第16話 友よ

「翼……」


 真紅の狼を象る闘気を纏った翼に戦慄し、額に冷や汗を見せる総次。


(ならば……‼)


 そう思い、総次も陰と陽の闘気の出力と量をフルパワーで発動する。陰と陽の闘気が総次の身体から凄まじい勢いで溢れ出し、翼に匹敵する規模で拡大していった。


「これがお前の全力か……‼」


 微かに驚きながらそうつぶやいた翼。


「お前を止める……‼」


 刀の柄をギュッと握りしめる総次。すると二つの闘気は徐々に彼の身体を覆い、やがて純白と漆黒が絡みついて狼の姿を象った。


「僕を待っていてくれる人の所へ帰るんだ……‼」


 決意と、夏美との約束を口にする総次。

 互いの思いを口にし、己と相手に再確認した両者。白と黒が入り乱れる混沌とした狼と、血に染まった真紅の狼がにらみ合う。


「「……行くぞ……‼」」


 同時につぶやいた瞬間、二人の姿が消えた。その直後、周囲で次々と激しい轟音が鳴り響いた。二人の技が、激突し続けているのだ。


「はぁ‼」(尖狼・九十九連‼)

「くらえ‼」(煉獄開明‼)


 互いの姿を確認し、照準を合わせて放たれる両者の大技。範囲も威力も互角。だが総次は余剰の闘気を陰の闘気で吸収し、翼は苦もなくかわして次に備える。


「おかえしだっ‼」(狼爪・飛翔‼)


 そのまま陰の闘気を刃状に放つ。陰の闘気の刃が辺りの木々を薙ぎ倒しながら、翼に襲い掛かる。


「ふんっ‼」(開明鉄鋼‼)


 無数の真紅に輝く鋼の槍を飛ばして撃ち落とす翼。余った真紅の槍がそのまま総次へ向かうが、総次はこれを次々とかわしながら翼に迫り、鋭い斬撃を繰り出す。


「随分と、強気だなっ‼」


 翼は即座に反応し、紅蓮に燃え滾る炎の闘気を刀に纏わせて迎撃する。


「ふんっ‼」


 二人の斬撃の威力は互角だが、その規模は桁違いに大きくなっていた。衝突しただけで山の半分を消し飛ばしてしまった。


「ぐぅ‼」

「このぉ……‼」


 必死にこらえる翼に、総次は更に刀と上半身に全体重を乗せた。その度に辺りに陽の闘気と紅蓮に輝く炎の闘気が飛び散り、辺りが炎に包まれていく。


「負けない……‼」


 翼は意地を見せ、下半身に力を込めて刀を振るい、総次を後方へ弾き飛ばす。


「まだまだぁ‼」(豪嵐狼‼)


 それでも総次も意地で着地し、そのまま豪嵐狼で一気に翼との間合いを詰める。それを翼は前方に巨大な紅蓮の炎の嵐を巻き起こし、総次を食い止めようとする。


「だぁあああ‼」


 しかし総次は恐れることなく紅蓮の炎の嵐を斬り裂きながら迫る。速さがそがれた様子もなく、翼はそれに微かに驚きを見せた。


(豪嵐開明‼)


 翼は真紅の風の闘気に切り替えて総次の斬撃を受け止める。

 一歩も譲らず力のぶつかり合いとなる二人。


(このまま翼を押し込む……‼)


 総次は柄に添えている右手に力を入れ、更に下半身にも全霊の力を込めて一気に翼を押し込んだ。


「俺は……」


 総次の力に改めて脅威を感じた様子の翼の身体が、真紅の闘気が更に放出される。


「まだまだだっ‼」


 その瞬間、翼は先程までを遥かに凌駕する力で総次を思いっきり上空へ吹き飛ばした。


「ぐあっ‼」


 あまりの勢いと衝撃で体勢を大きく崩される総次。


「隙あり‼」


 小さくなる総次の姿を捕らえながら、翼の全身から漏れ出した凄まじい量の真紅の闘気が、翼の刀に集約されていく。


(あれは……⁉)


