遺言

「いささか、遅かったね」

「申し訳ありません……」


 そう言って総次は深々と権蔵に一礼した。


「……それで、僕に話したいことと言うのは一体?」

「君の、これからの処遇についてだよ」


 権蔵の話を聞きながら、総次は夏美と共に権蔵の向かい側のソファに座った。


「大方、国外追放か、抹殺ですね?」


 総次がそう言った瞬間、周囲に緊張が走った。


「……総ちゃん、知ってたの?」

「いえ。ですが彼らのことですから、そうだろうと思ったまでです」


 麗華からの言葉に淡々と答えた総次を見て、権蔵は彼から視線を逸らした。


「それで、どちらですか?」

「……幸村翼を相討ちの末に討伐に成功。沖田総次はMASTER討伐の最大の功労者として、名誉の戦死を遂げた。内閣府の大半の大臣と首相は、その筋書きを押している」

「つまり、処刑ですね」


 遠回しな権蔵の言いぶりに、総次はストレートに正解をたたき出す。それを聞き、夏美は重い表情で俯く。


「第一にそう言うべきだった」

「構いません」


 そう言いながら総次は、麗華と薫が外したソファに、夏美と共に座った。


「……南ヶ丘学園の調査結果は、もう届いてますね?」

「先程中身を確認した」

「では、もう僕のことも……」

「知っている」

「そうですか……」


 総次と権蔵の語らいに、麗華と薫。そして真と夏美以外の面々は、何のことかが全く理解できてない様子だった。


「あの~、一体何がどうなってるんスか?」

「ええ。何のことだかさっぱりです……」


 目を白黒させる修一と冬美。


「……まだ、彼らには話してないのかい?」

「内容が内容なので、近く時間を作って話すつもりでした」

「本来ならこう言うことは、もう少し早く言うべきだと思うが?」

「そうなんですが、心の整理が……」


 総次の心情は未だ複雑だったようで、それに関しては特に何も言えなかった。

 そこで権蔵は、話題を変えた。


「……それより、政府の方針についてですが……」

「君としてはどうしたいんだ?」

「不本意と言いたいところですが……」

「何かね?」

「……まあ、いいでしょう」

「何が、いいのかい?」

「政府の方針に従います」

「「「「「えっ⁉」」」」」


 総次の決断に、当然の反応を見せる一同。麗華と薫、夏美はそこまでではなかったものの、それでも表情からはそれなりのショックを受けていることが見て取れた。


「……本当にそれでいいのかね?」

「その代わり、条件があります」

「条件?」

「闘気に関わることで二点です」


 衝撃的な総次の決断にまだついていけない様子の一同は、唖然とした様子で総次を見つめる。


「第一は、闘気研究の公認。第二は、闘気に関する法整備です」

「具体的な中身は?」

「闘気は単なる軍事力としてだけでなく、機械のエネルギーとして使用できることは、もうご存知のはずです。これに関する研究を進めれば、戦闘面以外での闘気の活用法の可能性が広がると思います」

「なるほど。しかし機械エネルギー転用は、下手をすれば軍事兵器のエネルギーとしても利用されかねないぞ?」

「だからこそ、第二の条件が生きるのです」

「……法整備により、危険極まりない研究への牽制になり、更に、闘気を使った犯罪の摘発を行うことが出来る。そう言うことかい?」

「仰る通りです。それに……」


 そこまで言って一旦黙る総次。


「……どうしたのかね?」


 不審に思ったのか、少々険しい様子で尋ねる権蔵。すると総次は意を決した様子で口を開いた。


「闘気を使った犯罪者を、暗殺という手段で葬っている現状を打ち砕くにも、役に立てると思います」

「⁉」


 総次に指摘され、権蔵は身体を微かにビクつかせた。それは麗華・薫・真以外の周囲の面々も同様だった。


「どういうことだ? 沖田」


 それを聞き動揺する一同の中で最初に尋ねたのは翔だった。


「昨年。雲取山に修業に行ったときに、僕の修業を見てくださった龍乃宮紗江さん。彼女に国が闘気を使った犯罪者の暗殺を依頼していたんです」


 その告白に、一同は既に何も言えない様子で、ただただ事の成り行きを見届けることしかできなかった。


「……無理もないことか……」

「何がです?」

「確かに政府が龍乃宮さんに暗殺依頼をしていたことは事実だ。提案者である先々代の公安部長が、当時学生だった龍乃宮さんの力を、彼女の通っていた大学の研究機関を通じて知ってね。それで警察庁や政府内の闘気の有識者と協議し、この提案を考えたのだよ」

「当時の公安部長は、闘気の存在をお認めになられてたんですね?」

「彼自身も、闘気を扱える人だったからな。当時の警察はそのような任務を行える組織を作れなかったので、破界を扱える者でも特に強大な力を有する彼女の白羽の矢が立ったのだよ」

