をくくった総次の姿に、権蔵達も彼の覚悟を感じ取った様子で頷いた。


「ですが、他の方々にお伝えになられたのですか?」

「これからです。上層部にとって、彼が生きているという事実は、この上ない抑止力となるでしょう。国の裏面をも知る立場になっている沖田君の存在は、それだけでも大きな意味を持っています」


 疑問を呈した正木大臣に、権蔵は淡々と答えたが、総次は顔をしかめていた。


「警備局長、あなたは僕をどうしたいですか?」

「済まんな。だが君という存在に関しては、上層部はそう捉えている者が多い」

「やはり僕は、国の都合に振り回されることになるんですね……」


 総次は改めて、自分の国家的な立ち位置での無力さを痛感した。


「致し方あるまい。だが最低でも、戸籍に関しては首相以下、関係各所が新たなものを手配しよう」

「私も、沖田君の未来の為に、残りの任期で出来ることをしよう」

「わたくしも、力及ぶ範囲で、協力します」


 そんな総次を気遣うように、権蔵を始め、田辺大臣と正木大臣は彼に激励を送った。


「架空の戸籍に関しては、イリーガルな手段になるのでは?」

「永遠に生き永らえるという君の特異性を考えれば必要になる。違うかね?」


 権蔵の意見は確かと思い、総次は納得した。


「ありがとうございます。では、僕はこれで……」

「沖田司令官、いえ、沖田君」


 総次が席を立とうとした瞬間、正木大臣が立ち上がり、総次をじっと見つめた。


「剛野さんと鳴沢さんは、今……」

「遺体はご遺族の下へ引き渡しました。最期の挨拶をと願われるのであれば、ぜひ本部へ連絡を入れてください。ご遺族から許可が得られれば、叶います」

「……分かりました。ありがとうございます」


 そう言って正木大臣はお辞儀をし、総次は敬礼をして部屋を出た。

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