 飛ばされながらも翼の姿を捕らえる総次だが、彼の闘気に驚きを隠せず、表情が強張る。


「俺の正義を……誰にも、邪魔させないっ‼」


 叫びと共に真紅に染まった刀を総次に掲げる翼。そして小太刀に陰の闘気を纏わせる総次。


「消し去る‼」(天地開明‼)


 その瞬間、七種類の属性を融合させた桁違いの規模の真紅の闘気の光線が、周囲の地面を抉りながら文字通り天を貫く勢いで総次に迫る。


「間に合えっ‼」(狼盾‼)


 陽の闘気を纏わせた刀と、陰の闘気を纏わせた鞘を手前でクロスさせる総次。二種の闘気は共鳴、反発し、驚異的な速度で複雑に絡み合って展開していく。


「くらえぇ‼」


 狼盾に直撃する翼の天地開明。その勢いは総次を更に上空に押し込んでいく。


(この力は……‼)


 抑え込むだけでも必死な総次だが、狼盾は翼の天地開明に比例するかのように、その量と出力を急速に増大させ、範囲も拡大していった。


「はぁぁあああ‼」


 一方の翼も、真紅の闘気の量と出力を徐々に釣り上げていく。総次の狼盾からはみ出た闘気は大気にまで影響を与え、青空は徐々に赤く染まっていく。


(負けない、負けてなるものか……‼)


 総次も負けじと出力を増大させる。すると拡大していった陰と陽の闘気は徐々に総次を中心に、純白と漆黒が入り混じった狼の姿を象っていく。


「あれは、あの時の……‼」


 それはアリーナの蒼炎の時に翼が見た現象と全く同じものだった。


(もっと力を出さないと防ぎきれない……‼)


 総次がそう思っている間にも、彼の闘気量と出力は増大していく。それは漆黒と純白の闘気が混じり合った特異なオーロラに変わって日本の空を覆い、真紅の空から白と黒の雷を鳴り響かせ始めた。


「総次ぃ‼」


 巨大な真紅の闘気で総次を押し込む翼。


「翼ぁ‼」


 総次も増大していく二つの闘気で形成された混沌の狼でそれを消滅させていく。

 

(これ以上は、闘気が持たない……‼)


 徐々に闘気の量が少なくっていくことを感じ取る総次。総次としてもここまで自分の力が速く底を尽き掛けるのは想定外だった。だが翼の天地開明の規模と威力が低下していた。


「力が、限界に……‼」


 やがて双方の闘気は徐々に衰え、総次の狼状の闘気は崩壊し、翼の天地開明も勢いを失って消滅した。

 総次は翼の闘気の勢いを失って落下した。辛うじて着地は出来たが、体力的な問題でそのまま膝から崩れ落ちた。


(闘気消費が想像以上で、体力まで底を尽きそうだ……‼)


 予想以上の体力消費を感じ取る総次。刀より前に出していた鞘も、翼の闘気で摩耗し、ボロボロで使い物にならなくなっていた。一方の翼も、肩で大きく息をしながら、総次を見つめていた。


「ガス欠か……‼」


 翼も闘気が底を尽きていた。体力的にも総次以上に疲労しているように見えた。


「相変わらず、しぶといな……」


 だからこそ翼は、総次に対してそう言った。子供の頃、二度戦っただけではあるが、その時に見た彼の執念深さは翼に大きな衝撃を与えたのは間違いなかった。


「お前を、倒すなら、何度でも、立ち上がる、さ……‼」


 総次も負けじと翼に対してそう言った。


「どうやら、互いに一気に闘気を使い切ったようだな……‼」

「ああ。そろそろ、決着の時だな……」

「そうだな……‼」


 翼もまた、体勢と息を整えて刀を構え、総次を睨んだ。そして互い目掛け、気力を振り絞って駆け抜ける。


「はぁ‼」


 先に仕掛けた翼の鋭い斬撃、総次はかわし、右薙ぎで胴体を斬り裂かんとする。


「はっ‼」


 辛うじて刀の峰で刃を受け止めれいなす翼。だが直後に翼は身体をぐらついた。


「ガラ空きだ……」(餓狼‼)