「ということは、警備局長もこの件には当然……」

「関わっていたよ。決定者の一人でもあったからな」

「そうでしたか……」


 納得した総次に、権蔵は申し訳なさそうに俯いた。


「……法治国家としてあるまじき行為なのは、重々承知している。だが、これまではそうするしかなかった」

「だからこそ、法整備は不可欠なんです。イリーガルな方法を根絶する為にも」

「その通りだ。警察組織の改革を望む警察官僚としても、それはあってしかるべき考えであると思っている」


 権蔵も総次の意見には賛同した。


「だが、私はともかく、上層部が素直に首を縦に振るとは考えにくい。正木大臣や田辺大臣は賛同してくれると思うが……」

「それは一体?」


 気になった様子で尋ねる総次。


「……大半の官僚や政治家、いや、国民は変化を恐れる。現状に馴染み過ぎ、それ故に停滞しがちだ。それを変えていくのは並大抵の努力では敵わない」

「組織の改革を志す方のお言葉とは思えませんね」

「笑うかい?」


 自虐を述べる権蔵。しかし総次は笑うことなくこう言った。


「いえ、そんなことはありません」

「そうか。だが研究と法整備か……」

「どうか、なさいましたか?」

「いや、それなら確かに、大臣や首相を動かすいい材料になる可能性になる」

「と、仰いますと?」

「先程君が言ったように、闘気は現状、軍事力としての側面が強い。機械へのエネルギー転用が可能性であることも事実。そしてそれは軍事兵器開発にも使われる。何より、闘気は日本のみで確認されているものではない」

「ええ。外国でも闘気の存在を認知し、研究している機関があると、学校や本部にある書籍で知っています」

「だが法整備によって闘気に関するガイドラインを世界に先んじて定めれば、それが日本の闘気に関する発言権を強化することに繋がり、更に、国益にもつながる可能性が十分にある」

「警備局長、あなたと言う人は……」


 権蔵の解釈に、総次はあきれ返った。当の総次も同様のことを考えていたが、あまりにも黒い内容なので口にすることを拒んでいた。普段は人格者としての側面が強い権蔵だが、やはり官僚としての黒い部分があるということを思い知った。


「ですが警備局長のご承知の通り、研究が行われる以上、危険な思想に囚われる人間も出てきます」

「人体実験、だね?」


 権蔵の意見に、総次は静かに頷く。


「闘気が人間の身体から出てきた力である以上、そう言った類の研究に手を染める輩も出てくるでしょう。僕が使っている闘気バイクならまだしも、それを遥かに凌駕する技術を倫理を無視して生み出そうものなら……

「放置してはおけんな。君が闘気に関する法整備を整えようと考えたのは、それを懸念してのことだね?」

「その通りです」


 総次は少々声にドスを利かせてそう言った。それだけ総次にとって、この件は重要だったからだ。


「多くの人間を闘気で殺めてきた僕が言うのは、筋違いなことだとは思うのですが……」

「君だからこそ、それを言う資格、いや、義務があると思うよ」


 権蔵もまた、総次の眼をまっすぐ見てそう言った。


「一通り理解した。私も方からもその件は通しておく。問題は君の処遇についてだが……」

「分かっています。だからこそ、僕の処刑が必要だと思うんです」


 そう語る総次の瞳に迷いはなかった。


「総ちゃん。それでいいの?」


 事情を知っている麗華だが、それでも総次への心配は大きかった。


「大丈夫ですよ。局長」


 対照的に全く不安げになることなく答える総次。


「総次。お前、死ぬんだぜ?」


 まったく事情を知らない修一には、総次の決断は単なる自殺行為にしか聞こえなかった。と言うより、それが当然な反応である。


「ええ。沖田総次の人生はここまでです。ですが、只で幕引きにはしません」


 自信満々に語る総次に、一同はそれ以上何も言えず。また、その意味するところは全く理解できていなかった。


「確か僕の返事があり次第、各省の大臣方と首相を集まって決定すると聞いてますが……」

「その通りだ。明日にでも話の場が設けられることになる」

「その後で宜しいのですが、田辺大臣と正木大臣とお話がしたいのですが……」

「問題はない。しっかりと事情を話しておくよ」

「では、お願いします」

「それとだ」


 ソファから腰を上げながら、権蔵は総次を見下ろす。


「例の調査結果。今日中には他の面々に伝えておくことだよ」

「……そうですね。どうもついていけてない方々の方が大多数ですし……」

「必ずだよ」


 そう言いながら権蔵は一堂に敬礼し、総次達も敬礼で権蔵を見送ることになった。


「……さて総ちゃん。そろそろ話すべき時ね」

「……ええ。お話します」


 麗華に促され、総次は調査結果に書かれた、自分の身体に起こったことを話し出すのだった。


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