 その刹那、翼との間合いを詰め、強烈な突きを翼の胸目掛けて繰り出す総次。


「このっ‼」


 上半身を逸らしてかわした翼は、そのまま離脱しつつ、突きの動作の途中で対抗動作が取れない状態で反応が遅れた総次目掛け、一気に距離を詰めて斬り掛かった。


「このっ‼」(伏狼‼)


 反応が鈍る総次だが、身体を屈めて迫りくる翼の足元を狙う。


「ふんっ‼」


 それをひょいと飛んでかわし、そのまま総次の頭へ斬り掛かる。


「くっ……‼」


 身体を傾けてかわそうとするが、左肩に鋭い斬撃を食らう。鈍い痛みと共に、血飛沫が噴き出す。


「ぐあっ‼ このぉ‼」(尖狼‼)


 激痛に声を出す総次だが、間髪入れずに尖狼による三十三連突きを繰り出し、翼の身体を貫いた。


「んぐうう‼ まだだぁ‼」


 直撃を喰らい、全身から出血する翼だが、その覇気は微塵も衰えていなかった。


(この期に及んで、まだ立っていられるのか……?)


 自分以上に負傷しながらも自分を睨む翼に、総次は内心恐怖を覚えた。


「……俺達が切り開く未来の為……‼」


 気力で刀を構える翼。総次もまた刀を構え、翼をまっすぐに睨む。


「「うぉぉお‼」」


 同時に駆け抜け、距離を詰める総次と翼。まずは総次が先んじて袈裟斬りを繰り出す。


「うおらぁ‼」


 逆袈裟斬りで打ち崩す翼。そこから両者の斬撃の応酬が始まる。闘気を纏わせてないので、刃が激突する度に徐々に刃こぼれが生じていく。


「このぉ‼」


 総次の斬り上げをよけようと上半身を逸らす翼だが、僅かに胸をかすめた。


「ならば‼」


 翼は総次の右肩に突きを繰り出すが、総次は屈んでかわし、下から顎に突きを繰り出す。


「ちぃ‼」


 辛うじてかわしたが、右胸と肩の間を貫かれる。


「ぐあっ‼ だがっ‼」


 激痛に苦しみながら、翼は肩を左手に持ち替えて総次の左胸に強烈な突きを繰り出す。辛うじて総次は離脱したが、左の二の腕に直撃を食らった。


「あっ‼」


 声を漏らし、刀を手から放しそうになるが、右手でそれを掴んで事なきを得た。


(骨まで貫かれたな……‼)


 二の腕に走る痛みで察した総次。これで左腕使えなくなってしまった。


「はぁぁぁあ‼」


 だが翼は尚も総次を打ち倒さんと襲い掛かって来た。


(こいつ、どうして……⁉)(嵐狼‼)


 そのあまりの勢いに畏怖しながらも、回転斬りの嵐狼でカウンターを狙う総次。


「チッ‼」


 翼は辛うじて身体を右に傾けるが、左腕を甲から二の腕まで垂直に斬り裂かれた。


(なんて執念だ、だが‼)


 大量出血による眩暈と激痛に苦しみながらも、翼の胸から下を刀で貫く。


「ぐはっ‼」


 吐血する翼。そのまま総次は、切っ先を上向きにし、一気に胸から腹を斬り裂く。


「ぐへっ‼ この野郎ぉ‼」


 翼も多量の出血を伴いながらも、根性で総次の腹を横薙ぎで深く斬り裂いた。


「ぐはあ‼」


 総次も吐血しつつ翼から離脱しようとするが、翼は逃さず、追い討ちをかける為に突きを繰り出した。


「えぇい……‼」


 迫りくる切っ先を見切って刀で弾く総次だが、それはわき腹を掠めてしまった。


「ぐはっ……‼」


 翼も胸から思いっきり切り裂かれたことで出血量が尋常ではなくなり、内臓もいくつか損傷したことで、繰り返し吐血していた。二人の刀は刃こぼれも著しかった。


「かはっ‼」


 総次もまた、身体中の傷の痛みと、腸の負傷で繰り返し吐血する。


(翼の執念は、これ程のものなのか……)


 総次自身、幾度となく戦ってきたものの、ここまでの手傷を負ったことはなかった。


「ここまで俺を追い詰めるとはな……」


 一方の翼も、ここまで総次に追い詰められたことは過去になかった。

更に、天地開明とこれまでの負傷で、総次と同等か、それ以上の負傷と消耗をしているのも事実だった。実践訓練を積むことで補ってきたものの、経験の差と言う点では総次に劣っていた。


「……もう、分かってる、だろ? 互いにもう……」

「ああ……」


 傷の痛みと、闘気消費による疲労とでボロボロの二人。そんな二人の結論は同じだった。次の攻撃が、互いの命運をかけた最後の一撃になる。


(何としても、お前を止める……‼)


 息も絶え絶えになりながら刀を構える総次。


「俺は、必ずお前を討つ……‼」


 己の正義の為に、捨て身を覚悟して刀を構える翼。気力を振り絞り、ふらつく脚に力を籠め、最後の力を振り絞り、お互い目掛けて刃こぼれが生じた切っ先を向け、駆けだす。


「総次ぃぃいい‼」

「翼ぁぁぁああ‼」


 互いの名を叫び、全ての力を込め、両者の突きが、炸裂する。その刹那、真紅の空がより一層濃くなり、混沌のオーロラが眩い輝きを放つ……。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


 真紅の空が徐々に色を失い、混沌のオーロラも静かに消え、白と黒の雷も馬頭刈山を中心に消滅した。


「……ぐはっ‼」


 先に吐血したのは翼だった。総次が向けた刀の切っ先は、翼の心臓を鋭く貫いていた。対して翼の刀は、総次の身体を掠ることもなく、手元を離れてしまっていた。


「翼……」


 自らの刀で貫いた翼を、静かにその場で横向きに寝かせる総次。


「……お……は、ひ……り、を……」

「……聞こえないよ、翼……」


 消えそうな声でつぶやく翼。総次は彼の口元に耳を向け、改めて尋ねる。目標とし、そして、友と思っていた彼の、最後の言葉を聞き届けたいと、そう思ったからだ。


「光を、手に、したい、と、思って、たの、に……」

「光……」


 総次の問いかけに、無言で翼は頷く。


「翼……お前、どこまで……」


 死に瀕して尚、己の信念を貫こうとする翼に、総次は感嘆を抱いた。と同時に、戦いに勝っても尚、翼と自分の精神的な部分での差を感じ取り、再び己の力不足を実感し、彼への哀れみはなく、寧ろ、悔しさをにじませた表情となった。


「そう、じ……」


 力ない声で総次の名をつぶやく翼。そのまま彼の左手が、総次の右頬に触れる。


「……なんだ?」

「……未来、に、光、を……」


 その直後、翼の唇は、動かなくなった。


「……翼……お前……」


 震える右手で、総次は翼の瞼を閉じた。


「……未来に、光、か……」


 翼の最期の言葉を口にしつつ、総次はふらつきながら立ち上がり、彼の下から一歩、また一歩と離れる。


(翼、僕は絶対に誰か一人のカリスマに全てを託そうとはしない。自分の出来ることを最大限やって、最後まで生きて見せる。お前がこの国の人々に対し、そう願ったように……)


 それは総次なりの、翼への弔いだった。


「うっ……ぐぅぅ‼」 


 全身に痛みが走り、総次はその場に蹲る。


(早く、支部に連絡を入れないと……)


 総次は右手でポシェットを開き、ゴソゴソしながらスマートフォンを取り出した。痛みと疲労で震える手で何とか番号を打ち込み、あきる野第三支部に連絡を入れる。


「……沖田、総次、です……」

『沖田司令官っ‼ ご無事でっ‼』

「幸村翼、は、討ち取り、ました……」

『そうですか、既に馬頭刈山の麓、五百メートル地点に第三支部の医療部隊が駐屯してます。彼らに出動要請を掛けますので、持ちこたえてください』

「分かり、ました……」


 声に安堵の色を見せた。


(夏美さん。もうすぐ、そっちに戻る……)


 そのまま全身の力を振り絞り、蹲った身体を無理やり起こして、おぼつかぬ足取りで、医療部隊の下へ一歩、また一歩と歩みを進めた


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